21話 ご主人様方のご帰宅ですわ

 今日も今日とて閑古鳥の鳴くメイドカフェめろでぃたいむ。どことなくメイド達もどうせお客がこないのだし……とだれて来たのが分かる。

 リリアンナはチラシの束をミッキとフィーに渡すと、店の表で配るようにと命じた。


「まずいですわ……」


 このままではいくら優しい夫、ハルトとはいえ事業の継続は難しいと言ってくるだろう。リリアンナにとって、夢の実現は一回こっきりのチャレンジだったのだ。


「わわわ、妖精さん!」

「どうしたのミッキ、フィー」

「ご主人様方がご帰宅されました」

「ました!」


 リリアンナは思わず立ち上がった。休憩所の入り口から覗くと確かにお客が来ている。


「ヴィヴィー? は居ないわね」


 リリアンナがその客の様子をつぶさに観察してみると、皆貴族といったなりではない。


「ええい、これではよくわかりませんわ」


 リリアンナはメイド服に着替えると、店に出た。


「お帰りなさいませ、私はリリーと申します」

「ああ? あんたもしかして……ハルトの?」

「あら……」


 近くに寄って良く見れば会った事のある顔であった。勇者パーティの一員、剣士のアレクサンダーと治癒師のミケ―レである。


「ようせ……リリーさん、すごいんですよ、この方魔王に一太刀いれたんですって」

「とどめを差したのはハルトだけどな」


 ハハハ、と軽く笑ってアレクサンダーは頭を掻いた。


「道中、こうやって大騒ぎしながら来たのよ」

「えっ? どうしてですの?」

「ハルトに客寄せを頼まれたのよ」


 ミケ―レは窓の外を指し示した。するとそこには若い男女がひしめいている。


「すごいぞ、勇者パーティの剣士だと」

「ああ、逞しいわ」

「ねぇ、これ……お店に入ってもいいのかしら?」

「どうぞ、ご帰宅くださいまし」

「あっ」


 ドアをあけてリリアンナが微笑むと、おずおずと数人が中に入った。


「あ、あのーご注文を……」

「あっ、はいではあの剣士様と同じものを……」

「はい、かしこまりました」


 アレクサンダーが頼んだのはオムライスだ。クリスティーナがケチャップを片手に提供する。


「このソースでお絵かきするんだけど、あんた何がいい?」

「おう、そうだな……ドラゴンでも描いてもらおうか」

「ドラゴン……」


 クリスティーナはなんとかドラゴンっぽいものを描き上げた。


「ではおまじないをしますね」

「え、あ、うん」

「おいしくなーれ、もえもえきゅん!」

「……きゅん」


 これにはアレクサンダーも照れくささを隠せない。その様子をみていた街の娘達は、かわいい! と身もだえした。


「剣士の横にいるのはもしかして女賢者ウルスラか?」

「いや、俺は新聞で絵姿を見た。あれは治癒師のミケ―レだ」

「はーっ。俺達も癒やされたいもんだぜ」


 そんな会話をしている客達にイルマが話しかけた。


「ご主人様、ここでご主人様方を癒やすのは私達の役目ですよ」


 ぷう、と頬を膨らませたイルマに男性客はおろおろしながら答えた。


「そっか、でも癒やすって……なんだろ」

「うーん、何でしょう?」

「イルマもわかんないのか、ははは」


 なんだかいい雰囲気になってきた。リリアンナはそっと休憩室に戻り、元の服に着替えた。


「おいおいヴィヴィー、君の言う珍しいグルメってここなのかい?」

「ええ、そうよ。きっとびっくりするわ。マキシム達に自慢してやりましょうよ」

「まぁ、ヴィヴィーのお誘いとあらば僕は海の底にでも行くけどね」


 そこにやってきたのはヴィヴィーとそのとりまきの男達である。


「なんだ平民もいるのか」


 ヴィヴィーの取り巻きはあからさまに馬鹿にしたような声を出した。


「やあ、誰かと思えばアインズ子爵」

「ああ……もしや、剣士のアレクサンダー様! そして治癒師のミケ―レ様」

「どうも」

「ここの料理は絶品ですぞ」

「そうですか、ははは……」


 セシルはリリアンナの命を受けて、貴族達をソファー席に案内した。


「メニューはこちらです」

「とりあえずお勧めを持って来てくれ」

「あ……はい」


 リリアンナは今度は厨房に頼んでオムライスとカレーライス、それからハンバーグを作らせた。


「お待たせしました」

「お絵かきしますね」


 貴族達の前にウサギさんの描かれたオムライスが並んだ。


「この赤いソースはなんだ?」

「ケチャップっていうのよ。リリアンナがハイエルフの里から譲り受けた果実を煮詰めたソースですって」

「それは……ヴィヴィーはよく知っているね」

「それほどでも」


 とりまきの男はおそるおそるオムライスを口にした。その目が大きく見開かれる。ほろほろとケチャップを纏ったライスにごろごろと鶏肉が入って食べ応えもあり、酸味のある味を卵が優しく包んでいく。


「……うまい」

「でしょう? こんなの王都では食べられないでしょ」

「ああ。マキシム達は残念だったな」


 他の取り巻きはカレーを食べた。それが勇者ハルトの好物だと知って、さらに驚いていた。


「この複雑なスパイスとブイヨンのコク……勇者様はこのようなものを食べていたのか」

「だからって食べたら勇者になるわけではないわよ」

「分かってるさヴィヴィー、でも君の勇者にならなれるかもしれない」

「まぁ……ほほほ」


 ヴィヴィーが連れてきた貴族の客もなんとかもてなすことが出来たようだ。


「みなさん、これからが正念場ですよ」

「はい!」


 さあ、様々な身分、立場の初見のお客を前にいよいよ……定時ライブが始まろうとしていた。

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