第5話

 「何しにきたのあなた?」

 「遊びにきました先輩」

 時は放課後、真夏の暑さが夕方になっても引かないせいで一日中汗ばむオイリーな俺がいる場所は、昨日いた図書室。まあ、目的は言うまでもなく目の前でとんでもない速度で黙読している月影先輩なんだが、本人は迷惑極まりないという態度を隠そうともせず、淡々としていた。

 「だって、好きになさいって言ったじゃないですか」

 「馴れ馴れしくしろとは言った覚えはないわ」

 本を閉じると棘のある言葉を突き刺し、俺を睨みつけた。氷の女王といわれるだけあって、その場を凍り付かせる威圧感があったが、俺は構わず持っていたレジ袋を月影先輩に差し出す。

 「どら焼きとポッ〇ーありますけど、飲み物はコーラと緑茶ですけど何にします?」

 「…………」

 顎に手を添えしばらく考えこむと視線を俺に戻す。

 「つぶあん?それともこしあん?」

 「えっ?多分、こしあんだと思います」

 「…………頂くわ」

 屈したような悔しさをにじませた顔をした後、レジ袋の中からどら焼きを取り出した。

 ひとまずほっとした俺は椅子を手繰り寄せると腰を掛けた。冷房効いているはずだが、緊張のせいでそこまで外と気温が変わらない気がした。

 視線を月影先輩に戻すと片手でどら焼きを食べながら読書に没頭していた。

 邪魔するのも忍びないので、絵になる姿の月影先輩をみながら空気と化していた。

 「…………」

 「…………」

 風の音が聞こえる程の沈黙。俺はポッ〇ーを食べながらスマホをいじり、もう片方は読書を中断してコーラを飲んでいた。

 「…………ねえ」

 「どうしました?」

 「いつまでそこにいるの?」

 沈黙を破ったのは、月影先輩からだった。視線を戻すとさっきのような敵意剥き出しの視線はなく、呆れ返ったような顔で見つめていた。

 「もちろん。月影先輩が帰るまで」

 少しキザっぽい仕草をしながら言ってみたら、滅茶苦茶嫌そうな顔をされたのは気のせいだと思いたい。やはり、俺はボケに回ると空回りする傾向にあるみたいだ。気まずくなって頭を無造作に掻いた。

 「そう。でも私、安い女じゃないから。土下座して頼み込めばヤらせてくれそうとか思っているなら今すぐ帰ることね」

 「思ってませんから。先輩過去に何かありました?」

 「いいえ、眼鏡で陰キャで黒髪ロングなんて負けヒロインだとか主人公の愛人(笑)だとか年が一つ違うだけで年増の女扱い受けたりだとか散々な目にしか合わないとか思ってそうだから」

 「全然、思ってないから!登場してすぐにキャラ崩壊するのやめてよ!?」

 一体何があったんだよ。普段から何見てそんな知識蓄えてんだよ。

 「ちなみにあなたが思っているような本は見てないから」

 「そうですか。安心しました」

 当たり前のように心の声が聞こえている件についてはスルーするとして、月影先輩は内心楽しそうに(?)眼鏡をクイっと上げた。

 「ちなみに見ていたには官能小説でも、ラノベの皮を被った十八禁漫画でもないわ ……〇ラ〇ルよ」

 「思春期入りたての小学生か!」

 ブックカバーをめくると本当にト〇ブ〇だった。


                 △


 「先輩……」

 「…………」

 「あの、先輩」

 「…………」

 「いつまでついてくるんですか?」

 警備員に注意を受け、追い出される形で学校を後にしていつもの帰宅ルートを歩いている訳だが、何故か二歩下がった状態で本を読みながら月影先輩がついてきてた。

 最初は今日は帰り道が一緒だからとか言っていたが、わざと遠回りして帰ろうとすると距離は一定のままついてくるし、明らかに俺についてきてるとしか思えなかった。それで思い切って後ろの月影先輩に話しかけいるところだが、本人は首を傾げて?マークを浮かべていた。

 「何を言っているのよ?今日は帰り道が一緒と言ったはずよ」

 「いや、明らかについてきてますよね?堂々とストーカー行為してますよね?」

 少し強く問い詰めると、今度は呆れた顔で俺を見つめると眼鏡をクイっと上げた。

 「そうよ。だから今日は帰り道が一緒だと言ったのよ」

 「えっ?」

 何を言っているのか分からなかったが、補足するように言葉をつづける。

 「今日はあなたの家にお邪魔するわ月山くん」

 「えっ?はぁ!?」

 衝撃発言に困惑する俺を淡々と眺めながら、言葉をさらに続ける。

 「あなたが馴れ馴れしくするから私もするだけよ。 何か不満でも?」

 ちょっと勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。俺はというと考えを改め直すように説得を試みたが、口頭勝負では勝ちを収めるのは至難の業な訳で俺は家に案内することになった。

 出会って二日で家に上がるとか急展開すぎやしませんかね……?

 

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