9話 王宮舞踏会なのですわ

「しっかし何回来ても慣れないな、このびらびらした服は……」


 ハルトは不満そうにレースのクラヴァットとつまんだ。ちょっと服に着られている感じは否めない。


「お待たせいたしました」


 一方、現れたリリアンナは完璧な装いだった。その青い眼と対照的な深紅のドレスの腰が砂時計のようにくびれ、大きく開いた胸元からは白い膨らみが強調されている。その胸を彩るのは大振りのサファイヤの首飾りである。


「それでは行こうか……奥様」

「ええ」


 公爵家の豪奢な馬車に乗って二人は王宮に向かう。


「それにしても、王宮は久し振りですわ。私、王子との婚約を解消しましたから」

「ああ……そうか。大丈夫かい?」

「ええ、何を言われても私は大丈夫ですわ」


 キリッとしたリリアンナの横顔をハルトは眺めていた。それもこれも全部メイドカフェのせいなんだよなぁー……と思うとリリアンナの決心の強さに脱帽したくなる。


「さ、王宮につきますわよ」


 ハルトとリリアンナは王宮の中に進んだ。すでに舞踏会は始まっているらしく、かすかに音楽が聞こえて来る。


「わぁー……」


 舞踏会の広間は明るいシャンデリアでキラキラと輝き、着飾った人々がダンスをしたり談笑していたりした。

 そしてハルトとリリアンナが広間に入ると、その視線は一気にこちらに向いた。


「う……」

「ハルト様、平常心ですわ」


 顔を半分扇で覆ったリリアンナがそう囁いた。


「ではまず、王様にご挨拶ですわね」


 ハルトとリリアンナは王様の前に進み出ると、しずしずと礼をした。


「この度は、このような盛大な舞踏会にお呼びくださり光栄の極みです」


 ハルトが丸暗記したその台詞を言うと、王は相好をくずして二人を歓迎した。


「おう、お似合いの二人ではないか。今宵は楽しんでいかれよ」

「はっ……」


 ハルトはそれだけでどっと疲れた。もう帰ってしまおうか……と考えていた時、声をかけてくる人物がいた。


「ああ、こんな所に恥知らずがいるとはな」

「テオドール殿下」


 それはこの国の王子、テオドールであった。リリアンナとの婚約を解消したその人である。


「ごきげんよう、殿下」

「……ふん。よくもまあ、私の前に顔を出せたものだ」

「ほほほ、王様よりお招きいただいたのに無碍にはできませんわ」


 リリアンナとテオドールの間にバチバチと見えない火花が立ち上がったように見えた。


「失礼、お初にお目にかかります。リリアンナの夫のハルトと申します」


 ハルトは勇気を出してその間に分け入った。


「これはこれは……私は王子テオドール、君が噂の勇者か……」


 テオドールの視線が舐めるようにハルトの前身を捕らえた。


「ふむ……黒い髪に褐色の瞳……戦士らしく体は引き締まっているな。肌はなめらかでとても三十前には見えない……」

「……!?」

「よろしくハルト。君なら僕をテオと呼んでもいい」

「!?!?」


 王子の発言にハルトの頭の中にはてながいっぱいに満たされた時、リリアンナがふらりと倒れそうになった。


「リリアンナ!」

「ああ、ちょっと人あたりをしたようですわ。少し休ませてくださいまし」

「ああ。じゃあ王子、妻がこの通りなので失礼するよ」


 ハルトはリリアンナを横抱きにしてソファへと座らせた。


「大丈夫か?」

「はい、最初からなんでもありませんわ」

「えっ?」

「あの王子の前から早く逃げなくてはと……」


 リリアンナはハルトの影に隠れて舌を出した。


「そりゃ気まずいよな。気づいてやれなくてごめん」

「それだけじゃありませんわ。……気づきませんでしたの?」

「は?」

「王子は貴方をあんないやらしい目で見ていたというのに」

「ふぁっ!?」


 ハルトはぎょっとして王子を振り返った。すると王子はパチン、とウインクを返してくる。


「うううううっそおおおおだろおおおおおい」


 まるで子鹿の様に震えるハルト。それをみてリリアンナはくっくっと笑った。


「お尻に気を付けて下さいましね……。王子があんなんだから私は婚約破棄に持ち込んだのですわ」

「な、なるほどね……」


 ハルトは今までにない恐怖を覚えながら、リリアンナの言葉に頷いた。


「やあ! リリアンナ。レモネードを持って来させたよ」

「あ、殿下」

「ひゃいっ!」


 突然背後に立っていたテオドール王子が声をかけてきたのでハルトは飛び上がった。


「ででで、殿下。リリアンナは気分がまだ優れないようですのでここらで失礼させていただきます」

「そうか……仕方ないな」


 テオドール王子はため息をつくと、ハルトの肩に手をやった。


「良かったらハルト殿だけでもまた遊びに来てくれたまえ……」

「は、はい……」


 そしてテオドール王子はハルトの耳元に囁いた。


「君たちはまだ本当の意味で夫婦ではないんだろう?」

「へっ」

「分かるよ、僕にはね……」


 ハルトの首筋に寒イボがぞぞぞ、と立った。一刻も早くここから立ち去らねば、とリリアンナの手を引いて王宮の広間から退出した。


「童貞卒業の前に処女喪失の危機なんて……冗談じゃないちゃ」

「なにか言いました? ハルト様」

「いやいやなんでもない!」

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