第3話

 窓から夕陽が差し込む、二階の教室。日暮れにも関わらず真夏の暑さが全身を包む。ただ、座ってるだけなのに汗が全身から滲み出てくる。俺は額の汗を拭いながら、窓から流れるそよ風の涼しさを感じている。

 ここは放課後の教室、いるのは俺ただ一人。もちろん、黄昏ている訳でも、好きな女の子の机でいかがわしい行為をしている訳でもない。

 ただ、何となくそこにいる。何もすることなく、この場の空気と化してる。理由は特にない。強いて言うとすれば、家に帰っても何もすることはないし、ただ何となく無気力にそこにいた。……といっても、流石に長時間そこにいたら、変な目で見られるから帰ることにしよう。

 俺はゆっくりと教室へと出ていき、廊下をクラゲのようにプカプカと浮くように歩いていた。今日は何を食べようか?そんなことを考えながら歩いていると、ふと視界に何かが写った。図書館の扉の先、ひとりぽつんと座り本を読む女性。それだけなら、恐らく俺はスルーをしていたかもしれない。

 だが、そこにいたのは、そよ風に長い黒髪を揺らし綺麗な姿勢で真剣な顔をして本を読む女性。俺の記憶違いでなければ今日、食堂で皆の注目を集めた月影先輩だった。

 俺は扉の前で止まり彼女を見ていた。その第一印象は美しい、美術館で絵画を見ているようなそんな錯覚に囚われるほど絵になる光景だった。美女がぽつんと図書室で本を読んでいる光景、よくありそうなシチュエーションだが彼女の美形に夕陽で綺麗に彩られた一室、そよ風が彼女の綺麗な黒髪ロングを軽く揺らすことでそれがよりアクセントになっていて、その場の光景が神々しく映った。

 「のぞき見なんて感心しないわね」

 しばらく見惚れていると、透き通った声で彼女が口を開いた。ここはすみませんの一言をいうべきなんだけど、咄嗟に話しかけられた俺は反射的に隠れてしまった。

 「うっ……いつからきづいてたんだ?」

 「最初からよ」

 物陰からコソコソ話してたつもりなんだけど、彼女には聞こえていたようで即答で答えが返ってきた。地獄耳過ぎないか?

 「昔から耳はいい方なのよ」

 「すみません。心の声だったんですけど、声にでてました?」

 「この場面であなたの言いたい事くらい予想できるわ」

 「こりゃ、参りました」

 頭を搔き物陰から出て近づくと、彼女は視線を本から俺へと向けていた。

 「あなたは?」

 まるで盗撮魔を見るような目でこちらを睨みつけてるような感じがするが、ここは気にしない方がいいかもしれない。

 「二年生の月山陽彩です。そこそこ顔はいいと思ってます。どうでしょうか?」

 ぎこちない笑顔で自己紹介をするが、目の前の月影先輩は表情一つ変えずに俺を見つめる。そこから数十秒、地獄のように長かったような沈黙が続くと彼女は視線を落とし、少し呆れた表情を浮かべ始める。

 「確かにそこそこ美形かもしれないけど、ごめんなさい。私は内面を重視するからあなたは今のところ、眼中にすらないわ」

 「すみません。マジレスされると反応にも困るし、俺もダメージがくるんでやめてもらってもいいですか?」

 眼鏡をクイっと上げると、口元を手で覆い少し笑みを浮かべた。この感じだと意外と印象悪くない……かも?というか、何だろうか?初めて絡んだ気がしないのは、何故だろうか?謎のデジャヴのような錯覚に囚われる。

 「どうしたの?」

 俺の戸惑いを感じ取ったのか、少し心配そうに顔を覗かせていた。近づいてきた顔は想像以上に小顔で綺麗で花のいい匂いが鼻腔をくすぐる。俺は視線を逸らし思わずのけ反って「大丈夫です」と小声で返した。

 「そう……ならいいんだけど」

 月影先輩は立ち上がり、カバンに本をしまってその場から立ち去ろうとしていた。

 「あ、あの!すみません」

 「何かしら?」

 「俺たちって一回どこかで会った事ありましたっけ?」

 しばらくの沈黙。月影先輩は顎に手を添えて考え込み、視線をまた俺に戻すと横に首を振った。

 「それはおそらくないわね。あなたみたいな変人一回あったら、忘れないと思うの」

 「それ、月影先輩がいいます?」

 「確かにそうかもね」

 「あの!また、話しかけてもいいですか?」

 「好きになさい」

 踵を返す月影先輩を三度呼び止めると、振り返らずに答えて足早にその場を立ち去った。

 『好きになさい』彼女の言葉が反芻する。俺は嬉しくなって小さくガッツポーズをした。

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