第6話

 「どうぞ、上がってください」

 「お邪魔するわ」

 俺の必死の抵抗虚しく家へと迎えいれてしまった訳だけど、、、

 「あの、一ついいですか?」

 「何?」

 「その荷物は何なんですか?」

 さっきと違い肩に背負っているのは、スクールバックではなく登山用と思われるリュックな訳で、さっきから嫌な予感することこの上ない。

 「何って、それはもちろん一夜の過ち十点セットに決まってるじゃない。 あなたはこれから体験したことない快感の渦に飲まれながら、最後にコーヒーを飲んで

嬉しさと後悔をかみしめる事になるのだから」

 「何も起こらないから!最初の氷の女王キャラどこ行った!?」

 そんなキャラ崩壊に翻弄される訳だが、リュックの中身を聞いた時、珍しく嫌な予感が的中してしまった。

 「着替えと歯ブラシにコ〇〇ームよし。申し訳ないけど、シャンプーとかは借りるわ」

 最後のは聞かなかったことにして、これは間違いない。この人、泊る気満々だ。

 確かに最初に図々しくしたのは俺ではあるけど、まさかこの人がここまでの大胆で勝手に家に上がり込むとか、普通の(年齢=未経験)男性が考えもしないわけで毛穴という毛穴から冷や汗が滲み出ていた。

 こういう時ってどうすればいいのだろうか?とりあえずお風呂掃除やってこようか?

 「今日は歩き回ったからお腹が空いたわ」

 「何か頼みますか?ピザにします?」

 「そこまで気を使わなくてもいいわ。そうね……お寿司を所望しましょうか」

 「全然、遠慮していないんですが!むしろご馳走させる気満々なんですが!」

 「ちなみにサーモンとウニは食べれないから、ないやつお願いね」

 「しかも、ちゃんと図々しいし」

 月影先輩の淡々としたボケで俺の緊張が少しほぐれたところで、眼鏡をクイっと上げた。

 「というのは冗談で、カップ麺でもコンビニ弁当でも構わないわよ」

 「それはそれで申し訳ないんで出前とりますね」

 「そう?悪いわね」

 出前を取ろうとスマホを取り出す。番号を入力し終えコールボタンを押そうとした手前、玄関を勢いよく開ける音が響く。

 「ひーくん!カレー作ってきたよ!」

 扉を蹴破ってきたのは、鍋を両手で抱えた希だった。

 「あっ」

 「え?」

 やべ。こいつの存在忘れてたわ。


                 △


 「…………」

 「…………」

 「…………」

 冷蔵庫の駆動音が聞こえる程の静寂の中、俺たちは三人で食卓を囲んでいた。

 すごく重々しい上に希からは敵意の視線を月影先輩からは侮蔑の眼差しを受けている訳で、カレーの味なんてまともに感じなかった。

 もちろん、あの後どうなったかは容易に想像できた。希の痴漢にあったが如くの悲鳴から始まり、俺がこの状況を弁明する姿を高みの見物を決め込んでる月影先輩はやけに煽って炎上するわで、消化して鎮静化するまでに大分時間がかかった。

 やべぇ、今すぐに逃げ出したくてしょうがない。

 自然とスプーンを口に運ぶスピードが速くなっていく。このまま食べ終えて個室に避難しようかと考えたが、、、

 「ひーくん、まだ食べるよね?」

 「なっ!?」

 その考えが見透かされたのか、それともただの気遣いなのか、皿を取り上げると瞬く間に大盛りのカレーライスを盛り付け差し出した。

 絶対、後者は違う気がするけど。だって、笑顔が怖いもの。

 そんなこんなで地獄の第二ラウンドが始まった。また、しばらく重々しい沈黙が続いていると、隣に座っていた希が肩をトントンと小突いてきた。

 「ねえ、ひーくん。これは一体どういう状況なの?」

 「それ、こうなる前に聞いて欲しかったんだけど」

 「しょうがないじゃないっ!二人がこんな関係だったなんて思わなかったし、叡智な行為しようとしてたし!」

 「ご、誤解だ! こうなったのも色々と訳があってだな……」

 「そうよ幼馴染さん。仲が良い友達の家に泊まる……それのどこがいけないの?」

 いつの間にか大盛りのカレーを平らげて一息ついた月影先輩は口を拭きながら、希を見据えていた。

 「むっ!ありありですよ!男女が二人きりで何も起こらないはずないじゃないですか!」

 「その理論で言ったら、幼馴染さんと月山くんが一緒にいるのもまずいということになるわね。なら今、私が出ていくのは得策じゃないわけね」

 「ひーくんは家族みたいなものだからいいんです!仮に間違いが起きても私としては……万々歳というか……」

 「家族みたいなものといっても、所詮は血の繋がらない異性。小さい頃にお風呂場で男女の違いを確かめ合った異性同士、今の違いも確かめ合う展開だってありえなくはないわ」

 「あんたは一体何言ってんだ!?」

 ちなみに希とは一緒に風呂なんてはいったことないから!

 赤面しながらワナワナと震えてる希はチラチラと俺の下半身を見ている気がするのは、気のせいだと思いたい。いや、絶対気のせい!

 「と、とにかく!二人きりはダメです!今日は私も泊まるからね陽彩君」

 「ちょっと待て何故そうなる!?」

 顔を紅潮させた希は「着替え持ってくる!」と言い残して、颯爽と家から飛び出していった。

 その様子を見ていた月影先輩は楽しんでいるようにも見えていたが、俺はこの絶望的な状況を頭を抱えて悩むことしかできなかった。


 とりあえず風呂掃除しとこ……。

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