第24話

 夏休みが終わった。休み期間が長かった故、朝起きるのがしんどかったりしたが、久々のクラスメイト達の顔を見るのは何だか嬉しいような……ただ、一人覗いてだけど。

 「いや~僕のベストフレンド月山陽彩君!会いたかったよっ!」

 「キメェ!くっつくな!後ベストフレンドでも何でもねえよっ!!」

 これまた久々の登場を果たした日比谷だが、謎に馴れ馴れしくて正直うざい。というかクラスメイト達がすごく困惑してこちらを見ているので、マジでやめて欲しい。

 「照れるなよ。あの夜から深く繋がったじゃないか……」

 「それって友情のことだよな? つーか勝手に友達認定すんじゃねぇ!」

 俺達の絡みを見て一部の女生徒が黄色い悲鳴を上げているが、たまったもんじゃない。やっぱりコイツもしかしてそういう趣味は……ないよな?

 そろそろコイツを殴り飛ばそうと考えていると花ちゃん先生が機嫌よく久々の登場を果たした。

 「おーお前ら元気にしてたかー? お!何だお前らそういう関係だったのか?」

 「断じて違うぞ」

 即否定したが、信じていないようでニヤニヤしながら俺たちの顔を見つめていた。

 「恥ずかしがることはないぞ。恋愛の形は人それぞれだから私は応援してるぞ……うん……」

 「あのー何だろう。そういいながら距離取るのやめてもらっていいですか?」

 若干イラっとしてひ〇ゆ〇口調になってしまったが、別に意識したわけじゃない。日比谷も悪ノリで抱き着こうとするが、避けて距離を取った。

 「素直になれないんですよ彼。そういう先生は何かいいことでもあったんですか?」

 もうツッコまないぞと強い決意の宿った眼差しを向ける。ただえらく上機嫌な花ちゃん先生のことは気になっていたので、日比谷にしてはナイスな質問をしたと思う。

 聞かれた本人は幸せそうに頬を緩ませて頭を掻き始めた。

 「いやー実はマッチングアプリで仲良くなって彼が思ったよりいい男でな。今日もデートの約束をしたんだよな~へへっ」

 普段男勝りな先生が乙女の顔をしている。普段は二日酔い気味の顔ばかりしているが、今日は何とも幸せそうな顔している。

 「飲みすぎないでくださいね? 酒癖悪いんですから」

 「な!? 日比谷なぜ知ってる?」

 「酔いつぶれてたところを介抱したの覚えてないんですか?」

 やれやれと呆れるようなジェスチャーをして苦笑していた。酒癖が悪いという割とどうでもいい情報を手に入れたわけだが、先生からしたらあまり知られたくなかったようで、恥ずかしさを誤魔化すように大声を出す。

 それだけで済めばよかったのだが、先生の腕が俺の首根っこをがっしりと捉えると何故か連行されてしまった。全く意味が分からなかったが、思ったより力が強くて抵抗する暇もなく教室を後にした。

 あれ?授業はどうするの?


 首根っこを掴まれた猫と同じように無抵抗のまま連行されていると少し離れた廊下で解放された。

 「よし、ここでいいだろう」

 きょろきょろ警戒したように周りを見渡している。この言葉を聞く限り俺に用があったと見て取れた。

 先生が俺に用があるなんて珍しいこともあるようだ。その程度の感想しか抱いていなかった俺は先生の言葉に虚を突かれた。

 「お前月影が入院した件は知ってるな?」

 「えっ? それがどうしたんですか?」

 険しい顔をした顔を見て不安に駆られる。冷や汗がじんわりと全身から出てくるのがはっきり分かった。

 「実はな……月影が病室からいなくなった」

 その言葉に心臓がドクンッ!と大きく跳ねた。検査入院していた先輩がいなくなった?動悸が激しくなって呼吸が苦しい。パニック状態になっているのか視界が段々と黒くなっていく。そんな俺の意識を戻したのは両肩にかかる衝撃と心配そうに覗く先生の顔だった。

 「大丈夫か? 急に顔色が悪くなったぞ」

 「あ……ああ、いや……もう大丈夫です」

 視界がはっきりすると真剣な顔で先生を見つめる。

 「俺……探しにいっていいですか!」

 「ダメだ!……といいたいところだが、言ったところで聞きやしないって顔してるな」

 そんな先生の顔は困った顔というよりは、嬉しそうな顔をしていた。ただ、教師としての立場もあるのだろう俺の頭に手を置くと真面目な表情で瞳を見つめた。

 「一つだけ言うぞ? 一人で突っ走るな。月影を見つけたら即連絡、分かったな?」

 その表情に飲まれて反射的に首を縦に振っていた。それをみた先生は表情を緩ませて優しい顔を覗かせた。

 「よし!行ってこい!私が許可する」

 「ありがとうございます……!」

 俺は即座に廊下を走り抜けた。


 学校を抜けだした俺はとにかく走った。とりあえず思いつくところをいけばすぐに会えると思っていた。……まあ、それはとんでもなく甘い考えだったが。

 気づけば夕方で歩くのもつらくなってきた。汗まみれだし足も生まれたての小鹿みたいに小刻みに震えている。

 「あー……もう限界だ……」

力が抜けた俺はその場に仰向けで倒れた。道端だが人気もないし、問題ないだろうと大きく深呼吸し空を見上げた。陽が沈んで薄暗くなってきていた。

 ひとまず疲れたから寝てしまおうなんて考えていると、ここへむかう足音が地面の振動とともに伝わった。  

 起き上がろうとするが、思うように立ち上がれない。首だけ動かしていると急に周りが暗くなる。それが人影で俺を見下ろしているのが分かったが、逆光で顔が全く見えない。頭上にいる人物は見下ろしたまま何も言ってこなかった。

 普通人間が倒れていたら心配するなり慌てふためくなりするもんだが。不思議そうに見つめ返してやると、その人物は目の目で正座し頭を膝に乗せ始めた。

 「前にも似たような状況はありましたね」

 聞きなれた声、花のようないい匂い、顔は見えなくても分かった。

 「お前……ゆなだな?」

 「当たりです……驚かないんですね?」

 いずれこうなると分かっていた。華雪先輩は後から出来た人格、いずれ消滅する存在だってことは……。

 「何か勘違いしてるみたいなんでいっときますけど、まだ華雪は死んでないですよ?」

 「は? お前がここにいるってことは消滅したんじゃ……?」

 「いえ、眠っているだけですよ」

 逆光で見えないが、にっこり笑っているのは直感で分かった。ひとまず先輩は見つかったので、先生に報告しようと携帯を取り出す。

 「あ、電池切れてやがる」

 そういえば今日、充電しないで寝てしまったから残量が少なかったんだ。

 「そういえば近くに公衆電話ありましたよ」

 ゆっくりと重い体を起き上がらせた俺はゆなのいった公衆電話へと向かった。

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