10話 『萌え』は世界線を越えるのですわ
ハルト達は王宮でも舞踏会が終わった翌日、そうそうに王都から戻って来た。
「ハルト、何をぼーっとしてるの」
「王都があげな怖か場所やとは思わんかったちゃ……、もう二度と行きたくないがいね……」
「ハルト!」
ウルスラはぼやっとしているハルトの頭をひっぱたいた。
「あだっ!」
「王都から絵師の見習いたちが来てるわよ」
「ああ、早速か」
ハルトが居間に向かうとそこには三人の青年が待ち受けていた。
「初めまして、勇者様。私はミゲルといいます」
「ミルコです」
「マルコです」
「あー、よろしく」
なんだか三つ子みたいな三人だなぁ、と思いながらハルトは三人に仕事の説明をする事にした。
「君たちの主な仕事は、これから俺達が作る飲食店で似顔絵を描く事だ」
「飲食店で……?」
「ああ。いままでにない飲食店を作るつもりだ。お客はそこで思い出に従業員との絵を持って帰って貰うんだ」
「ほお……」
「かなり早く描いて貰う必要があるからよろしく頼む」
三人の絵描きはまだよく分かってないみたいだ。そこでハルトはメイドカフェの衣装のデザイン画を取りだした。
「ちなみに従業員はこんな格好をしている」
「こ……これは……」
三人の目がデザインがに釘付けになる。
「その……ずいぶん足が出てますな」
「しかし、足に腰に胸に……女性の美しさが存分に表現されていると私は思う」
「私もだ」
「こほん、この服を着たメイドにお給仕をしてもらう訳だ」
なんとなく三人の青年の頭の中で仕事の内容がイメージ出来てきたみたいだ。
「ま、まだ店は改築中だし、それまで君たちには店のポスターや、従業員募集のチラシを描いてもらう事になる」
「この衣装をきた女性の絵を描くのですか」
「ああ、楽しく働けます! って感じのを描いて欲しいな」
三人はばっとスケッチブックを取り出すと、猛然と描き始めた。
「こんな感じですか!」
「うーん?」
三人が出して来たメイドの絵は正直上手だった。しかし、何かが足りない……。ハルトは首を傾げた。
「悪くはないんだけどなぁ……なんだろう、こう湧き上がってくるものがないというか……」
「湧き上がってくるもの……」
三人は自分達が描いた絵を見ながら、どこが良くないのだろうと頭を抱えた。ヴィアーノ工房に入る為にはこの試練を乗り越えなくてはならない。三人は必死だった。
「それは『萌え』ですわ!」
その時、扉が開いた。そこに居たのはメイド服に身を包んだリリアンナであった。
「リリアンナ! その格好は……」
「試作品が届きましたの! どうです?」
「よく……似合うよ」
リリアンナはむふふふ、と堪えきれない笑いを押し殺していた。この世界に生まれて苦節十九年。やっと念願のメイド服に身を包むことが出来たのだ。
「この! レースのついたふんわり袖! 女の子って感じでしょう! それにこのコルセット風のベストはペンなんかも収納できますし、スタイルもよく見せてくれます」
リリアンナは一々説明しながら男達の前を往復した。
「それからこの全円にこだわったたっぷりふわふわフレアスカート! どうです! 見えそうで見えない絶妙な長さ! そしてそこから見える足にはこのニーソックスです」
リリアンナは足をソファーにかけてその長い足を誇示した。
「このスカートと……ソックスの間にあるのは絶対領域……」
「絶対……領域……」
「何人にも侵されざる聖なる領域……そう……それは宇宙……」
リリアンナは恍惚の表情でニーソックスをなぞった。それを見た三人の絵描きは、スケッチブックを手から落とした。
「お、奥様……」
「なに?」
「奥様をモデルに描いてもよろしいでしょうか!」
「いいでしょう! 描きなさい! そして『萌え』を理解しなさい!」
「はっ」
三人の絵描き、いや絵師は猛烈な勢いでスケッチブックに筆を走らせた。そして何枚ものスケッチがあっという間に完成した。
「はぁ……はぁ……出来ました……」
ハルトは絵師の描いたスケッチを拾い上げた。そこには、先程の無機的な女性の姿でなく、生き生きと、そしてある種の感情のわき上がってくるものだった。
「これが、『萌え』」
「ええ、そうですわ。この者達は『萌え』を体得いたしましたわ」
満足そうに微笑むリリアンナ。ハルトはその姿をみてちょっと怖くなった。
「もっと描きたい……! なんだこの湧き上がる気持ちは……」
「描けるわ。あなた達なら」
そうしてリリアンナによる三人の絵師の調教は完了したのだった。
「できたわよ~。あんたの言ってた印刷機ってやつ……あら?」
一仕事終えてウルスラが居間にやってきて見たのは床に倒れた三人の絵師と散乱するメイド姿のリリアンナのスケッチとそこにすっくと立つリリアンナの姿だった。あとちょっと怯えた様子のハルト。
「何よこれ?」
「あ、ウルスラさん。あなたも着てみない? メイド服?」
「へ?」
「色んなパターンがあった方がいいと思うのよ。ほらちびっ子が好きな方もいるし」
「だれがちびっ子か!?」
ウルスラは全力でリリアンナから逃げ出した。
「あら……残念。でも『萌え』の概念がこの世界でも生きている事を私、確信しましたわ」
リリアンナはひらひらとスカートをゆらしながら満足そうに微笑むのだった。
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