第2話

 「ひーくん!ひーくん!」

 時は昼休憩、馴染みのあるあだ名と声で、話しかけてくる奴は俺の在籍しているクラスというかこの学校で一人。振り向くと、希が廊下をダッシュで俺に向かってくる。もうすでに、嫌な予感がする。

 力強く右肩を掴まれると、にっこりと笑顔を綻ばせる。左手には大き目の弁当箱を持っていて目の前で掲げる。

 「お弁当作ったから、一緒に食べよ?」

 「断るって選択肢はあるか?」

 「あるわけないでしょ?」

 一層、にっこりと笑顔を見せつける。いつもみている表情ではあるが、今日のこの場に限っては滅茶苦茶怖く感じる。俺が恐怖を感じてるのは、希自身ではなくその左手に持っている兵器……じゃなくて、弁当箱なんだけどな。

 視線を察したのか希は不機嫌そうに頬を膨らませていく。

 「きょ、今日は大丈夫だよっ!ママが作ったお弁当だもん!」

 「そうか……安心した」

 ほっと胸を撫でおろす。希が作った料理は控えめに言っても、食べれてた物じゃない。弁当箱から謎の黒い物体が出てきたときは、本当に驚いたけど。

 「ぐぬぬ……絶対に見返してやる」

 恨めしそうに睨みつける希をなだめながら、俺たちはそそくさと食堂へと向かった。一連の会話を廊下のど真ん中で繰り広げていたせいで、多数の(主に男子)生徒に敵意剥き出しの視線を浴びる事になってしまった。

 コイツ普通に俺に接してるけど、スクールカースト上位組でモデル並みに可愛いとかハイスペックお化けでなんだけど、本人にはその自覚がないせいで俺は常に敵意にさらされてる訳で俺は心地がいいような悪いような生活を続けている。

 それに毎日みる夢といい、実は俺ってラノベの主人公なんじゃないかと錯覚するような特殊な高校生活を送っている。

 そんなわけで、食堂へと舞台を移すわけだが、ここでも俺たちに向けられる視線は痛い。隣の希はそんな俺の気持ちも知らず能天気にニコニコしながら、弁当箱を開けている。

 「はい。今日はひーくんの大好きなひじきのおにぎりと卵焼き、はいどうぞ」

 「ああ、ありがと」

 手渡れたおにぎりを早速、頬張る。上手い。マズイわけがない。俺は無言で頬張り続ける。希がハムスターをみるような目でこちらを見つめていたのは、いささか気にはなるけど、気にせず食べる事に集中した。

 「そんなに早食いしたら、喉詰まらせるよ?」

 「それくらいうまいんだよ。これ」

 「ほんと、好物を目の前にすると、ハムスターみたいになるよね」

 「悪かったな。可愛すぎて萌え死にしそうだろ?」

 そんな俺の慣れないボケを微笑みながら、スルーする希。スベった心情を察してくれたのか冷えた麦茶をこちらに差し出してきた。お前のボケこの麦茶くらい冷たいおもんないボケだったぞとか言われている気がした。多分、俺の自意識過剰だと思うけど。

 というか、そんな気遣いができるなら、ツッコミしてくれよ……とか、思ったりしてる矢先、俺は周囲の変化に気づく。

 ざわざわ……ひそひそ……そんな効果音が文字で見えるような、周囲のざわつきが周りで起こっている。もちろん、希は能天気にお弁当を食べている。

 ざわつきの原因は、周りを見渡すとすぐに分かった。

 あの出で立ちに風格、黒髪ロングをなびかせながら通り過ぎる姿は百合の花。しかし、その事態は睨みつけた者は凍りつかせ、口を開けば誰もがメンタルをへし折られる冷酷な冷たさと遅効性の毒を兼ね備えた氷の女王。朝日ヶ丘高校三年、月影華雪つきかげはゆ

 どこからか定着した彼女の自己紹介。皆知ってるからか彼女の進む前方には自然と道ができる。絶対気のせいだけど、周りの気温が下がってる気もする。

|ちゃっかり高校の名前出してるが、詳しい紹介文は後程……するかも?

 食券を渡しうどんを受け取ると、端の席で黙々と食べ始めた。

 「綺麗だよね。月影さん」

 「ああ……確かにな」

 「もしかしてあんな感じがタイプなの?」

 「もしかしたらそうかもな」

 上品にうどんを食べる姿を見ながら、二つ返事で答える。髪を耳に掛けながら、うどんを冷ます姿はすごく絵になるな。歩けば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とは、このことだろうか。うどん食べてる場面でいうことじゃないけど。

 しばしの間、眺めていると希は不機嫌そうに足で脛を小突き始めた。

 「ん? 何だよ?」

 「こんな尽くしてくれる可愛い幼馴染をほっといて、他の女に見惚れてる状況を面白くないと思うのは普通だとおもうけど?」

 「あーうん。ありがとーアイシテルヨー……いっ!?」

 机の衝撃音共に脛に衝撃が走る。流石の俺も顔を歪めて希に視線を戻すと、鬼の顔になりかけてる希の姿があった。

 身の毛がよだつヤバさを感じたので、希をなだめることを優先し、落ち着いた頃にもう一度視線を戻すと、そこには月影先輩の姿はどこにもいなかった。

 何故だか俺は先輩を見れないことに落胆していることに気づいた。それと、頭に焼き付いたように、彼女の姿が印象に残った。何故だろうか?このもやもやとした違和感、何とも言えない気持ちが悪さが俺を襲った。

 

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