第25話
「おじゃまします……」
「おう!遠慮はいらないぞ!」
場所は変わって何故か先生の住んでいるマンションへいた。マンションの見た目は綺麗でオートロックで中々いいところに住んでいる訳だが。
時を遡ること数十分前、ゆなに導かれるまま公衆電話についた俺は言われた通り先生に報告した。それだけで終われば良かったのだが。
「よし!ひとまず私の家にこい!」
「え? 何でですか?」
「何でもいいだろう? とりあえずこい!」
……といったところで強引にお呼ばれして今に至る。一方のゆなは俺の困り顔を見てずっとニコニコしている。
「何で先生の家に呼ばれてるんですか?」
「んー? 何でだろうな?」
タンクトップに短パンと超絶ラフな格好をしているので、目のやり場に困る。飲んだくれのくせに無駄にスタイルがいいのは何故だろうか?
冷蔵庫からガサゴソと焦っている姿を見ていると、ずっとニコニコしていたゆながご機嫌斜めといった表情で俺を睨んでいた。
「ひーくん、鼻の下伸びすぎです」
「は? 伸びてねーし」
「ほんとお尻とおっぱいに目がないですね……」
「だから見てねーよ!」
「お前ら人んちでいちゃつくな。私に対する嫌味か」
俺達の小競り合いを見ていた先生が会話を遮断するように二つコーラを投げつけてきた。そういえば今日、マッチングアプリで出会った男性と会う約束だったはずだが、俺達を呼んで大丈夫だったのだろうか?
そんな疑問を抱えながら投げつけられたコーラを飲んでいると、自ずと先生が答えを話始める。
「くそ……あいつ、既婚者じゃねーか!ふざけやがって!」
うん。何となく何があったのか分かった。あまり詮索はしないほうがよさそうだ。珍しくゆなも空気を読んで黙ってコーラを飲んでいた。
黙って愚痴を聞きながら飲んでいると、満足したようですっきりした表情でビールを飲み始めた。
「あー……うめぇ」
「あの先生……そろそろ本題に……」
気分が良くなったのか酒のペースが速まっていたので、先生が酔いつぶれる前に本題を切り出すことにした。
「あ、ああ。とにかく無事でなによりだったな……ゆな」
「!? 何でその名を……?」
恐らく俺しか知らないであろう名前を先生は当たり前といわんばかりの顔で呼んだ。面を食らった俺はコーラを噴き出しそうになった。
一方のゆなは大して驚いた様子もなく、何だか自慢げな顔で俺たちを見ていた。
「たまたま用があって月影を探している時に、もう一人の月影に会ったんだ。しかし驚いたよ。二重人格なんて漫画だけの存在だと思っていたからな!」
豪快に笑うと残りのビールを一気に飲み干した。そして、すかさず缶チューハイを開けて口をつけた。
ゆなが元の人格ということは分かったが、何故俺の夢の中にわざわざでてきては睡眠妨害してきたという疑問が残った。この際だから聞いておこうと、ゆなを見ると俺の言いたいことが分かっていたようで、困り顔で拳銃を突き付けられた犯人のように両手を上げていた。
「ひーくんの聞きたいことは分かりますよ。何で夢に出てきて睡眠妨害してきたのかって聞きたいんでしょ?」
「ちゃんと自覚あるじゃねーか。さあ、聞かせて貰おうか?」
「それが……私にも分からないんですよ」
肩をすくめて舌をぺろっと出して腹立つ笑顔を振りまいた。デコピンかチョップの一つでも喰らわせてやりたいと思ったが、先生もいるのでぐっと堪えた。
「華雪が生まれてから私、ずっと寝てて夢を見てたんです。緑とお花が一杯の草原にひーくんとのんびり過ごす夢。私が自由になったらいきたいなーって強く願ったら本当にひーくんが現れて、あの時は本当に嬉しかったなぁ!」
心底嬉しそうに喜ぶゆなの目が子供のようにキラキラしている。まあ、それはいいとして、もう一つ疑問が浮かんだ。
「じゃあお前がいってた俺の思い描いたユートピアってどういう意味なんだ?」
「厳密にいうと私が想像したひーくんの思い描いたユートピアなんで全部私の想像なんですよねっ!てへっ☆……って痛い!何するんですか?」
「想像以上にくだらない答えで殺意が沸いたんだ。許してくれ殺すつもりはないから一発やらせてくれ」
「っていいながら、何でそんな重そうな灰皿もってるんですかっ?!」
先生は目の前にいたが、強めにチョップしてしまった。第一話の伏線めいた発言がまさか第二十五話にてこんなしょうもないことになってしまったことに、殺意が沸いてしまったからね。しょうがないね。
といいつつも灰皿が血濡れになることはなかった。ゆなが咄嗟に先生の後ろに隠れ肩から恐る恐る俺を怯えた目で見つめる。仕方ないので灰皿は元の位置に戻しておいた。ゆなとはいえ華雪先輩の体に傷をつけるような真似は本気でやろうなんてさらさらなかったが。
「イチャイチャタイムは終わったか?」
「ええ、不完全燃焼ですけどね」
「先生っ!ひーくんの目がまだ怖いです!今出たら殺されますぅ!」
あまりにもやかましいので、イラっとするが話が進まないのでぐっと堪える。俺達が言い合ってる間にも酒缶が二缶多くなっていた。顔を見る限り酔いがかなり回っているように見える先生がふらふらしながらゆなを抱きしめた。
「よおーし!月影は一旦ウチで預かる。お前も適当にそこで寝てもいいぞおー!」
「病院に強制送還しなくてもいいんですか? というか両親にこのこと伝えなくても……」
「それは……心配しなくても大丈夫ですよ」
両親というワードを聞いたゆながさっきと打って変わって暗い顔を見せた。言いずらそうにしているゆなの代わりに先生が口を開いた。
「後々調べて分かったが、月影の両親は二重人格の件で母親は病んで、父親はその現実に耐えられず、見て見ぬふりをし実の娘を置いて海外にいるんだ」
「私が眠りについて華雪が生まれた後、パパとママは私を拒絶しました。最初から娘なんていなかった。こんなの娘じゃない幻覚だ娘を返せ悪魔め……なんて心無い言葉を毎日浴びせられました。華雪は全く悪くないのに……ただ私を守るために頑張って生きてくれただけなのに……!」
後悔と懺悔が混じった声を苦しそうに言葉にした。何か黒くて嫌な物体が口の中から突き破ってきそうで不安に駆られた。それは絶対にありえないのだが、それくらいゆなの顔と声音は辛そうだった。
「なあ、ゆな。何で華雪先輩が生まれたんだ? 一体、何があったんだ?」
これはゆなにとって辛いことかもしれないが、知っとかないといけないと思った俺は質問していた。デリカシー無いなんて怒られるかも知れないが、それでも知りたいと、ゆなと華雪先輩のことをもっと知りたいと思ってしまったから。
「分かりました……もう隠し事はできなそうですしね」
ごくりと喉がなると覚悟を決めた眼差しを俺らに向けた。俺も先生も覚悟に答えるために黙ってゆなを見つめていた。
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