第9話
スマホを見ると午前十時を示していた。今いるのはA駅の改札前、滅多に駅を使うことはないインドアな俺がここでソワソワしている理由は、他でもない前回の一連のやり取りによるもの。
つまり簡潔にいうとデートの待ち合わせをしているということである。
ジーンズに英語がプリントされた黒のTシャツとファッションに無知すぎる俺はおしゃれな服というものがなかったので、持っている服の中で幾分マシだなと感じたものの組み合わせでこうなってしまった。
ちなみに英語でMOTE MENって書いてある。クソダサいとか思ってはいけない(戒め)。
そんなこんなで落ち着かないでいると、一人の女性が近づいてきた。
「ごめんなさい。お待たせ……フフッ」
「そのリアクションやめて!自分自身が一番分かってるから!」
俺の服を見るなり、視線を逸らし笑いをこぼした。今度、〇ニ〇ロと〇Uとワー〇マ〇見て回るか……。
それはさておき。月影先輩の方は黒のTシャツに白のロングスカート、足元は厚底のサンダルに頭には麦わら帽子を被っていて、普段つけているかくかくした黒縁眼鏡ではなく、ピンクフレームの大き目な丸目の眼鏡をかけていた。
普段よりも大人っぽく、蠱惑的に映った彼女に俺は内心ドキドキしていた。
「もしかして変かしら?」
スカートをひらひらさせて、自分の服装をきょろきょろ見渡していた。変どころかむしろ神々しさすら感じている。
「ぜ、全然へんじゃない、です……よ?」
興奮を押し殺して感想を述べたが、むしろ陰の者特有の気持ち悪さが滲みでてしまった。
そんな俺の感想に微笑して「そう」とだけ返すと、近づいて俺の隣に並んだ。
「さて、どこにいく月山君? ラブホ?ハプニングバー?それとも金銭面のことを考えてハッテン場かしら?」
「できれば十八歳未満で行ける場所でお願いします!?」
「大丈夫よ。そういうのは突然、スズメの鳴き声がきこえる朝の描写やコーヒー飲んでいる描写に切り替えれば問題ないわ」
「それでもダメだから!というか、メタ発言やめよ!?」
仮に出来たとしても、色々とマズいからそれ。二人は幸せなキスをして終了エンドまっしぐらだから。
「正直、どこでもいいわよ。やっぱり今のデートらしくショッピングしてからカラオケでいい雰囲気になって最後にラブホってところかしらね」
「頼むから十八禁から離れて」
今の高校生、そんなにませてないだろとか思ったけど、でも実際そういうものなのだろうか?そう考えると変に意識してしまう。
「それじゃあ、月影先輩のいきたいところいきましょう」
「私の……いきたい場所」
「どこでもいいですよ。お金の心配しなくてもいいですから」
それなりに貯金しといてよかったとほっとした。
「そうね……」と顎に手を添えて考え始めた。しばらく考え込むと、視線を戻し眼鏡をクイっと上げた。
「それじゃあ、いきましょうか」
「はい。お供しますよ」
俺らは並んで一緒に駅の改札を抜けた。
△
まず俺たちが向かったのは、池袋のジ〇ン〇堂書店。俺たちの住んでいる近辺にある本屋とは比べ物にならない程、広く大きかった。
普段、本屋にいかない俺でも飽きない本のバリエーションに洒落たカフェかと錯覚する室内の綺麗さ。
少し場所が違うだけでここまで世界が違うのかと息を呑んだ。一方の月影先輩は直立不動で立ち読みをしていた。
一時間ほどたったところで飽きてウロチョロしている俺に気を使ったのか、何冊か本を抱えて会計を済ましていた。
「もういいんですか?」
「ちょっと目が疲れちゃったし、あなた暇そうにしてたからね」
「すみません。あまり本って読まないんで」
申し訳なくペコペコと頭を下げる。月影先輩はやれやれと呆れて微笑していた。
「次はどこにいきます?」
「そうね、実は前から行きたかった場所があるの。 付き合ってくれる?」
「はい。よろこんで」
俺たちは書店を後にした。
次にむかったのは、秋葉原のハ〇ト〇カフェ。ハニートーストで有名なこの店は、俺たち以外にもカップルや女性達が大勢いた。
店内に入ると甘い匂いが漂い、不意に空腹を知らせる音が俺の腹から響いた。
俺を一瞥すると、ちょうど日陰になる場所の席に座った。
「ここは一人で行きづらかったから助かったわ」
確かに客のほとんどがカップルや友達連れのお店は入りづらいだろう。俺も正直そういうことが多いから気持ちは分かる。
「先輩、甘い物好きなんですね」
「甘い物は万国共通で人を幸せにするのよ。異論は認めないわ」
「まあ、間違いではないのかな?」
俺たちは涼みながらメニュー表を眺めた。しばらく何にしようかと悩んだ末、俺はキャラメルソースがかかったものを月影先輩はチョコバナナのハニートーストを頼んだ。
コーヒーを啜りながら待っていると、ハニートーストが運ばれた。俺たちは無言で幸せそうな笑みを浮かべながらひたすらに堪能した。
堪能してしばらくして店をでた俺たちは目的地も決めずにふらふらと歩き始めた。
「今度はどこにいきます?」
「行きたかった場所は巡れたから特にないわ」
「それじゃあ、今度はゲーセン行きませんか?」
「なるほど ド定番だけどいいわね」
今度は近くのゲームセンターへと赴いた。ビルがゲームセンターになっており、一階と二階はクレーンゲームに三階は音ゲーコーナーになっていた。
二人で一通り見た後、月影先輩が二階の真ん中あたりに設置されていたクレーンゲームを見つめていた。
近づいてみてみると、三本爪のクレーンゲームでプライズがカピバラの結構大きめのぬいぐるみだった。
「欲しいんですか?」
「別に……取れないからいい。見てるだけで充分……」
と言いつつ、滅茶苦茶欲しいオーラを輝かせ、目をきらきらさせてその場に立ち尽くしていた。甘い物が好きといい、可愛い物が好きといいこう見ると普通の女性なんだなとしみじみと思う。そんな表情されたらもう取ってあげるしか選択肢がないよな。
ここは俺の出番みたいだな。よし!腕の見せ所だ。
「ちょっとどいてください」
その場に張り付いていた月影先輩をどけ、五百円を入れてアームを手早く操作する。
ちょうどぬいぐるみの真上にアームを合わせると、そのまま降下させる。アームはそのままぬいぐるみを鷲掴みにし、空中へと持ち上げそのまま降下口へと移動、そのままゴールイン……を期待していたけど、現実はそう上手くは出来ていなかった。
結局、脳内イメージの通りぬいぐるみをゲットできたのはチャレンジ五十回目、総額五千円を使った時だった。
「取れましたよ!やりましたよ!」
「え? 本当に……いいの?」
「だって先輩の為に取ったんですから」
「あ……ありがとう」
手渡したぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる月影先輩。
「でも流石に悪いから払うわ」
「いいですって、今日何も奢ってないしプレゼントってことにしといてください」
手渡してきた五千円札を押し返す。納得していない顔をしていたがぱっと一層目を輝かせてより力強くぬいぐるみを抱きしめていた。
そろそろいい時間だったのでゲームセンターを出て電車に乗り、帰路につこうとしていた。
相変わらず月影先輩はぬいぐるみを抱きしめて隣を歩いていた。今までにないくらい嬉しい顔をしていて、この表情を見ていると満足感と達成感に包まれた。
今日のデートは何だかんだで成功に近いようだった。そう思うと嬉しさで心が満たされていくが、今日の成功報酬はそれだけじゃなかった。
「ねえ月山くん」
「何ですか?」
「私達、作者がミスって同じような苗字になっちゃってごっちゃになるから私の事は下の名前で呼んでくれる?」
「だからメタ発言やめて!?」
まあ、確かに同じような苗字にしてしまって引くに引けないところまで持ってきてしまったのは事実だけど。
何かの伏線っぽい感じの深い意味とかそういうことはないのでここでお詫び申し上げます。
「というのは冗談だから、下の名前でよばれてもいいかなーって思って」
頬の紅潮を隠すように顔半分をぬいぐるみに埋めてこちらの顔を覗いていた。
「そ、それじゃあ……は、はにゅ先輩」
「だれそれ?」
女の人を下の名前で呼び慣れていないせいか肝心なところで噛んでしまった。
いい雰囲気だったのに一気に冷めた気がする。なんか今日寒くない?
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