2.ガラスの靴とイモムシのスニーカー

8話 ガラスの靴

 私は父から可愛がられていたのだろう。私が欲しいと言ったものは、父はなんでも用意してくれた。


 私の好きなテーマパークを誕生日に貸切にしてくれたこともあった。私がヴァイオリンの発表会で履くガラスの靴が欲しいと言ったら、ヴェネチアの職人に私の足がぴったりとはまる靴を作らせて贈ってくれた。


 幼い私が自分がお姫様になったと錯覚するくらいに、父はなんでも私に与えてくれた。けれど、錯覚は錯覚でしかない。私は誰もいない遊園地を一人で回らなくてはいけなかったし、発表会でガラスの靴を履いた私を迎えにきてくれる王子様はいなかった。


「富なんて問題にもならない」


 それが父の口癖だった。有名な作家の詩の一節らしい。私の我儘を聞き入れる父はよくこの言葉を呟いた。そして詩はこう続くらしい。


「愛なんて聞くだけで笑ってしまう」


 ガラスの靴は割れてしまった。私が割ったんだ。



 高校の昇降口、下駄箱の前で束の間の安寧の時を私は過ごしていた。用事があるからと、級友たちをさきに帰らせて、教室では一度も役に立たなかった赤い表紙の文庫本を取り出した。


 用事があるのは嘘ではない。一つ確かめたいことがあったのだ。


 ほどなくして目的の人物、高槻悠太が階段を降りてきた。私は彼の姿を認めて、靴を履き替えようとする彼を呼び止める。


「なんでそんな変な靴履いているわけ?」


 高槻悠太は間抜けな顔で私を見返した。


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