第22話

 『ごめんなさい。検査入院少し伸びてしまったわ』

 次の日、先輩からメッセージアプリに連絡があった。その報告を受けた俺は『分かりました』だけ送ったが、はやり心配で気が気ではなかった。またお見舞いに行きたいが、蝶野さんとの約束があるので行こうにもいけない。気は乗らないが俺は待ち合わせ場所へとむかうことにした。

 「あ、来ましたね。待ってましたよ~」

 時間よりも早く来たつもりだったが、すでに日陰に隠れながら涼しい顔で俺を待っていた。服装は白いTシャツに黒い革ジャン、赤いミニスカートとスニーカー、頭には黒を基調とした可愛いつば付きの帽子を被っていた。

 前回の可愛げな服装とは一転、ロックな衣装でかっこいい。ただ蝶野さんの可愛さもあってかイイ感じにマッチしている。

 「早いね蝶野さん」

 「こう見えても結構楽しみにしてきたんですよ? 邪魔ものはいないですし」

 にししと笑って機嫌が良さそうにくるくると舞い始めた。普段大人っぽい彼女が何だか幼さを出すとこれはこれでキュンっとしたものを感じてしまう。

 「それで今日はどこいくの?」

 「うーん、今日は一日月山君を独占できるので、恋人っぽいことしたいですね?」

 「恋人っぽいって……あまりからかわないでよ」

 「からかってないですよ? さあ、行きますか?」

 手を引かれるまま蝶野さんについていった。まあ、大丈夫だと思うが一応用心はしといた方がいいだろう。

 

 「ここは?」

 「やっぱりここが定番ですよねぇ」

 連れてこられたのは近場でここらへんの学生にメジャーなデートスポットだった。俺はあまり行ったことはないが映画館やゲーセンやら色々ある商業施設で一日いても飽きないという事だけは分かっていた。

 「あれ?あまりきたことないですか?」

 「基本インドアな物だし、いっても秋葉原とかだから」

 「それは良かったです!じゃあ、私が案内してあげますね!」

 背中をぐいぐい押されながら俺たちは中へと歩いていくことにした。

 中に入ると夏休み最終日ということもあって家族連れよりも同年代あたりの男女が多い方に感じた。といっても、混んでいる訳じゃないので快適に歩ける。

 「皆考える事は一緒なんですねー」

 「カップルや陽キャが多くて疎外感を感じるんだけど……」

 ダメだ……。俺のことなんて見ていないはずだが、何だか冷たい視線を感じる気がする。きて早々に精神が参っている俺の腕に柔らかい物が絡みついた。見ると蝶野さんが少し照れた表情で見上げていた。

 「これでいいんじゃないですか~?」

 「何がどういいんですか?!」

 「ほ、ほら!人の体温って落ち着くじゃないですか? 何だか辛そうだったんで……ダメでしたか?」

 何だこの可愛い生き物は?やばい、先輩が検査入院しているのもあって背徳感が半端ないです。ってか、これ見られたら誰でも修羅場確定な気がしますけどね。

 「い、いや!何だか気を使わせちゃったみたいでごめん」

 「いえいえ、私が誘ったんで月山君には楽しんでもらいたくて」

 本当にどうしたんだ蝶野さん?普段の小悪魔な感じはどこ行ったのだろうか?これはこれで調子狂うな。

 「じゃあ、どこ行く?」

 「映画館いきますか?まだ、お昼まで時間ありますし」

 「お、いいね」

 まだお昼まで時間があったので、映画館へと向かう事にした。普段、映画なんて見ないので少し緊張した。おかげで買い方が分からずに、蝶野さんに笑われてしまった。やはり少しは出かけた方がいいな。うん。

 「おぉ……これは……」

 映画の内容はというと二重人格のヒロインと主人公の三角ラブコメといったところで、最後主人公が好きな人格のヒロインが実はもう消滅してしまうことを消滅した後に知った主人公が静かに泣き崩れるといった悲しいお話だった。

 「純愛ものだと思ったら意外と重い話でしたね……」

 「でも意外と面白かったな」

 ロマンティックな気分にはなれないが、有意義な時間だったと思う。映画を見終えた後、昼時になったのでさっそくフードコートへむかうことにした。色々な種類の店がある中、俺達はとある店のメニューが視界に入った。

 「チャレンジメニュー男女二人で挑戦して成功したらお代タダだって?」

 「しかも豪華景品も貰えるみたいですよ!やりましょうよ!」

 というものの食べれるものなのだろうか?謎に蝶野さんがやる気満々なので断るのも野暮というもので挑戦してみることにした。

 料理が運ばれるのを待っていると大きなパフェ用の器に入った虹色の飲み物が運ばれてきた。ストローが何故かハートの形になって飲み口が二つある。つまりそういうことか……。

 「こういうのって憧れますけど、いざ目の前に置かれると恥ずかしいですね~」

 「その前に肝心の味などんな感じなんだろうか?」

 恐る恐る口にストローをつけて虹色の液体を流し込む。

 「うん。意外とおいしい」

 ミックスフルーツ味で喉を刺激する微炭酸が心地よい。でも、二人で一つの飲み物を共有するのは恥ずかしくて、結局同時に飲むことはなかった。気まずい時間を過ごしていると、初々しいやり取りを見ていたのかニヤニヤした女性店員が注文した物を持ってきた。

 「お待たせしました!チャレンジメニューの胃袋破裂ビックバンバーガーです!」

 運ばれたものを見て俺は絶句した。フリスビーぐらい大きなバーガーが運ばれ、テーブルに置かれた。遊び半分で頼んだのが悔やまれる。一方の蝶野さんは目が死んでいた。

 「私の知っているハンバーガーじゃないですこれ」

 「同感だけど頼んじゃったから食べるしかないね……」

 さっきまでの青春してる空気はなくなりひたすらにハンバーガーに食らいついた。味は肉肉しくて旨いのだが、とんでもなく量が多すぎる。四分の一あたりでお腹が一杯だった。

 「さあ、どんどん食べ進めましょう!」

 「あの……失礼ですけど、食べてる?」

 「私、男の人が食べてる姿好きなんですよね~。 あ、せっかくなんで恋人らしいことしましょうか?」

 「もうお腹一杯で……むぐぅ!?」

 「やっぱりあーんは定番ですよね!」

 もう結構ヤバいのだがあーんという名目で無理やりハンバーガーを食べさせられる。蝶野さんは鬼気迫る笑顔で次々口に運んでくるので抵抗のしようがなかった。飛びそうな意識の中、何故かフォアグラの製造方法を思い出した俺だった。


 「おめでとうございます!初めての完食者でました~!」

 店員が俺たちを囲んで祝福してくれてるが、生憎と俺の耳には届いていなかった。

 「だ、大丈夫ですか……? 死にそうな顔してますけど」

 「しばらく……うっぷ……横にさせてくれ……」

 一歩でも動いたらリバースしてしまう。俺にできるのは落ち着くまで横になるだけだった。店員はそんなの関係なしにテンション高めで完食した特典とやらを蝶野さんに渡していた。

 「彼氏さんナイスファイトでしたね!これ完食特典です!どうぞ!」

 そう言って渡されたのはペアのネックレス。片方が南京錠でもう片方が鍵のネックレスだった。店員曰く三万近くはする代物らしく、南京錠の方にマイクロチップほどの小物が入れられるらしい。

 それを聞いたのは大分後になってからだけど。

 「あの……本当にごめんなさい。月山君に無茶させて」

 「別に謝らなくても……いいけど、本当に悪いと思ってるなら膝を貸してくれ……さすがに椅子だと固すぎて」

 「……ええっ?!」

 「なんつってな……でももう少しだけ寝か……え?」

 頭が持ち上がると今までの固くて冷たい感触から柔らかくて暖かくていい匂いがするものに変わった。

 「これくらいで許してくれるなら何回でもやってあげるよ」

 「お、おう……言ってみるもんだな」

 こんな美女に膝枕されて嬉しいんだけども……店員と周りの野次馬がニヤニヤして滅茶苦茶恥ずかしかった……。


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