第32話
「……あ、あれ?」
目が覚めると見慣れた天井がそこにあった。そういえばあれから数ヶ月が経った。夏の暑さは消えて冬の寒さが訪れようとしていた。先輩が消えた後、ゆなは高校に慣れるために個別教室からのスタートになった。生徒達には持病で体調がよろしくないということにしているらしい。まあ、先輩のおかげで学力は問題ないので、あとはゆなが環境に慣れるために、周りがサポートしていくしかないだろう。
一方の俺は先輩に会う前のいつもの日常に戻っていた。前と違うのはやかましい連中が数名増えたという所だろう。希との関係も順調というか以前よりは仲が深まった気がする。ただ、ひとつだけ悩みの種もできてしまった。
「月山君? 一緒にお昼どうですかぁ?」
「蝶野さん?! 急に背後に現れないでよ」
「月山君、偶然ですね!一緒に帰りましょうよ!」
「何回目の偶然なんですかね?!」
因みに今日で十回連続だ。こんな感じで蝶野さんに付きまとわれているのが、俺の頭痛の種だった。それに希との接触を妨害するような感じだ。
「最近、蝶野さん様子がおかしくない?」
「ああ、最近ちょっと疲れてきたな」
自宅に戻り着替えていると希が料理の準備をしていた。ここ最近の料理の上達ぶりにはとても感心する。昔はあんなに下手だったのに今では普通に食べれるレベルになった。あれだけ毒見して感想を言ったかいが……
「ちょっと? 何か余計なこと考えてない?」
「何も考えてない! 今日は何を作ってくれるんですか希様!」
「むぅぅ……何か怪しいけど、疲れてるひーくんに免じて何も言わないでおいてあげる」
あぶないあぶない。危うく三日ぐらい口をきいてくれなくなるところだった。そんなこんなで適度に機嫌を取りつつ、食事を共にした。最近、希とは半同棲みたいな感じにはなっているが、お互いの親公認ではあるから問題ない。どうやら今日もここで寝るらしい。
「ひーくん……明日は何食べたい?」
「何でもいいぞ」
「それが一番困るんだけど……」
いつもこんな他愛もない会話を少ししてからお互い眠りについている。普通に幸せに感じる日常だけど、俺は未だに彼女の事を忘れられずにいた。
「あ」
「あ……」
翌日の昼休み廊下を歩いていると、極力会いたくない人に出くわしてしまった。
「何だか久しぶりな気がしますね……ひーくん」
「あ、ああ……そうだな」
あの日以来、ほとんど顔を合わせる事がなかったもう一人の先輩、ゆなだった。あれからどう接していいか分からなかった俺たちは、お互いに距離を開けていた。夢の中では普通に話せていたが、いざ現実になると何を話していいか分からない。
「学校には慣れたか?」
「うん。だけど華雪、ここだと一人でいることが多かったみたいで友達が全くいなくてすごく寂しい」
「先輩、興味がない人にはすごく冷たいからな」
蓋を開けてみればただの甘いものに弱い変人だったけど。そういえば、最初にあったのも図書室だったな。ふと視界にはいった図書室を見て懐かしい気持ちになった。
「図書室に用ですか?」
「いや、ただ昼飯食う場所探してさまよってただけだ」
「だ、だったら!一緒にお昼どうですか?」
今まで距離を開けてきた相手にお昼を誘われてしまった。気まずい空気になってしまうのが目に見えているが、女性からの誘いだ。断るのも、恥をかかせてしまう事になるので、ゆなの提案に乗ることにした。
昼飯を食べる場所はゆなの提案で屋上になった。漫画かラノベだとド定番のいちゃつきスポットだが、本来は立ち入り禁止の場所なはず。そんな俺が疑問に思っていると、ゆながポケットから鍵を取り出し、自宅のドアを開けるかのように堂々と開けて屋上に入った。
「実は花先生からこっそり借りてきたんです」
「教師って立場忘れてないかあの人?」
辺りを警戒しながら屋上に入ると、扉をしめて一応鍵をかけておいた。普段は立ち入り禁止の場所なこともあって、ベンチの一つもない殺風景な場所だった。ゆなは中央でブルーシートを広げて昼食の準備をしていた。
「へえーちゃんと作ってるんだな」
「八割冷凍食品ですけどね」
弁当箱を開けると形が不器用な卵焼きとタコさんウインナーが弁当箱の三分の一を占めて、他の食材は揚げ物系の冷凍食品が小さな弁当箱を占領していた。割と尖った編成に顔が引きつるが、勘違いするなと言わんばかりにサラダを詰めた容器を見せつけてきた。
「米は食べないのか?」
「炊き忘れちゃいました。なので、私にご飯を恵んでくれてもいいんですよ?」
「この弁当だったら米が無くてちょうどいいカロリーじゃないのか?」
「サラダがあるんで実質カロリーゼロです!」
絶対そんなことないのないのだが、必死になっているゆなを見ているとあまりイジメるのも可哀そうになってくる。しょうがないので余分に炊いてしまった炊き込みご飯をおにぎりにしたものを差し出した。
「えっ!? いいんですか?!」
「多めに炊いたからたくさん持ってきた」
「ありがとうございます!一粒ずつ噛み締めて味わいます!」
おにぎりを貰ったくらいで大げさな喜び方をしてとても幸せそうに頬張っている。大したことはしていないのだが、ここまで感激されると何だか気持ちがいい。しばらく彼女を見ていると、恥ずかしそうに顔を俯いた。
「あんまりジロジロ見ないでください……」
「あまりにも美味しそうに食べるものだからさ」
「そ、そうだ!何か一つお好きなのどうぞ!」
そういうとほぼ冷凍食品編成の弁当箱を差し出す。せっかくだから形が不器用な卵焼きを食べようと箸でつまむと口に運んだ。選ぶと思ってなかったのか驚いた表情で口に運ぶのを阻止しようとしていた。
形はあれだが肝心の味は……。
「……滅茶苦茶甘いぞこれ」
「え? もしかして塩と砂糖間違えちゃった……?」
ちなみにタコさんウインナーの方も甘かった……。
「うぅ……すみません……料理はからっきしで」
「まあ、こんなこともあるだろ」
顔を真っ赤にして頭をペコペコ下げているゆな。先輩の時には見れなかった表情を見れて、俺的にはちょっと得した気分になっているのは心の中に閉まっておくことにする。
昼休みもそろそろ終わりそうなので、戻ろうとするとゆなが肩を掴んで呼び止めた。
「あ、あの……また、お昼一緒にたべてもいいですか?」
ゆなに言われると思っていなかったので、思わず驚いて目を見開いた。
「ま、気が向いたらいいぞ」
ぶっきらぼうに答えて踵を返した。ただ口元はものすごく緩んでいた気がする。後ろから楽しげなリズムを刻む足音が俺の後をつけていた。
あとがき 平和回って書くのが結構むずいよね
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