第28話

 「おらっ!なめんっなよ!」

 「いけー!やっちゃえ!」

 「きゃははは!かわいそーだよっ!」

 あの事件以降、私は彼女とその仲間達から事あるごとに暴力を受けていた。毎日体が痛くて青あざだらけだったので体育なんてできるわけなかった。暴力の他にもトイレにはいれば水が降ってきたり、一番きつかったのは靴箱にネズミの死骸が入っていた時だった。

 気づけば私はボロボロになっていた。そのボロボロになっていく過程を見て笑う彼女たちは悪魔ですら恐怖を覚えるほどの醜悪な笑顔で指を指して笑っていた。先生にも家族にも言えなかった。三年辛抱すれば解放される。私だけが傷つけば皆幸せになれるなんてそんな浅はかな希望を持って生活していた。

 だけど人間というものは意外と脆いもので予想よりも早くに限界が来てしまった。私は耐えられず不登校になっていた。理由は親にも言っていないが、何も言わずにそっとしてくれている。今まで真面目に生きてきた恩恵だろう。

 不登校になってから私はベッドでトイレと寝る時以外はずっと体育座りしていた。とりあえず何も考えないで植物のように生きたかった。そんな私の思惑を邪魔するように、またアイツが今度は夢の中で現れた。

 「つらそうだね? ゆな」

 「誰のせいだと思ってるの!」

 胸倉を掴もうとしたが、ひらりと躱されてしまった。顔は見えなかったが口元は私の不幸を喜ぶようににやけていたので、頭に血が上ってしまった。今度こそ胸倉を掴んだがその顔を見た私は驚きのあまり尻もちをつく形で転んだ。

 「何で私が目の前にいるの……?」

 「だからいったでしょ? 私は私だって」  

 ゆっくり歩み寄る私に似た何かはずっとにやけながら俯瞰していた。指を鳴らすと霧がかかった視界が晴れて緑一面の草原が広がった。

 「何が目的なの? あなたは誰?」

 「それはゆなが一番知ってるんじゃないかしら?」

 とぼけても無駄だという表情で胸に指をとんとん当てていた。その時、頭の中でいじめられている時の映像が鮮明に流れ始めた。

 つらい。苦しい。逃げたい。誰か助けて。私の意志と反して心の声がスピーカーから流れるように辺りに反響した。

 「そうだよね。毎日いじめられてつらいよね? だから私がかわりに全部受け止めてあげる」

 「え? 何言ってるの?」

 言っている意味が分からなかった。ただこの提案を飲んでしまったらダメな気がした。

 「あなたの力なんて借りなくても大丈夫だからほっといて!」

 拒絶するように彼女から距離を取ろうとするが、いつの間にか背後を取られて後ろから抱き着かれていた。

 「嘘つかない。手を見てみなさい」

 絡みついた彼女の手が私の手を持ち上げると、ガラスにヒビがはいったような亀裂が私の手に広がっていった。夢の中と分かっていても体が崩壊していく様は計り知れない恐怖ですぐに目を背けた。

 「怖がらせてごめんなさい。でもあなたの精神はもうボロボロ、これ以上はゆなが壊れちゃう」

 何故か抵抗する気力は無くなっていた。自分の意志と反して涙がポロポロと溢れて止まらなかった。そんな私の姿を見て彼女は力強く私を抱きしめた。

 「大丈夫、私が何とかするから。ゆなが元気になるまで私があなたの代わりに生きるから、今は……ゆっくりおやすみ」

 彼女が頭を撫でると心地よい眠気がやってきた。今の苦痛から抜け出せる、そう考えると悪い気がしなかった。

 「私は華雪。ゆなの救いを求める思いから生まれたかりそめのあなた」

 「は……ゆ?」

 女神のような優しい笑みを見ながら、私はちょっと長めの眠りについた。


 「先輩がかりそめの存在……?」

 「私が生んでしまったもう一人の私。目的を果たしつつある華雪はもう……」

 「やめろっ!!」

 ゆなの言葉を大声で遮った。聞きたくなかったし、ましてや受け入れられる事実じゃなかったから……。あまりにも酷い顔をしていたのか、ゆなが怯えた顔をして悲しそうな顔で俺を見つめた。

 「私なんか生まれなければっ……!ひーくんがこんなに悲しむこともなかったのに……ごめんなさい!ごめんなさい……!」

 その言葉を聞いた先生が立ち上がると怒気を纏わせてゆなの胸倉を思いっきり掴んだ。急な事に俺は硬直していた。

 「そんな言葉二度と口にするんじゃねえ!いいか? 華雪はお前を助けるために生まれて今まで必死に生きてきたんだ。それを無駄にするような言葉は華雪の存在を否定することになる!お前にできることは華雪に感謝してこれからの人生、頑張っていきることだろうが!次言ったら問答無用でぶん殴る」

 それを聞いたゆなは首を縦に振って大粒の涙を流していた。俺は情けないと思いつつ空気と同化して二人の顔を見ていた。

 

 「よし!今日はひとまず寝るぞ!月山も今日はここで寝ろ!」

 「いや俺は帰りますよ」

 帰ろうと玄関へ向かおうとする俺の両足が急に動かなくなった。犯人は足に絡みついている酔っ払いとJKだが、何故かゆなの様子もおかしい。

 「ひーくん、ここで帰るとか空気マジで読めないですよぅ~」

 「夜這いの一つも出来んのかクソガキ!ぶっ飛ばされてーのか!」

 「さっきまでのシリアスな雰囲気壊すのやめて?!」

 空き缶が一つ増えてると思ったら、お前飲んでたのかよ。いくらフィクションとはいえ、未成年がお酒飲んでるのはアウトな気がするのは気のせいだろうか?

 「だいじょーぶですよ~。誰も見てないんですから炎上なんて気にしなくても好き勝手やっちゃえばいいんですよ~。作者も駄作だって言ってるし、残りの話数もふざけましょー!!」

 「だからメタ発言やめて。ていうか足から離れてよ……」

 こういう絡み久しぶりだな。何だか安心している自分がいた。


 あとがき

 やっと過去編、終わらせた。これからラブコメっぽい感じになる予定です?

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