第23話

 「ああ……まだ満腹だ……」

 激闘を終えた俺たちはゆっくりとした足どりで帰っていた。多分後二日は何も食べなくて大丈夫な気がする。重たいお腹を擦りながら歩いていると蝶野さんが何か言いたげな顔でちらちら見ていた。何を言いたいのか気にはなっていたが無理に聞こうとは思わなかった。

 というよりかは聞いてはいけない気がしたので、俺は気づかないふりをしながら歩いていた。そうして無言のまま歩き続けた。不思議と気まずさはなかった。

 「あ、ここでお別れみたいですね」

 「そうだね。今日は……散々だったけど、楽しかったよ」

 「う……その節はすみません」

 クスクスとお互い笑った。

 「あー明日から学校かー」

 「ちゃんと宿題は終わらせましたか?」

 「……蝶野さん見せてくれない?」

 「いいですけど、高いですよ~私?」

 「やっぱり自分で頑張ります……」

 ようやく蝶野さんも自分のペースを取り戻してきたようだ。いつもののらりくらりした表情に戻ってきた。何だか心地がよい時間だった。

 「じゃあ、帰ろうか?」

 「ええ、でもその前にこれ」

 そう言って差し出したのはチャレンジメニューの特典、ペアネックレスだった。

 「え? いいのか?」

 「私はほとんど食べてないですし、つける相手もいないですしね……」

 「それは俺もだけどね」

 恋人がいない俺にも不要なものなのだが、蝶野さんは何故だか不服そうな顔をしていた。

 「嘘はいけませんねぇ? 渡す相手いるくせに」

 「え?! い、いないよ!」

 「だって今日、ちょっと上の空だったじゃないですか……月山君」

 悲しそうな顔で下を俯いた。

 「月影先輩……でしょ? もしかして何かあったんですか?」

 急に近づくと俺の胸に頭をくっつけた。

 「楽しくなかったですよね? 私、男の人とデートするって初めてだったから思い通りにいかなくてテンパって迷惑かけて……こんな見かけ倒しな女キモイですよね」

 「そんなことねえよ」 

 「えっ……?」

 俺は声を上げていた。自分から卑屈になっている蝶野さんが許せなかったのかもしれない。とりあえず言葉にできない何かが沸々と湧いて口に出していた。

 「俺は冗談抜きで今日は楽しかったし、蝶野さんは無茶苦茶魅力的な人だよ。まあ……俺のせいで不安にさせたのはマジでごめん」

 「月山君……」

 やばい、らしくないこと言ってしまった。何だか恥ずかしくなって今すぐ逃げ出してしまいたい。何とも言えない微妙な空気が流れる中、蝶野さんが下を俯いたままワナワナ震え始めた。

 「ふふっ……あははははははっ!何マジになってるんですかぁ? 月山君可愛いー

ですね~」

 急なキャラ変に困惑していると俺の元をくるりと離れていつもの蝶野さんに戻っていた。

 「まったく持って頭が追い付いていないんだけども……どれが本当の蝶野さんなんだ?」

 「こんな可愛い美少女がうぶでボッチとか漫画の世界にしかいませんよ~」

 「え? もしかして全部演技だったの……?」

 恐る恐る聞いた疑問が正解だと蠱惑的な笑みをこちらに振りまいた。本当だとしたら相当な演技派だ。何だか今まであの蝶野さんにだまされたと思うと一気に疲労感が全身を襲った。

 「ふっふー照れてる月山君可愛かったなー」

 「もう何も信用できないぞ……俺」

 「あ、ちょっと待ってくださいよ!」

 ぐったりしながら帰路につこうとした俺の胸に何か投げ込まれた。キャッチするとペアネックレスが入った箱だった。

 「やっぱりあげます。私じゃ宝の持ち腐れなんで」

 正直、俺もいらないのだがいるいらない論争をするのも疲れたので、素直に貰っていくことにする。これをみるたびにあの光景がフラッシュバックすると思うと何だか嫌だけど。

 「ちゃんと渡してくださいね!先輩に!」

 「考えておく」

 その言葉を最後に俺たちは別々に帰った。疲れたと言ったが何だかんだで楽しかったな今日。……先輩には内緒にした方がいいな。


 「私が入り込む隙なかったな~」

 まだ家に帰りたくなかった。ゆっくりと短い歩幅で歩いていた。何だか不気味な位静かで足音が必要以上に響き渡って少し怖い。

 昔から猫を被って周りと同調するのが得意だった。好きでそうしてるわけじゃない。ただ普通にいじめられずに注目されずに生きたかった。だから私は頑張った。流行に乗ったり、陽キャなんて呼ばれている女子達の真似事をしてみたり、いつしか私はクラスの真ん中にいてそれなりのポジションにつけた。

 正直、苦痛で退屈で仕方ない。ただ、本当の私を周りは受け付けない。だから演じる魅力的な女の子を。

 そして、後は波風立てずに学校生活を送るだけ……と思ってたんだけど。

 「人生って分かんよね」

 私にとって唯一の誤算、月山陽彩の存在だった。イケメンでもなければ目立つ存在でもない悪く言えばモブのような存在。そんな彼に興味を持った。少し話しただけで彼の事は全く知らない……けど、もっと知りたいと思った。

 恋愛のことなんて分からない。だから私は彼の周りにいる女性達よりも先に強引な手を使ってでも手に入れようとした。そうすれば彼に抱いている興味の意味がわかるかもしれないから。

 そして、今日答えに近づいた。私は彼が欲しいんだ……!そうすれば嘘だらけの私じゃなくて本当の私になれると思ったから。

 「私は私になるためにあなたを手にいれくちゃいけないの」

 だから私は諦めない。そのためなら悪魔にでも私にはなる。


 あとがき 何だかすごく強引な展開になっちゃったけど、何とか描き切ってみせる!

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