第12話

 ここ最近の学校は慌ただしい空気が漂っていた。それは言うまでもなく文化祭にむけての準備に勉学と多忙を極めていた。

 俺らのクラスは和装カフェをやることになった。女性陣からの反対は凄まじいものだったが、日比谷の「和装メイド服見てみたいな」の一言によって女性陣がさっきと打って変わって態度が急変、他の案を退け採用となった。

 そんなわけで準備に追われているわけだが、男子たちは主に力仕事だったりで非力な俺はダラダラ汗をかきながら働いていた。

 準備のおかげで華雪先輩とも会えていない。今、何をしているのだろうか?

 「今年は参加者多いな」

 「悲報、リア充大量発生の予感」

 疲れてぼーと歩いている俺の耳に入ったのは、この学校特有のあるイベントに対する嘆き。

 朝日ヶ丘高校には独自の恒例行事がある。それは男子限定イベント愛の告白大会である。聞くだけで寒気しかしないのだけど、創立当初から行われている伝統あるもので、この大会で告白すると百パーセント恋が成就するなんて言われている。

 参加する男子たちは今からハッスルするほどやる気に満ち溢れていた。そして今回俺のクラスから日比谷が参加を名乗り出た。

 もちろんこれには女性陣、爆血不可避案件な訳で二週間前にも関わらず白熱していた。

 俺には全く関係ないことなので受け流して、小休憩がてら図書室へと赴く。

 部屋に入ると予想通り彼女はいた。しかも、大胆にも本を読んで涼んでいる。

 「サボりはよくないわね月山君」

 「そっくりそのまま返しますよ。その言葉」

 「失礼ね。私はただ図書室に不審者がこないかずっと監視してただけなのに」

 「それをさぼりっていいません?」

 少し不満げな顔をこちらにむけると、本を閉じ足を組んだ。

 「だってめんどくさいじゃない? この時期になると猿ども……じゃなくて、男子共の目線がうるさいし」

 「まあ、例の告白大会がありますしね」

 ここの告白大会は今の所百パーセントらしいから、ワンチャンあるかも的な儚い望みを抱いているのだろう。気持ちは分からなくもないけど。

 毎日のように好色そうな目線を受けていてうんざりしている華雪先輩は告白大会というワードを聞いた時、苦虫を嚙み潰した顔をした。

 「あの公開羞恥プレイ大会のどこがいいのやら」

 「言い過ぎだけど、激しく同意です」

 告白するという行為自体は否定しないが、それをわざわざ見せつけようなんて考えには到底至らない。頭おかしいんじゃないかと思う。

 「はあ、喉乾いたわ。 ちょっとコーラ買ってきなさい」

 「ええ……俺もクタクタなんですよ」

 「私……ぱっとしなくて従順な男の子が好きだなぁ?」

 「俺、今すぐ買ってきま……ってなるか!」

 「嫌、嫌よ! (コーラ買ってくることに)付き合うって言わないと(ここから)離れさせないから」

 「勘違いさせるワード連発しないでよ!?」

 ノリツッコミをして帰ろうとしたが、腕をガッチリ掴まれ必死の抵抗でやむなく買ってくることになってしまった。

 何より元気そうで良かった。


                △


 「はあ……やっと終わった」 

 結局パシられ小休憩どころじゃない時間が過ぎ、全員からさぼり魔認定された俺は疲労で溜まった体に鞭を打って帰路に着こうとした。

 早く帰って寝ようと早足になっていると校門の真ん中で立ち止まっている人影がいた。

 「月山くんだったけか?」

 無駄に爽やかな声とすらっとした人影で俺はそいつが日比谷だと分かった。

 「そう嫌がらないでよ。ちょっと話ときたいことがあるんだ」

 キザな仕草が癪に障るが、ぐっと堪え不愛想に「何だよ」と呟いた。

 「文化祭の告白大会でようと思うんだ」

 「知ってるよ。その話題で持ちきりだからね」

 「相手は金原さんにしようと思うんだ」

 「あっそう」

 なんとなく予想はついていたから驚きはしなかった。日比谷が希に好意を抱いているのは誰の目から見ても分かる事だったから。

 「あれ?幼馴染が取られそうだってのに反応薄くない?」

 不思議そうに見つめる日比谷に思わず鼻で笑ってしまった。

 「希に彼氏ができようと俺が口をだすことじゃなし、それを俺が嫉妬するのもお門違いなだと思うだけだよ」

 「ふーん、他人の幸せの為に身を引くってことね。いい考え方だけど、俺は好きじゃないな」

 「何とでも言ってくれていいよ。それじゃあ、行っていい?」

 「言いたいことは言ったからいいよ。優しい優しい幼馴染さん」

 バイバイと手を振って笑顔を振りまく。いちいちイラつくがそれに反応していたらきりがないので、俺は無視して素通りした。

 

                  △


 「月山君? 浮かない顔してますよ~?」

 「うおぉ!? 蝶野さん驚かさないでよ」

 一人で黙々と帰っていると昇格?を果たした蝶野さんが突然、右肩に顔を乗せて現れた。気配も歩く音も聞こえなかった。マジで何者なのこの人?

 「音消して歩くの癖になってるんですよ私」

 「暗殺一家にでも生まれたの?」

 蝶野さんの笑顔を見ていると冗談に感じないのが恐ろしい。俺は警戒しながら隣を歩いた。

 「それでどうしたんですか? 話したほうがスッキリしますよ」

 俺の顔を覗いて再び聞いてきた。隠すことでもないのではなすことにした。

 「日比谷が告白大会の時、希に告白するんだってさ」

 「へえ……堂々と寝取り発言なんて結構ワルですね日比谷君」

 「寝取りって……希はただの幼馴染だよ」

 一緒に帰ったり遊んだり食卓を囲んだりしただけの幼馴染なだけだよ。言葉にはださなかったが希は幼馴染の一言で片せない存在なのかもしれない。

 むしろ家族のようないつもいて当たり前で、離れていくなんて今の俺には到底考えられる物じゃない。そんなことを考えているともやもやしたものが胸につっかえた感覚に陥る。

 「でも、日比谷君はフラれると思いますよ」

 「えっ?なんで?」

 唐突な発言に俺は反射的に疑問を投げた。うーんと口に人差し指を当てて空を見上げながら考えている蝶野さん。

 「ん~? 女の勘ってやつかな?」

 「ほ、ほう?」

 曖昧で根拠がない答えを自信満々に言っている場面が面白く思わず微笑してしまう。その様子をみた蝶野さんは「その顔、信じてないですね」と頬を膨らませていた。

 「でも、女の勘って高確率で当たるらしいから侮っちゃいけませんよ?」

 「そういう時って外れる事が多いよね」

 「もー! じゃあ、当たったら何でも言うこと一つ叶えてくださいね?」

 「えー……まあ、いいけど」

 「言質取ったんで破ったら……覚悟してくださいね?」

 「は……はい」

 スマホの録音アプリを見せびらかし小指を立てて笑顔で迫ってくる。この小指を取ってしまったら、もう後には戻れないようなそんな気がするけど、恐る恐る小指を絡ませた。


                △


 蝶野さんと別れた後、家でくつろいでいると来客を知らせるチャイムが家中に鳴り響いた。扉を開けるとそこにいたのは浮かない顔をして落ち着きがない希がいた。

 「いっつも勝手にはいってくるのにどうした?」

 「あーうん。ちょっと話したくて」

 お菓子の入っているレジ袋を片手に「おじゃまします」と家に上がった。俺は冷蔵庫にあったコーラを手渡し、ソファに座ってポテチの袋を開けて机に広げている隣に座った。

 「それで……どうかしたのか?」

 俺が聞くとポテチをちびちび齧り始めた。最近、希の様子がこんな感じでどうも歯切れが悪い。原因は恐らくだけど、日比谷のことだろう。

 「私に彼氏が出来そうっていったらどうする?」

 ドクンッ!分かってはいたが、いざ話を切り出されると心臓が強く脈を打った。どう言葉を返していいか分からず頬を掻いた。

 「まあ、良かったんじゃないか?」

 「えっ?」

 俺の言葉にひどく驚いていた。それと同時に悲しげな顔を浮かべた。

 「だってあの日比谷だろ? イケメンで性格良くて運動もできて、俺なんかよりもよっぽどいいだろ?」

 「何で……そんなことが言えるの?」

 「そりゃ、希に釣り合う男なんてアイツしか……」

 「バカ! 私の気持ち知ってて何でそんなこと言えるの?」

 声を荒げ希が俺を睨みつける。これ以上はいけないと思っていても俺は口を開いてしまった。

 「俺はただ希に幸せになって欲しいって、そう思っていってやってるんだろ……?」 

 「幸せかどうかは私が決める事だよ! ひーくんは私が別の人と恋仲になっても平気なの?」

 分からない。でも、もやもやとしたものが膨れ上がって今にも爆発しそうだ。それを落ち着かせようと俺は……。

 「平気だよ。俺は希を幼馴染としか見れない。だから、日比谷と付き合おうが何とも思わない」

 嘘を吐いた。こんなに話すのが苦痛で重々しく感じたのは初めてだった。俺の吐いた毒は瞬く間に希を犯し、全身を回った頃には希は壊れたように大粒の涙を流し始めた。

 あの顔を見た途端、我に返って希の肩に触れようと近づくがその手は払いのけた。

 「ばか!ばか!ばかー----っ!」

 大声で泣き叫びながら俺の家を飛び出してしまった。

 俺の中のもやもやは形を変えて心臓を串刺しにしてしまった。あまりにも苦しくて俺はその場に蹲った。

 


 

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