第30話

 先生の家をでた俺たちは目的もなく歩いていた。俺はただ何も考えず先輩の姿を見ていた。先輩は戻ってきたし、手はつなげてるしで幸せだったからこのままされるがままになっていた。そうして十分ほど歩いていると最寄りの駅に着いた。

 「先輩どこいくの?」

 「私の行きたい所よ」

 いつもの口調で答えた先輩は振り向くことなく改札を通った。俺も後を追うと

隣に並んだ。電車を待っている間、自販機でコーラを二つ買うと一つ手渡す。一瞬、顔を緩ますと、すぐにいつもの顔に戻って涼しい顔でコーラを飲んだ。

 何だか懐かしくて思わずニタついていると。

 「変なコト考えない」

 「いっ、痛いです」

 「何で嬉しそうなのよ?」

 頬を抓られた。痛いと言っているが、加減してくれているのでそこまで痛くない。そんなことをしていると電車がタイミングよくきた。抓られたままその電車へと連れ込まれた。流石にこれは痛かった。

 「先輩、そろそろどこにいくか教えてもいいんじゃない?」

 「まだ、教えない」

 「えっ? 何でですか?」

 「さっきからニタついてキモいから」

 そんなにニタついている自覚はないんだが、言われる位だからそうなのだろう。目的地を聞きたいのだが、しつこいと機嫌を損ねる可能性があるので、しばらく大人しくしていることにした。手持ち無沙汰になった俺は車窓からの風景を眺めていた。次々と移り変わる風景を見ていると、電車の揺れもあって眠くなっていく。全く眠れなかったのもあって、意識は夢の中へと落ちていった。

 

 「んんっ……せ、先輩……?」

 「いつまで寝てるのよ」

 目を覚ますと先輩が不機嫌に顔を覗かせていた。

 「額にキスしてくれたら起きますよ」

 頭を叩かれるか足を踏まれると読んで冗談で言ったのだが、俺の額から伝ったのは感じたことがない柔らかい感触だった。何をされたのか分からなかった。気づいたら先輩は照れを隠したような笑みで見つめていた。

 「え? マジで何したんですか?」

 「さっさといくわよ。時間が勿体ない」

 問いただそうとしたが、そそくさと電車を飛び出してしまったので、俺も後を付いていった。

 次に乗ったのは新幹線だった。一体どこへ向かっているのか見当もつかない。いい加減知りたくなった俺は、あからさまにうざい絡みで先輩へ聞いてみた。普段なら半日は口を聞いてくれなくなるのだが、今日の先輩は少し違って小さな子供をなだめるように、いまから行く場所を話始めた。

 「今からね……遠い場所にいこうと思うの」

 「遠い場所って? もしかして沖縄?それとも北海道とか?」

 そんな俺の予想を否定するように首を横にふった。

 「場所は分からない。でも、そこにいくまでの道すじまでは分かる」

 昔なら先輩のいきたい所が分からなかったと思うが、今なら先輩の行きたい所が何となく分かった。だから俺は何も文句は言わず、俺は先輩についていくことにした。

 「でも、その前に服を身繕いしないとね」

 「あ、そういえばそうですね」

 今の今まで言わなかったが、俺は昨日から制服で先輩は寝巻きのようなラフな格好でとてもお出かけするには恥ずかしい恰好だった。そう言われると何だか恥ずかしさがこみ上げてきた。

 

 新幹線をおりた俺たちは誰もが知っている衣料品店へ服を適当に買った。降りた場所はというと北海道を除けば最北端、りんごが有名な青森県八戸市。北国にきたのは初めてだが、意外と関東に負けてないぐらい暑い。

 衣料品店を後にした後、駅周辺でご飯を済ませた。青森のラーメンは煮干しが強くて普通の醤油ラーメンより美味しかった。

 旅の準備を済ませた俺たちは名前も知らない土地へ旅をすることにした。といっても大半はタクシーを使っての快適旅だったが、途中で車通行禁止の場所にたどり着くとそこから歩くことにした。

 そこからはひたすら歩いた。短い会話を繰り返しながら、全く同じ風景の道を歩き続けた。本当にゴールなんてあるのだろうかと思う程、歩いては汗をぬぐった。もはや苦行なはずなのに、先輩は汗一つかかず楽しそうに軽やかに歩いていた。

 「先輩、本当に道合ってる?」

 「もうすぐだと思うんだけど……見つからないわね」

 困ったと呟く先輩は一層楽しそうだった。ミュージカルの舞台に立った演者のようにリズミカルに歩いていた。先輩はいいが俺はそろそろ限界でその場で仰向けに寝てやろうと考えていた。

 「こんなところにベンチがある」

 指を指した先を見ると年季の入った直で座るのが憚られる木製のベンチがあった。元々バスの停車場所だったのか申し訳程度の屋根もついてちょっと涼しそうだった。

 「ちょっと休みませんか? 流石に疲れちゃいました」

 「男なのに情けないわね。でも、日焼け止め塗りたいしちょうどいいわ」

 先輩からお許しを得た俺は脱力してベンチに座った。この際、汚れているのは気にしないことにした。

 風が涼しい。先輩は汗をタオルで拭いて日焼け止めを入念に塗っていた。俺がウトウトしていると、先輩も日焼け止めを塗り終えて、ベンチにもたれかかっていた。

 「何だ先輩も疲れてんじゃん」

 「テンションで乗り切っていたけど、疲れたわ」

 心地よいそよ風で瞼が重くなる。

 「寝ちゃ駄目よ……」

 「そっちこそ……」

 「……先輩、起きてる?」

 「すぅ……すぅ……寝てないわよ……」

 「寝てる……じゃん」

 そこで俺の意識は途切れた。寝てる先輩は俺の小指を優しく握っていた。


あとがき そろそろ鼻と目が痒くなってきた。

 

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