インターバル

7話 俺の日常は変わることなく。

「なあ、悠太よ、ミラーリングって知っているか?」


 昼休み、俺の前の席に陣取った三好兼輝みよしかねてるは学食のパンをかじりながら話しかけてくる。三好とは前のクラスでも時々話したことがあった。ちょっと軽いところもあるが、まあ、悪い奴ではない。


 本人曰く、一週間も休んで浦島太郎になっていた俺を見兼ねて、こうして昼食を共にしてくれているらしいが、本当のところ篠原水希目当てなのは言うまでもない。


 そう、俺の隣の完璧美少女はあいも変わらず人気者で、昼休みとなると男子も女子も大勢寄ってきて、彼女とランチタイムを過ごそうと大賑わいだ。最近ではすっかりその喧騒にもなれてしまった。


 一つだけ変わったことは、クラスメイトに囲まれる彼女の腕にあの時計があることだけだ。


「ミラーリングはな、相手と同じ言葉や行動をしたり、を身に付けたりすることで、無意識に相手の好感度をあげることのできる、高度なモテ技術なのだよ」


「ほへー、そうなのか」


 死ぬほど興味のない話を三好は繰り返していた。なんでも、高校生活の唯一の目標が彼女を作ることらしい。まだ相手もいないのに、こうしてネットや本で仕入れた女性の口説き方を頼んでもいないのに開陳してくれる。俺は適当に相槌を打つことに終始していた。


「おいおい、つれないな。春だぜ、悠太、恋の季節、愛の芽吹く春だぜ、もっともガツガツ行かないと非リアまっしぐら、お先真っ暗だ」


「今はそういう気分じゃない。それに恋人がいなくたって人生は充実させることはできる」


「つまんない奴だな、悠太よ。青春しようぜ」

 

 三好が拗ねるので、仕方なく俺は話に乗ってやることにした。


「それで、そのドラミングってのは効果あるのか?」


「そうそう、こうウホウホウホウホっと胸を叩けば、どんな女もイチコロよ、ってそれはゴリラだろ! 俺が言ってんのはミラーリング!」


 わざわざゴリラのモノマネまで加えてノリツッコミをする三好に俺は素直に感心する。


「まあ、恋愛マスターたる三好様もまだミラーリングは実践してないな。効果のほどはこれから実験予定である……あれ悠太そんな時計してたっけ?」


「ああ、最近付け始めたんだ」


「ほへー、まあ野郎の時計なんて死ぬほど興味ねーけど、それよりお隣さんとはどうなのよ、なんか話した?」


「別に挨拶くらいだ」


 三好は本来の目的である篠原をこっそり窺う。他の人間と話しているところはまさにお淑やかなお嬢様だった。まだ誰もあいつの本性には気づいていない。


「やっぱ、スッゲー美人。隣の悠太が羨ましい、いや恨めしい。あれ、篠原さん、あんな時計してたっけ? ん?」


 三好は俺と篠原の時計を見比べる。どうやら面倒なことに気付かれたようだ。


「悠太よ、なして篠原さんと同じ時計してんの?」


「ああ、たまたまだろ」


「たまたまなわけねーだろ! なあ、なんかあったの? ベストフォーエバーフレンドのみよっちゃんに話してみな」


 三好の追求を誤魔化している間に昼休みは終わりを告げた。きっと、放課後もしつこく付きまとってくるのだろう。


 俺の日常は変わることなく、騒々しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る