第15話
夏休みも後半に差し掛かかったある日、宿題もあらかた終わりゲームと昼寝の往復を繰り返していた俺に一通のメールが届く。
『やっほー!君の大親友太陽君だよ☆ 今日は夏休み最大イベント、夏祭りだよっ!拍手!パチパチ! どうせ暇だろ?今日はスペシャルゲストもくるよ♪夕方五時集合絶対来いよ? あ、忘れていたけど、月影先輩も連れてきてね』
ぱっと見、定期的に来る迷惑メールの類に見えたから無視していたら、三十分後に電話がきた。
「無視は良くないなぁ陽彩君? 君がJK物ばっか見てるの言いふらすよ?」
「ああ、悪い悪い。チェーンメールだと思って見てなかったわ」
「相変わらずブラックジョークが冴えてるね!はははー」
さっきのはブラックジョークでも何でもないのだけど、こいつはとうとう頭が沸いているのかもしれない。
これ以上会話するとイライラするので、日比谷の誘いを渋々承諾することにした。でも、一つ了承できない問題があった。
「多分、華雪先輩はこないと思うぞ? つーか、説得する俺の身にもなってくれ」
超がつくほどのインドアな先輩がリア充の雑踏がひしめく場所にくるとは到底思えなかった。
なかなか骨が折れそうな話にため息をつくと、日比谷は電話越しに機嫌が良さそうな声で「心配ない」と呟いた。
「それは当日になれば分かるさ。そのためにも月影先輩には来てもらわないと」
「何だよそれ」
プツンと電話が切れた。言いたいこと言って電話切りやがった。まあ、やるだけやるか……。
△
「無理」
「ですよねぇ」
五分後、早速電話を掛けたけど案の定拒否られた。声音からして寝起き直前で機嫌が悪いのが分かる。
「そこを何とか!何でもするから!」
「えっ?それじゃあ手始めに……」
「やっぱり前言撤回します」
「ちっ」
俺の危機察知能力が初めて役に立った気がする。その後も説得を繰り返し、ようやく折れたようで、会計すべて俺持ちというまたしても不平等条約を結ばされたわけだけど、彼女を夏祭りに誘い出すことに成功した。
俺はというとまた財布とにらめっこする羽目になってしまったが、そこは彼女の私服を拝めると思いぐっと堪えた。
△
「やあやあお待たせ。陽彩君」
待ち合わせ場所で待っていると馴染みの声が近づく。見なくても分かるが、日比谷が小さく手を振って近づいてきていた。今日は夏祭り仕様というわけか、濃紺色の着物に身を包みおしゃれな扇子を扇いでいた。
このルックスのせいで何着ても似合うのが、腹立たしい。おまけに野次馬たちが四方八方と写真を撮っている様子はハリウッド俳優でも凱旋したのかと思えるほどだった。盛っているように感じるけど、この光景がそれを証明していた。
「浮かない顔してどうしたんだい? 何か嫌な事でもあった?」
「自分に聞いてみろよ」
明らかに分かっているくせに、わざとらしくとぼけ勝ち誇った笑みを浮かべる。ここでいらついてしまえばアイツの思うつぼな気がするので、俺はあえて何も気づかないふりをした。
「そんで、スペシャルゲストってのは誰なんだよ?」
「ん?さっきから君の後ろにいるけど……」
「じゃーん!スペシャルゲストでーす!」
「わあっ!蝶野さん!?」
突如現れた美少女はつい最近、モブキャラからヒロイン枠に昇格した蝶野さんだった。服装は胸元を大胆に開けた白の半袖シャツに膝あたりの長さの黒のスカート、思わず一点に視線がいってしまう。
いつもよりテンションが高い彼女は俺の腕に絡みついてきた。腕におっ……柔らかい膨らみが当たっている。そんなドキマギしている様子を楽しんでいるのか、押し付けている気がする。そんなご褒美タイムを楽しんでいると、脇腹に激痛が走った。
「げっ!華雪先輩!?」
振り向くと今にも誰か〇しそうな目つきをしている先輩がいた。
「あら、ごめんなさい人違いだったみたい。あなたにソックリな人物がこんなクズみたいな男な訳ないわよね。失礼するわクズ山君」
「ちょ!違うんです! ちょっと待ってえ!!」
慌てて華雪先輩を引き留めようと追いかけるとさらなる追い打ちが俺を襲う。
「お待たせ日比谷君、待った……」
「あっ……希」
約一週間程の再会になるのだけれど、ここまで会いたくないと思ったタイミングはこの先ないと思った。それぐらいのバッドタイミングで希は姿を現した。
「日比谷君ごめん遅れちゃった。さっそくいこう!りんご飴食べたい」
「無視が一番きついよ!?」
俺からしたら地獄絵図な訳だけど、日比谷はクスクスと笑いながらこの状況を楽しんでいやがった。やっぱり本当に〇しておくべきだった。
「役者はそろったね。それじゃあ花火まで時間あるし、陽彩君はそれぞれ女性陣達と二人っきりで歩いておいで」
「勝手なこと言うなよ。全員で回ればいいだろ」
「やだよ。だって僕、逆ナンされちゃったし」
確かに周りには目をハートにさせた女性陣が群がっていた。もう、ギャグみたいなモテ方してんなお前。
△
屋台デート蝶野さんver
日比谷に放置されて止むえず歩いている訳だけど、希も華雪先輩も勝手にどこかいってしまったために、消去法で腕に絡みついた蝶野さんと歩くことになったけど……。
「私と歩いている時に女の影チラつかせないでくださいよ」
「えっ?そんな顔してた」
「滅茶苦茶してましたよ。悲しいな~」
また、俺の腕に絡みつき誘っているような蠱惑的な顔を近づけた。毎回ドキマギして童貞丸出しな俺は情けないと思いつつもこの状況を鼻の下を伸ばして楽しんでいた。
「あっ!あそこのチョコバナナすごく大きいですよ!」
「本当だ。あそこまで大きいのは珍しいね」
見ると恐らく普通の倍はあった。カラフルなチョコチップがふんだんにちりばめられていて、なかなかに食べ応えがありそうだった。
ちょうどお腹も空いていたので、二つ買い歩きながら食べる事にした。
「んっ……顎が外れちゃう……!」
「蝶野さん!艶めかしい声出さないでよ!?」
文字だけだとチョコバナナ(意味深)を食べているようなシチュエーションを思い浮かべてしまうけど、本当にチョコバナナを食べているだけだからね?
それからぶらぶらとしていると、人混みに酔ったと言って蝶野さんが人気がない場所へと向かった。
「はあ~涼しい。久々の人混みなんで疲れちゃいました」
「俺も歩き疲れたからちょうど良かったよ」
日陰にあるベンチへ腰かけて涼んでいると、蝶野さんが体を寄せてきた。
「そういえば月山君、金原さんにフラれましたね」
「うぐ……掘り返さないでほしかったな」
「あの時の約束……覚えてますよね?」
苦虫を嚙み潰した顔をした俺に追い打ちをかけるように彼女はあの時の話を切り出してきた。
「何でも一つ言う事を聞くってやつですか?」
「覚えていてくれたんですね!嬉しいです!」
何だろう?ニコニコとしているが圧がすごい。蝶野さんの圧に押された俺は彼女が絡みつかせる手を振りほどけなかった。その判断がマズかった。
俺はそのまま彼女に押し倒された。勝ち取ったような笑みを近づけて俺の耳を優しく撫で始めた。
「じゃあ、その約束果たしてもらいましょうかね? 男に二言はないですよね?」
「ちょ、ちょっと!今はマズいよ!」
「大丈夫ですよ。ここ人いないですし、言い逃れできないように既成事実作ったほうが……」
「蝶野さん? 女でも痴漢って立証できるんだよ?」
「のぞみん!?」
いつからいたのか、希が野獣と化した蝶野さんを俺との間に入って制していた。
「そっちこそストーカーとか趣味悪すぎじゃないですかぁ~?」
「あなたみたいに誰にでも股を開く女を放置してたら胸糞悪いしね」
「失礼ですね。こう見えてまだ未経験ですよ?」
二人の間に激しい稲妻が走っていた。両者のただらなぬ圧に俺はビクビク震えていた。肉食動物に睨まれている小動物の気持ちが分かった気がする。
二人の視殺戦が五分程続いた後、蝶野さんが険しい顔を緩めていつもの顔に戻る。
「まあ、チャンスはたくさんありますしね。諦めませんから月山君」
そういうと蝶野さんはまた人混みへと消えていった。ほっと胸を撫でおろしたのもつかの間、視線を戻すと険しい表情をしたままの希がいた。
どうしよう。しょっぱなから修羅場だよ……。
屋台デート希ver
「…………」
「…………」
今日の彼女の服装は白いワンピースに黒いデニムジャケットを羽織っていた。今はそんなことはどうでもいい。
……やべぇ!滅茶苦茶気まずいっ!また、一通り屋台を見て回っているが、一言も会話はない。夏の暑さとは別の汗がドバドバと出ている。今にも逃げだしたくてたまらないけど、ここで逃げたら一生、修復不可な関係になってしまうし、第一男としてそれは言語道断というものだ。
ここは勇気を振り絞り声帯を震わせた。
「あのー希さん?」
「ああー-!やめやめ! もう、うんざりだよ!」
小さくあげた声は希の声でかき消された。いきなりのことで俺はその場に硬直してしまう。俺の方に振り向くと、両肩をバンバンと叩き始めた。
「もう、気にしないから。ひーくん楽しもう!」
「あ、ああ。そうだな?」
俺の手を取り勢いよく走り始めた。そこからは彼女のテンションに飲み込まれ、色々な屋台を巡った。
「ねえ、あの射的の景品欲しい!取ってひーくん!」
「あれとれるのか?」
「やらないと絶交しちゃうかも?」
「是非やらせていただきます!」
要求されたのは明らかに射的の景品にしては不向きな大きなコアラのぬいぐるみで、結果は……言わなくてもわかるよな。
「たこ焼き美味しいね」
「確かに〇だこに負けてないな」
取れなかった罰ゲーム的な事でたこ焼きを奢らされているけど、たまたま買った屋台のたこ焼きは屋台のたこ焼きとは思えないクオリティの美味しさで舌鼓をうっていた。
「隙あり!」
「あ!俺のチーズたこ焼きが!んぐぅ!」
「はい、お返しのたこ焼き」
「おお、これも美味い……って、あ」
「ん?どうしたのって……ご、ごめん!」
あっちも気づいたのか、間接キスしてしまったことに頬を赤らめていた。ヤバい、可愛すぎる。
それをかき消すようにお互い騒いで、謎にテンションが高いままいつの間にか空は暗くなり始めていた。
「まだ花火大会まで時間あるよね?」
「ああ、そうだな」
「今のうちに特等席確保しておこうか?」
「それもそうだな」
落ち着き始めた俺たちは会場へと向かい始めるが、それを遮るようにスラっとした長身の奴が現れた。
「それは必要ないよ」
監視していたのかと思う程のタイミングよく表れた日比谷。さっきまでの取り巻き達はいなく、後ろに蝶野さんがぽつんと立っていた。
「少し僕と歩かない陽彩君?」
「断る」
「ごめんよ金原さん。蝶野さんと席の確保しててくれないかな?」
去り際に言い残し、俺と日比谷はまた人混みへと足を踏みいれた。
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