第7話

 時は夕飯から数時間後、皿洗いを済ませ風呂に入ろうとも考えていたが、美女の入った残り湯に入る勇気はなくシャワーだけで済まし、居間に出ると案の定というか月影先輩と希は微妙な距離を置いてテレビを見ていた。

 その様子をコーラを片手に眺めていることしかできなかった。

 その重々しい空間がしばらく続くと、いつの間にか時計は深夜十二時を回っていた。

 三人共、眠気が周りウトウトし始めたところで俺は寝床の準備を始めた。

 月影先輩は俺のベッドに、希はほぼ使われていない親の寝室に、俺は首と背中が痛くなりそうなソファーの上で寝る事になった。

 窮屈なソファーではあったが、疲労(色々な意味)と柔らかめの材質のおかげで心地よく意識は遠のいていった。

 明日は朝ごはん早く作らないとな……。


 【深夜のイベントその一 希ver】

 「んっ……」

 薄っすら目を開けるとまだ部屋は暗かった。

 スマホを見ると十二時三十分、寝てまだ数十分と言ったところ。

 「あ、ごめん。起こしちゃった」

 枕元にいたのは、スマホをいじっていた希だった。

 「寝れないのか?」

 「うん。いざ寝ようと思ったら目がバッチリ覚めちゃって」

 「そりゃ、ブルーライト浴びてたら余計覚めるだろ」というツッコミが思い浮かんだが、頭がぼうっとしていて口に出せなかった。

 「ねえ、ひーくん」

 俺の方に向きなおした希は不安そうな顔を覗かせていた。

 「月影先輩とは、本当に付き合ってるの?」 

 「いや、本当に友達だよ。ただ、あそこまで図々しい性格してるのは想定外すぎたけどな」

 上体を起こし頭を掻いた。その様子をみた希は少しほっとしたような表情を見せた。

 「ほんとだよ!我が物顔で家に馴染んでるし、カレー一番多く食べてるしで彼女通り越して嫁みたいな雰囲気だしてるしありえないわよ」

 「確かにな」

 いつの間にかお互い隣で体を密着させながら、俺は希の私怨が混じりまくっている愚痴を聞いていた。

 希の体温、それにシャンプーのいい匂いが漂う。同じシャンプーを使っているはずなのに、どうしてこんな気持ちの昂るような匂いがするのだろうか?

 そんな心地が良い時間を満喫しながら、俺たちはしばらく談笑を楽しんだ。

 「そろそろ眠くなってきちゃった」

 「だな」

 「ひーくん……おやすみ」

 「ちょ、お前」

 俺に力なく寄り掛かると同時に瞼を閉じ寝息を立てていた。よほど眠かったのだろうか?の〇太顔負けのスピード、俺でなければ見逃しちゃうね。

 俺は希を起こさないように横にすると自分がかけていたタオルケットをかけ、再び俺も眠りにつこうと横になった。

 「おやすみ」

 「んぅ……あの女……絶対〇す」

 「本当に寝てます希様!?」


 【深夜?のイベントその二 月影先輩ver】

 「んっ……」

 本日二回目の目覚め、時間は午前四時三十分。外はうっすらと明るくなり始めていた。

 「あら、ごめんなさい。起こしてしまったわね」

 「起こしにいっといてそのいい草は何なんですか?」

 こちらも本日二回目。ただし、希と違って相手の故意による目覚めだった。

 俺の左頬をツンツンと執拗に責めていた。かつて、ネットで炎上したおでんツンツン男を彷彿とさせていた。

 「一体、どうしたんですか?」

 尋ねると今度は頬を優しく撫で始めた。くすぐったいけど、気持ちが良い。

 「少し散歩しない?」

 「流石にダルイですよそれ」

 「いいじゃない。どうぜ学校休みなんだし、一緒に夜明けのコーヒーを飲みながら一夜を共にした余韻に浸りましょうよ」

 「色々と誤解を生みそうなワード選びやめてくれません?」

 だるそうな雰囲気を出してると、少し不機嫌そうな表情をし始め、俺の頭をわしゃわしゃとし始めた。

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………分かりました行きますよ。どこでもお供しますよ」

渋々承諾せざる終えない俺はパーカーを羽織って外へと飛び出した。


 夏といえど、早朝はまだ肌寒さがある六月中旬。俺たちは無言で歩いていた。

 美女とのお散歩デートではあるが、思っていたのとはまるっきり違うわけで、正直暇を持て余していた。

 かれこれ三~四十分歩いたのだろうか?全身が汗ばんできたところで、隣で歩いていた月影先輩が俺を一瞥し、近場の公園にあるベンチへと腰かけた。

 「流石に疲れたわ。こんなにカロリーの無駄遣いしたの久々よ」

 「俺も疲れましたよ。近くに自販機あるんで何か買ってきましょうか?」

 「甘めのカフェオレをお願い」

 「分かりました」

 自販機でカフェオレ二つを買い渡すと隣へ腰を掛けた。

 喉が渇いていたのか、手渡すとすぐに喉に流し込んだ。俺も一気に半分ほど流し込んだ。

 「甘ったるいわね。これ」

 「予想以上にあまいですね。」

 一瞬だけコーヒーの風味が感じられた後、砂糖とミルクの甘さが喉に絡みついてきた。ただ、お互い喉が渇いているせいか、甘ったるいカフェオレを瞬く間に飲み干してしまった。

 そよ風が火照った体に当たって心地が良かった。しばらくベンチに座っていると、月影先輩が俺に寄ってきた。

 「…………!!」

 少しの間、俺を見つめると肩に頭を乗せてきた。

 突然の出来事に体をビクッと反応してしまった。希とは違い花のようないい匂いがほんのりと漂う。

 同じシャンプーにボディソープを使ってるはずなんだけど、なんでこうもちがうのだろうか?本当に不思議でしょうがない。

 本日二回目のドキマギを感じつつ、さらに肩にかかる重みが増した。

 「今日はありがとう」

 透き通る声が鼓膜を震わせた。

 「私、友達の家に泊まるって経験初めてだから、結構楽しかったわ」

 「あ、ありがとうございます」

 「は、初めてだったんだから、責任……取ってもらうわよ?」

 「初めては泊ることで責任は友達としてってことだよな!?」

 色々と言葉が足りないですよ……先輩。

 

一瞬にして氷の女王キャラが崩壊した先輩は、変人で素直じゃなくて、めんどくさくって、それでいて笑うと滅茶苦茶綺麗な人だった。

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