8話 絵師を探しに王都へ行きますわ

「これでケチャップの問題はクリアだな」

「ええ、良かったですわ。残るは人員。メイド教育は私にお任せください」


 リリアンナは乗馬鞭を取りだした。目が据わっている。こわい……と、ハルトは小さく小さく呟いた。


「それから必要なのは全体のスケジュールや企画を統括するマネージャー業……これは私がやるとして、あとは経理や仕入れの管理……これも私が」

「あたしがやるわよ、それは」

「……ウルスラ!」

「そんなになんでもかんでも抱えてちゃ倒れちゃうわよ」

「俺は何をやろう……」


 ハルトはウキウキしながら二人に聞いた。高校生で転移したハルトはアルバイト経験すらなかったのだ。


「ハルト様はうーん……」

「ハルトは……うーん門番とか?」

「門番って……」

「あ、広報の窓口をやってくださいな。これから色々ハルト様のお名前を使う事になるでしょうし」

「広報か!」


 仕事ができたハルトはウキウキである。


「ではまず、厨房係……これは男女問いません。それから働くメイドちゃんの募集をまずお願いしますわ」

「うん、分かったよ」

「あ! それから絵師が必要ですわ」

「絵師?」


 ハルトとウルスラは首を傾げた。


「メイドカフェにはチェキ、というサービスがありますの。お気に入りのメイドさんとツーショットなどで写真が撮れるサービスですわ。この世界には写真がありませんから、絵師を雇うのです」

「なるほどー」

「他にポスターやビラを作るにも絵師の力が必要ですわ」


 リリアンナはぐっと拳を握った。


「絵師は王都で募集をかけないと無理そうだね」

「ですわね」

「一度王都に行こうか」

「ええ、お父様とお母様の顔を見にも行きたいですわ」


 こうして人材発掘も兼ねて、ハルトとリリアンナは王都に数日戻る事になった。


「ウルスラ、留守を頼むな」

「ええ、あんたたちの居ない間に仕入れ先とか探しておくわよ」


 そうして二人を乗せた馬車は王都へと向かった。


「今回は空間魔法を使いませんのね」

「ああ、あれを使えることが国に分かったら色々面倒だからな。魔王軍との戦いならいざ知らず、国の間の戦争に使われるなんてたまったもんじゃない」


 こういう所がハルトが田舎に追いやられた遠因でもある。しかしハルトは気にしていなかった。


「リリアンナは家族だし、いいと思ってさ」

「家族……」


 リリアンナの頬がちょっと赤くなったのを、窓の外を眺めているハルトは気が付かなかった。


「まあ、リリアンナ!」

「ただいまかえりましたお母様」

「まさかあなたもう追い出されて……」

「ははは、リリアンナの母上。一緒に来てますよ」


 リリアンナの母親は二人を歓待してくれた。父親の公爵は今日は王宮に出仕しているとの事だった。


「今回は事業の人材捜しに王都に来ただけです」

「事業……というと、リリアンナのあの……」

「ええ、すでに俺は隠遁の身でほかにやる事もないですから」


 ハルトがそう言うと、リリアンナの母親はハンカチを引き出しておいおいと泣いた。


「リリアンナ……良かったわねぇ……」

「お父様は令嬢が事業をするなんて言っただけでひっくり返りそうになってましたものね」


 ハルトとリリアンナは義母に挨拶をすませると、シャンデルナゴール家御用達だという絵師の工房へと向かった。


「ああ、これはリリアンナ嬢……いえ、今は奥様になられたのでしたな」

「久し振りね、ヴィアーノ」

「初めまして、夫のハルトです」

「この方が勇者様ですか! いつかお二人の肖像画をかかせて下さい!」

「ああそうだね」


 ヴイアーノの工房は大きかった。弟子達が大型の作品を慎重に運んでいたり、染料を調合していたり、キャンバスの下塗りをしたりしていた。


「……ほう、人物を早く描けるもの……ねぇ……」

「ええ、そういう人物を探しているのです」

「しかし、ここは王都だ。ここまで来て絵師の夢を追っているものばかりなのですよ」

「そうですか……」


 リリアンナはしゅん、と肩を落とした。それを見たヴィアーノはリリアンナにある提案をした。


「それでしたら、この工房に弟子入り希望をしているものを何人か連れて行きますか」

「弟子入り前の絵師ですか」

「ああ、それでもそこらのものよりよっぽど描けますし、絵を描く機会が多い方がいい。出来の良いものは工房に入れてやると条件をつければ彼らも納得するでしょう」

「……是非、お願いしますわ!!」


 絵師との契約の目処がたったので、ハルトとリリアンナはシャンデルナゴール家に戻った。すると猛ダッシュで出迎えでくれたのは公爵だった。


「リリアンナ! 急に戻ってきおって!」

「お義父様、我々は仕事で来たのですよ」

「ハルト様……やはりこの娘は訳の分からない事を申しているのですか」


 そこまで言うとへなへなと公爵はへたり込んだ。


「お父様、心臓がよろしくないのですから……」

「誰のせいじゃい!」

「公爵、俺はそれなりに納得してますから。リリアンナと事業をやってみますよ」

「それは……そうですか……」


 公爵は心底納得はしていなかったようだが、これ以上口を挟むことを諦めたようだった。


「あ! それと!」

「まだ何か? お父様」

「今夜の王宮の夜会に二人して出席しろ! これは私では無く王命だ!」

「まぁ」


 ハルトとリリアンナは顔を見合わせた。

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