第27話

 「親でも分からない顔にしてやるよっ!」

 カッターナイフが頬の肉を切り裂くことはなかった。彼女の顔が不思議そうに歪んだ。ただすぐにゆなの手元にある物を見ると、恐怖と焦りが混じった表情を張り付かせて後ずさった。

 「な、なんで……?」

 「ごめんなさい。生憎手癖は悪くてつい盗ってしまったわ」

 ゆなの体を借りた私はカッターナイフを奪い取って、刃を使えないように折っておいた。折られた刃をみて顔を真っ赤にする彼女。感情豊かで面白い、芸人でもやれば売れるんじゃなかろうかなんて、親切心で助言したら怒りがピークに達して般若の顔になった。

 「てめぇ……ぶっ殺す!」

 ポケットからまたカッターナイフを取り出して襲い掛かった。一直線で捻りがない。これじゃあ私を切り裂くなんて到底できない。

 私はまた彼女の手からカッターナイフを奪い取った。取られた彼女は魔法でも見たかのような顔で私と自分の手を交互に何度も見ていた。二度目にも関わらずこの顔芸、私は思わず笑ってしまった。

 頬に傷の一つでもつけてやろうと思ったが、そんなことはゆなが望んでいない。もしやったとしても、後始末が面倒だ。だけど、人生舐め腐っている彼女がまたふざけたことをしないように少し怖い思いをしてもらおうと思う。

 「あのさ……今までこれで通用したと思うけど、また同じことやってたら厚化粧しても誤魔化せない傷つけるからね?」

 冷たい刃を頬に突き付けてやった。さっきまで強気な表情で睨んでいた彼女も両目に涙を溜めていた。とりあえずやることやった私は、その場を去ろうとする。もちろんカッターナイフは没収済みだ。

 悔しそうな表情を眺めすっきりして足が軽くなっていた私は、後ろからくる脅威の反応に遅れてしまった。

 「ああああ!調子乗んなっ!」

 振り向くと彼女が目の前にいた。咄嗟に対応するが、手首をすごい力で掴まれる。ゆなの体では力負けして思わずのけ反ってしまう。それにすぐ後ろは階段でこのままでは突き飛ばされてしまう。

 やばい、このままだと二人とも落ちて怪我してしまう。それだけは避けようと精一杯の力で押し返そうとするが、そこで彼女が予想外の行動に出てしまう。

 「いい加減に……きゃ!?」

 私を押し返そうとした彼女が前のめりに倒れ始め始めた。ここは避けてはいけないと感じたが、反射的に避けてしまったことを後悔することになる。

 後ろで鈍い音が響く。私が振り向くよりも先に女生徒の悲鳴が響き渡った。振り向きたくなかった。悲痛な悲鳴が階段から落ちた彼女に対しての物だという事が嫌でもわかったから。

 そこで私の方にも限界がきてしまった。段々視界が黒くなり、足元がふらつくと私も階段から落ちてしまった。

 「ゆな……ごめん」

 またしても鳴り響く悲鳴を最後に私、華雪はまた眠りについた。


 「んんっ……あれ?」

 目が覚めると私は寝そべっていた。何だか全身が痛くて起き上がる気も起きないが、周りの様子を見てそうもいっていられない状況だった。何故か私の周りに野次馬達が集まっていた。しかも不思議だったのが私を見る目が恐怖に怯えているような例えるなら化け物でも見たような目で見ていた。

 ただその疑問もすぐに解消されることになった。

 「えっ……? 噓でしょ?」

 数分前まで私にカッターナイフを突きつけてきた彼女が横たわってぴくりとも動いていなかった。動揺した私は彼女の体を大きく揺らす。流石に死んではいなかったが、額からは血が出ていた。

 血をみた私の心臓がとてつもない速度で鼓動を始めた。呼吸がままならず視界が暗く歪み始めた。そんな状況に追い打ちをかけるように、野次馬の一人が半狂乱しながら私を指さした。

 「きゃあああ!ひ、人殺し!?」

 「先生!あの子血が出てる!早く来て!」

 一声を皮切りに周りが喧騒に包まれる。私は生きるために必死になって呼吸することしかできなかった。


 「本当に申し訳ありません!」

 滅多に話すことがない母親が今にも泣きそうな表情でいじめっ子の彼女と母親に頭を下げていた。私はそれを他人事のように呆然と見つめていた。

 階段から落ちた彼女は頭から出血はしていたが、大した怪我じゃなかったらしい。私は体が痛いぐらいで済んだわけだが、何故階段から落ちたのか?そもそもカッターナイフを突きつけていた彼女が階段から落ちて血を流していたのか?私の頭は?マークで一杯だった。

 一方、彼女とその母親は今にも襲い掛かりそうな怨恨を宿した瞳で私を睨みつけていた。悪いのは彼女なはずだが、ものすごく被害者ズラしているのが気にくわなかったが、先生と母親の目があったのでひとまず謝ってこの場は一件落着となった。

 母親にはあの日以来に怒られた。といってもこの件に関しては不満が爆発しそうだった。そうなると私の体を一時的に乗っ取った人物に自然と怒りの矛先がむいて自分の体を殴ってみたが、ただただ私が痛いだけで余計腹立った。

 それだけで話が終われば良かったが、ここから私にとって地獄の日々が始まった。


 あとがき

 短くまとめようとしたけど、やっぱり無理でした……。

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