第40話

 「――っと! ちょっと! 起きなさいっ!」

 「ん……? あ、あれ?」

 目を覚ますといつもの草原だけど……、天気が厚い雲に覆われて、強風が大きく草原を揺らせていた。いつもと違う雰囲気と聞きなれた声に思わず飛び起きた。

 「いつまで寝てるのよ? 相変わらずダメなんだから」

 「せ、先輩!? 何でいるの?!」

 ここは涙くんで感動的な再会といくところなんだが、それは先輩が許してくれなかった。抱き着こうとしたが、カウンターのパンチを喰らった。殴られたところを擦りながら聞きたいことがあってそわそわしている俺を制止した。何やら真剣な顔をしているので、良く分からないが、言う通りにした。

 「あまり時間がないから単刀直入にいうわ。ゆなが危ない」

 深刻そうな表情で告げる彼女はとても冗談を言っているようには見えなかった。ただゆなが危ないとはどういう事だろうか?聞こうとするよりも先に先輩が口を開いた。

 「ゆなが攫われてるの」

 「は?」

 攫われている? 一体誰にだろうか? 最近、ニュースになっている中高校生を狙った変態だろうか? 色々な想像が広がり、先輩に会えた喜びよりも何とかしなくてはいけないという焦燥感が俺の体を支配した。そんな俺を落ち着かせるために、目の前で手を大きく叩いた。

 「はい、落ち着く! 犯人は変態なんかじゃない。蝶野って女よ」

 予想外の人物が出てきたことによって、一瞬、正気を戻した俺の精神をまた大きく揺さぶった。

 「何で蝶野さんが? ゆなが狙われる理由はないだろう?」

 「離してあげたいけど、今は時間がないわ。いい? 目が覚めたら先生から電話がくるからすぐ出るのよ? そしたら、甘い匂いがするお店に入って」

 何でちょっと謎解きみたいになっているのかとかツッコミたいが、有無を言わせずに俺の視界はブラックアウトすることになった。

 ……甘い匂いがするお店って腐る程あるけど見つけられるのかよ。


 次に目が覚めたのは携帯のバイブ音だった。先輩の言う通りすぐ出ると、電話の相手は予言通り先生だった。

 「おい! 大変だっ! ゆなが誘拐されてらしいぞっ!」

 電話に出ると焦りを含んだ声を張り上げていた。

 「ああ……知ってますよ」

 「何でそんなに反応がうす……って、ええ!?」

 まあ、当たり前の反応だよな。珍しく取り乱している先生に一通り説明して、一旦先生の家へ赴くことになった。

 「まままま、まあ、とととりあえず落ち着くんだ! いいなっ!」

 「何であんたが一番パ二くってるんですか」

 いつも男勝りで頼りがいのある先生がガタガタに震えた手でジュースを差し出す姿は少し滑稽で笑いそうになったが、ぐっと堪えた。

 「それで? ゆなからなんてメッセージが来たんですか?」

 本題を切り出すとスマホの画面を見せつけた。そこにあったのはゆなとの過去のやり取りの他に位置情報と助けての一言があった。普通ならいたずらの類だと思うところだが、鬼電しても電話にはでないし、心配で直接家へ行くと誰もいなかったらしくそこでメッセージが本物だということに気づいたらしい。

 「もう警察に通報したんですか?」

 「いや、まだだ。ひとまず心当たりがありそうなやつに連絡を取ってからやろうと思ってた」

 「いや都合がいいです。ひとまず俺がこの場所に向かいます」

 俺の言葉に先生は目を見開いて驚く。

 「大丈夫なのか? お前だけでどうにもならないだろ?」

 至極当然の反応だった。ただ俺はこれをやった犯人を知っているし、これを止めるのは俺の役目だと思ったから。

 「俺を信じてください。ちゃんと連れて帰りますから」

 真剣な眼差しを先生にぶつけた。俺の熱意が伝わったのか先生は嬉しそうな顔をした。

 「ったく、夜這いもできなかった奴がいい顔になりやがって……! よし! 早くゆなを連れ帰ってこい!」

 「ありがとうございます!」

 早速、俺は位置情報の場所へと向かった。


あとがき 散財って気持ちいいけど、後からくる虚しさが何とも言えないよね。

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