第11話

 希と色々あった次の日。ちょっとした気まずさを感じながらも俺は教室の敷居を跨いだ。希とはどう接すればいいのだろうか?気持ちを知ってしまった以上、いつも通りに接するのは陰の者にはハードルが高いというか……いかんいかん!俺のせいで変な空気になるのは、希が可哀想だろ。ここは平常心を保って、程よい距離を保つ。それでいこう!

 満を持して教室に入るが、何やら教室がいつも以上に騒がしかった。

 普段と違う空気に出鼻をくじかれた感じがするが、黙って自分の机に座った。騒がしい原因を探ろうと周りをキョロキョロと見渡すと希の席の周りにいつもの取り巻きたちが群がって、黄色い悲鳴を上げていた。

 「なーんか、転校生がくるみたいだよ?」

 何事かと疑問に思っているとクラスメイトCこと蝶野が俺に答えを告げた。蝶野はクラスメイトの一人で二学年の中でもかなり可愛い部類だが、希のおかげで影がうすくなりがちな女子だ。のらりくらりとした性格に希と同じボブヘアに少し赤みがかっている髪、それでいて希以上おっ……たわわな二つの膨らみが特徴で密かに男子たちに人気がある。

 希と容姿がかぶってるせいでモブ扱いされているが、俺の目の前にいるのは圧倒的にハイスペック少女である。

 ……とそんなことはどうでもいい。俺は蝶野に聞こうと視線を顔に戻すと蝶野は口を開く。 

 「それがただの転校生じゃなくて、超イケメンって話なんだよね~」

 「そういうことね」

 だからあんなに黄色い悲鳴で溢れかえっている訳だ。くだらねえと頬杖をつくと蝶野はクスクスと笑い始めた。

 「何~? 面白くないって顔してるよー?」

 「別に。 ただ、内面を知らないで外見だけで人を判断するのはなんだかなぁって思ってるだけ」

 「分かる~ 中身を知らないでちやほやするのは違うよね」

 「蝶野さんはイケメン好きじゃないの?」

 「ん~? 私はね」

 上体を前のめりにして俺に近づくと不敵な笑みを浮かべる。

 「むしろ月山君みたいなぱっとしないチョイイケな男子が好きだし」

 「なっ!?からわないでよ蝶野さん」

 前のめりなせいで二つの大きなものが近い、滅茶苦茶目のやり場に困る。てか、蝶野さんそういうキャラでしたっけ?

 「どうなの? 月山君的には私はどうなんですか~?」

 「蝶野さん? 陽彩君は小さい方が好きだから眼中にないと思うよ?」

 「のぞみんっ!?」

 いつの間にか俺の背後にいた希によって遠ざけられる。何か殺気のようなものを感じるのは気のせいだと信じたい。

 「金原さんどうしたんですか? 私はただ、月山君とお友達になりたいなーと思ってるだけですよ?」

 「それにしては距離が近くない? モブCがここまで目立たれるとここから先正直困るんだけどな?」

 「いやだな~? 私は大きな爪痕残してモブCからメインキャラに昇格しようなんて微塵も思ってないですよ? 負けヒロイン……じゃなくて、金原さん?」

 「ふーん?何? ここから先、怪我じゃすまなくなるよ」

 「ちょっと!二人とも止めてよ?!」

 メタ発言満載の喧嘩を制止すると同時にチャイムが鳴り響く。数秒遅れて担任の花ちゃんこと花子先生が教室へと入った。

 「はいはい。 ホームルーム始めるよ」

 気だるげに手を叩いて生徒達を静める。十一話目にして初登場を果たした花ちゃん先生は明らかに二日酔いしている様子だった。

 簡単に紹介すると美人だけど酒乱で喫煙者でアラフォーで男運皆無。だけど、生徒達からは絶大な信頼をされている教師の鏡こと花子先生。

 「やっぱ日本酒は止めとくんだったな。あー気持ちわる」

 あくびを小さくすると目いっぱい背伸びをした。軽くストレッチをすると教壇を力強く叩く。

 「よし!女子ども喜べ!イケメン転校生だ」

 花ちゃんの吉報に女子達が黄色い悲鳴を上げた。アイドルのライブ会場かとツッコミたくなるくらい教室は白熱していた。

 もちろん、男子諸君はつまらなさそうな顔をしている者とどうでもよさそうな顔をしている者半々という様子だった。

 「まあ、なんだ。 イケメンといっても私のクラスは顔面偏差値高い方だからな!そんなに気にすることはないぞ」

 男子諸君の心情を察したのかフォローをするが、「マジそれはないから笑」「それな」と非情な女性陣のヤジによって、フォローも意味をなさない物になってしまった。

 「はいはい!静かに! ずっと廊下で待たせてるからさっさと紹介するよ」

 「入っていいぞ」の一言と共に扉が開き転校生が姿を現す。

 人というのは本当に驚くと声が出てこないらしい。その場にいた全員、転校生の姿を見ると呆気にとられた。

 第一印象は背が高い。百八十五あるんじゃないだろうか?そして、それに見合うだけの美顔、長い睫毛に芯の通った鼻と鋭い目つき、髪は女性が憧れる程のさらさらの黒髪、それでいて物腰の柔らかい雰囲気を兼ね備えていた。

 語彙力がないので、上手く伝えられないが簡単に言ってしまえばジ〇ニ〇ズ系の顔つきというべきだろうか?知らんけど。

 「初めまして。日比谷太陽っていいます。気軽に下の名前で呼んでください。よろしくお願いします。」

 静まり返った教室に透き通った声が響いた。軽い自己紹介を終えると時が動き始めたかのように女子達の黄色い悲鳴が教室を支配した。

 これには花ちゃんも二日酔いが覚めるほど驚いていた。

 「ま、まあ……仲良くやれよ。 日比谷の席は金原の隣だな」

 日比谷が小さく頷くと希の方へとむかい隣に座った。

 「よろしく……って、もしかしてあの金原さん?」

 「えっ?」

 「覚えてないかな? 一応、同じ中学だったんだけど?」

 「んー? あっ!もしかしてあの日比谷君?」

 「そうそう!久しぶりだね!」

 二人が思い出した顔をして向かい合う。思い出話で盛り上がろうとした時、花ちゃんが「まだホームルーム中だぞ」と咳ばらいをして止めさせた。

 ホームルームが終わるまでも間、二人はニコニコしながら見つめあっていた。


                 △


 ここからの日比谷の人気は異常ともいえるものだった。容姿も性格もいいとなればそうなるのも当然かとある程度の想像ができるが、ここで起きてることはその想像をゆうに超えるものだった。

 ハリウッド俳優が来日した時のような野次馬の群れ。絶え間のない女性陣からの熱いアピール、ここまでくるとうんざりするんじゃないかと思う人気ぶりだった。

 積る話もあったのだろう。日比谷と希は数年のブランクがあったとは思えないほど打ち解けていた。

 トイレに行くとき以外、二人は磁石のようにくっついていた。というよりも日比谷が付きまとっているという表現が正しいかもしれない。

 そして、帰りも一緒に帰っていた。希は少し困惑していたが、周りがお似合いカップルだの囃し立てるせいもあって断れず二人は帰っていた。

 俺も何とかフォローをしてみようと思ったが、昨日のこともあってか話しかけづらく困り顔をしている希を見ていることしかできなかった。

 そんな日々が数日たったある日、帰りのホームルームで告げられる。

 「喜べ!生徒諸君! そろそろ文化祭の時期だ」

 学生よりも嬉しそうにする花ちゃんの口から出た言葉は学校でのビッグイベントが開催されるという告知だった。

 

 

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