20話 閑古鳥なくのですわ
「どこに行ってしまったのでしょう……人類は……」
「妖精さん、おりますよ、ほら窓の外に……」
。
リリアンナの呟きにイルマがあたりまえの事を答えた。だが現実を認めたくないリリアンナの耳にそれは入ってこないみたいだ。
「はーあ……まったく人が入ってこないなんて……」
二三人、興味本位かお客は来たのだが、飲み物だけ頼んで去ってしまった。まずは料理で地元民のハートをキャッチするというリリアンナの作戦は初っぱなから頓挫していた。
「お客様がこれほどいらっしゃらないなんて……」
リリアンナがため息を吐くと、ドアベルがなった。その音にメイド達は一斉に配置に着く。
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
「はーい。ごきげんよう」
入って来たのは豪奢なウェーブのかかった金髪の美女。その身なりからなかなかの身分である事がうかがえる。
「お久しぶりね、リリアンナ」
「ヴィヴィー!」
リリアンナは入って来た女性に抱きついた。
「妖精さん、その方は……」
「ああ、私のお友達。男爵令嬢のヴィヴィアンよ」
「これがあなたの夢の城なのね」
「ええ。さぁ、こちらに座って」
リリアンナはヴィヴィーをカウンターへと誘った。
「今から私も休憩にはいってご帰宅した事にしてちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様」
イルマがメニューを持ってきて、システムを説明する。ヴィヴィーは食事もまだだということでハンバーグを注文した。
「オムライスがおすすめだって言ったのに!」
「だってお肉が食べたいんだもの」
ヴィヴィーという娘は随分マイペースなようである。
「よう……リリアンナお嬢様とは仲良しなのですか?」
イルマがにこにことヴィヴィーに語りかけると、ヴィヴィーはため息をついた。
「リリアンナに友人がいるとしたら、それは私の事でしょうね。この子ったらいっつも夢みたいなことばかり言ってるし、おまけにあの王子に喧嘩を売るし……」
「ヴィヴィー……」
「でも、良かったわね。その勇者様とやらは理解があって。こんな事業を女にやらせるなんて世間体を考えたら反対するわよ」
「そう、それは本当に感謝しておりますわ」
リリアンナは胸元に手をやると、ハルトに感謝をした。
「それにしても……お客がいなくない?」
「それは……」
ヴィヴィーの指摘にリリアンナは現状を伝えた。お客が入らない事、来てもすぐに帰ってしまう為、この店独自の特色を出せない事……。
「それはあなた、変に意地を張らないで私達貴族のお客を呼ぶべきよ」
「そうかしら?」
「貴族ってのはいつでも退屈しているのだもの。招待状を送ったら一応来るわよ。それに庶民っていうのは……貴族の真似っこをしたがるものでしょ」
ヴィヴィーはリリアンナの手をとった。そして真剣な顔でリリアンナに語りかけた。
「いい? 後日私の信望者を何人か連れて来ますからね、しっかりするのよ」
「ありがとうヴィヴィー、やっぱりあなたは私のお友達ですのね」
「あのー」
そこにイルマが申し訳無さそうに声をかけた。
「ハンバーグをお持ちしました」
「あら、美味しそう。この赤いソースはなあに?」
「それはトマトという野菜を使ったケチャップっていうのよ」
「あら、酸味と甘みがお肉に会うこと!」
「良かったわ。ハイエルフの里に行って譲ってもらいましたの」
リリアンナがそう言うと、ヴィヴィーは思わずナイフを落とした。
「ハイ……エルフって……あんた馬鹿じゃないの?」
「でもハンバーグにはケチャップ! なのですわ」
「でも美味しいわ。そうね、ここにこないとこれは食べられないのよね……」
ヴィヴィーはハンバーグとアイスをあっという間に平らげた。
「それから似顔絵サービスだっけ」
「じゃあ……あの子がいいわ、イルマだっけ」
「そう、じゃあマルコ!」
「はい!」
素早く現れたマルコは仲よさげに寄り添うイルマとヴィヴィー姿を素早く描いた。
「ほほほ、いい出来じゃない。あ、もうちょっと私の腰はくびれさせて」
「はっ」
こうして出来上がった似顔絵をヴィヴィーはポシェットにしまってにやっと笑った。
「これで王都の殿方をひっぱってくるわ」
「ありがとう、ヴィヴィー! これから定期ライブなの! 見て行って!」
***
一方領事館では、ウルスラが難しい顔をして売り上げ日報を眺めていた。
「ぜーんぜん駄目ね」
「お客が入らないか……」
「従業員のお手当も回収できないくらいだわ、これじゃ」
「そうか……」
ハルトはそれを聞くと立ち上がって自室へと向かった。
「ご主人様、お手紙とは珍しい」
「うん、結婚式をして以来かな。かつての仲間に手紙を出すよ」
「あの店にお連れするつもりで?」
「ああ、救国の英雄達が大集結だ。盛り上がりそうだろ?」
そう言いながらハルトは便せんに筆を走らせた。
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