第10話

 デートなる行いから早三日が経った。その間の俺は語ることもなく、あの時のことを思い出し現を抜かして高校生活を送っていた。周りからは「ニヤニヤしてキモイ」とかそんなことを言われたけど、特に気にはならなかった。

 簡単に言ってしまえば浮ついていたわけだけど、それとは対照に頭を抱え思い空気を漂わせている人物が教室で座っていた。

 甘栗色のボブヘアが乱れて大分やつれたようにみえる希はここ数日、浮かない顔を浮かべていた。

 あそこまで能天気な希が思いつめた顔をするのは珍しく感じたけど、こういう時話しかても話してくれないことは長年の付き合いで分かっているので、しばらくはそっとしといて置くかと思い、一人で帰ろうと教室を後にしようとした時、扉に腰かけて希が待っていた。

 「こんなところで何してんだ」

 「えっ? えーと……? た、たまたま暇だったから?」

 明らかに挙動不審で待ち伏せしてたとしか思えない状況の中、下を俯き毛先をくるくるといじっていた。

 「あのさ、一緒に帰らない?」

 不自然な笑顔を振りまいて誘ってきた希に小さく頷いた。

 

                   △


 いつもの帰り道を横にならんで歩いていた。この光景は久々だけど、いつもと違う様子に歯がゆさのようなものを感じていた。

 モジモジしながら頬を桜色に染めて地面をみて歩いている希を見て、ドクンと心臓が脈を打った気がする。こうしていると希も女の子なんだなと改めて感じる。

 土埃にまみれながらサッカーをしていた小麦色の少女はいつの間にか色白でおしとやかになって俺の横を歩いている。そう意識してしまうと、何だか俺まで恥ずかしくなってしまう。

 お互い沈黙を貫いたまま、家の前までついてしまった。

 「じゃ、俺はこれで」

 「ま、待って!」

 踵を返した俺の腕を強く引っ張った。思ったより力強かったから、後ろにのけ反ってしまった。

 「月影先輩とは上手くいってる?」

 「ぼちぼちかなぁ……ってなんでそんなこと聞くんだよ」

 「何でもない。 最近、ひーくん楽しそうだなって思って」

 拗ねたような顔でそっぽを向いた。また静寂が訪れる。帰りたいけど袖をぎゅっと引っ張てるせいで帰れずにいた。

 「なあ。そろそろ放してくれよ」

 「いやだ……」

 ボソッと呟いた希の言葉は何故かはっきりと聞こえた。何かを堪えるように顔を歪めて袖を一層力強く引っ張る。

 「いやだ……嫌なんだよ」

 顔を俺の胸にうずくめるとさらに言葉をゆっくり吐き出した。

 「分からないけど……分からないけど、もやもやするの……何でだろうねひーくん」

 表情は分からなかった。だけど、声音と震えで想像したくなくても想像できるほどに痛々しいものだった。

 「こういうのを嫉妬っていうのかな? いつもいて当たり前だと思ってた人がだんだんとみえないところへいこうとしているのが、気に食わない」

 重々しい言葉を吐き捨てた後、希は俺から離れると大きく深呼吸をした。

 覚悟を決めた希の顔をみた俺は思わず息を呑んだ。鈍感な俺でも分かる。それを言ってしまえばもう後には戻れない。

 緊迫した空気の中、俺も希の覚悟を受け止める覚悟を決めた。

 「やっぱやーめた!」

 だけど、希が選んだ選択はその場に立ち止まることだった。

 「なんか変な空気にしちゃってごめんね! じゃ、また明日!」

 その場から逃げるように家へと帰っていった。

 嵐のように過ぎた場所に俺は佇んでいた。あっけに取られていたと同時に希の選択にほっとした自分もいた。

 何故かって?そんなの決まっている。後に戻れない決断なんて今の俺には到底できない。希は仲のいい幼馴染で華雪先輩は希以外で初めてできた女友達、今の俺にはそれだけで十分すぎて、それ以上の関係は求めていない。

 いや、今は求めてはいけない気がする。何もかも音をたてて崩れそうだから。


                  △


 夕飯を済ませベッドで横わたっていると携帯のバイブ音が振動とともに耳へと伝わった。

 画面を見るとラインのメッセージ通知、送り主は希だった。

 『さっきはごめん。忘れて』

 一言と共に可愛いクマのキャラクターが謝っているスタンプが送られてきた。

 俺も一言『分かった』とだけ送信を押してスマホを置こうとしたが、十秒もしないうちに返信が帰ってきた。

 『もう気づいてると思うけど、私の気持ちは今も変わらないから……でも、覚悟が決まったらその時は答えを聞かせて欲しい』

 少し長めのメッセージがおやすみのスタンプと共に送られてきた。

 俺はしばらく考え込んだ後、スタンプでOKと返してスタンプを押し布団へと潜り込んだ。

 いずれ答えを出す時が来てしまう。そう考えるだけで胃がキリキリと痛んだ。

  

                    △


 「先輩……ちょっといいですか?」

 読書に夢中な華雪先輩に話しかけると、珍しくイラついた様子を見せず本を畳んでこちらを見据えた。

 「例えばですけど、こっちはこのままの関係を続けたいけど、相手は今の関係に満足してなくてもっと深い関係になりたいって、言われたら先輩はどうしますか?」

 「そんなの簡単じゃない。 自分の気持ちをそのまま伝えればいいことよ」

 あっさりと即答しやがった。愚問だなって知将っぽい顔をしている。そりゃそうなんだけど、それができないから相談してるんだけどなぁ。

 「どうやら月山くんは答えを言えないから私に相談したけど、良い答えがでなかったから不満って顔をしてるな」

 「そうですよ。それができたら相談してませんって」

 イライラしながら頭を掻きむしってると、やれやれと華雪先輩は呆れて微笑をしていた。

 「相手の告白に正直に答えてあげるのが義務なのよ。 相手はどんな答えになろうが覚悟は決まってる。答えてあげないのは恥をかかせるしルール違反だと私は思うな」

 いつになく優しい口調と表情でなだめるように説いてた。そんな表情を見るのは初めてな気がする。

 「先輩って、そんな顔するんですね」

 「何?バカにしてるの?」

 「いや、年上で包容力があってかっこいいなって思っただけです」

 「他の女の好意に気づいているくせに、口説くとかいい根性してるじゃないの? 相手泣かせる気満々なのね」

 「だって、先輩が素直な気持ちぶつけろっていったじゃないですか」

 「なっ?! バカじゃないの!いきなりいって頭おかしいんじゃないの?」

 少し頬を赤くした先輩は俺の脛をめがけてトウキックを放つ。想像以上に痛くて悶絶してる間にいつの間にか華雪先輩は消えていた。

 今度、からかうときはほどほどにしようと風呂に入るとき青く痣になった個所を見て心から思った。

 

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