第41話

 位置情報が示した場所に行くとそこは簡素な住宅街だった。日が暮れて真っ暗になった道は人一人通っていなくとても静かだった。

 『甘い匂いがするお店に入って』先輩にそう言われたが、お店があるような場所には思えなかった。それでも言われた通りに探していると、微かにスイーツのような甘い匂いが微かに鼻を掠めた。俺は犬のようにその匂いを辿っていく。クンクンと鼻を動かして辿ること十分、ようやくそれらしき場所を見つけた。

 明かりがぼんやりとついている建物が住宅街に紛れて佇んでいた。レトロな木造風の建物から見ると喫茶店だろうか? ここにゆながいるかもしれない。扉のノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。ぎぎぎと軋む音とともに扉が開くと恐る恐る店内へと入った。

 店内に入るとすぐに甘い匂いとコーヒーが鼻腔をくすぐった。何も食べていなかった俺の腹が意思とは関係なく音がなった。奥の方へ目をやると誰かが座っていた。雰囲気的にゆなではないようだった。

 「こんばんは、月山君。待ってましたよ?」

 聞き覚えがある声が聞こえて近づくと、蝶野さんが座ってニコニコしていた。テーブルにアルコールランプが置かれていて、お湯がぐつぐつと沸いていた。

 「もう少しでコーヒーができるんで、待っててくださいね」

 「それよりもゆなはどこなの? 蝶野さん」

 ゆなの名前を出すと一瞬だけ表情が固まった。そして、動き出すとコーヒーを淹れる準備をし始めた。

 「安心してください。私の家で寝てもらってます」

 彼女の言葉に少し安堵する。とりあえず無事の確認をできただけでも良しとしよう。後は何故彼女がこんなことをしたのかを尋問する時間だ。少し敵意のある視線を送ると彼女がいつもの笑顔で返してきた。突っ立ている俺を関係なしにコーヒーを淹れていた。

 「とりあえず淹れたので飲んでみてください。お話はそこから……ね」

 頬杖を突きながらウインクする彼女に促される形で向かい側に座った。ゆなのことは気になるが、彼女の手元にいることも考えると逆らうのは得策ではないと考えた。

 座って間もなく淹れたばかりのコーヒーとチーズケーキを差し出してきた。彼女はというと、コーヒーにカラフルな生クリームをぶち込んでいた。ケーキもカラフルで甘ったるそうだ。

 「気持ち悪いと思ってるでしょ?」

 「いや……ただ、甘ったるそうで見てるだけで胸焼けしそうだなって」

 正直に答えるとふふっと軽い笑みを浮かべて、生クリームコーヒーを飲んだ。俺もコーヒーを続けて飲んだ。苦みが強くてクセになりそうで美味しかった。

 そこからお互い会話も無しに顔を見ながら、ただコーヒーを堪能していた。彼女は何故だかずっと俺を見ながら笑みを浮かべていた。

 「さて、何から聞きたいですか?」

 「じゃあ早速、何でこんなことをしたの?」

 彼女は毛先をくるくるといじって、少し困った顔をしていた。

 「私に振り向いて欲しかった……からかな」

 「えっ?」

 「月山君、私なんて眼中になかったでしょ? だから、あなたを振り向かせるにはここまでしないと勝ち目ないし」

 拗ねた顔で頬を膨らませる彼女。というか俺に好意を抱いていたとかいう衝撃発言に心底驚いていた。

 「だから月影先輩を拉致ったし、金原さんにはしばらく学校からご退場してもらったわけですよ」

 「ちょっと待って! 何で蝶野さんの口から希の名前がでたの?」

 蝶野さんの口から希の名前が出た。それが意味するのは彼女が希の事故に関与している証だった。

 「あ……つい、口を滑らしちゃいました。私ですよ、金原さんを事故に見せかけて突き落としたの」

 この言葉を聞いた瞬間、一気に目の前が真っ赤になった気がする。立ち上がり彼女に詰め寄って、胸倉を掴んでいた。その状況にも関わらず、彼女は一層楽しそうにしていた。

 「やっと私の顔をちゃんと見てくれたぁ♡ 怒った顔も可愛い♡」

 このままだと彼女を殴ってしまいそうだったが、それは体の異変によって妨害された。急に視界が歪み始め、力を込めた腕から力が弱まってくる。

 「何をした……んだ?」

 「月山君、現実だと素直になれないから夢の中で会いましょ?」

 「なんだ……って?」

 夢の中で会おう。何故、彼女がこのことを知っているのだろうか? 聞こうと彼女にしがみつくが、途中で意識が闇の中へと落ちていった。

 「おやすみ」

 意識を失う直前、彼女が頬にキスをしてきた。何者なんだ? 彼女は?


あとがき 韓国料理食い倒れしてみたい。

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