7話 愛の果実ですのよ
「でも、そのハイエルフの里ってどこにありますの?」
「ボルツゥイアの森の最奥の切り立った崖の途中さ」
「そ、それは……私行けるでしょうか」
なんでもないようにハルトは言ったけれど、リリアンナからしたらとんでもない奥地に連れて行かれるようなものだ。
「はは、大丈夫だよ。俺は勇者だぜ?」
ハルトはリリアンナの心配を余所に、左手を突き出した。途端にそこの空間が歪み、ぽこっとそこに穴が空いた。
「これは……?」
「空間魔法だよ。これで場所が分かるところにならどこにだって行ける」
「そんな……宮廷魔術師でも難しいあの魔法をこんな簡単に……」
「さあ! トマトを探しに行くよ!」
リリアンナは意を決して再びハルトの手を握りしめた。ハルトはそれを確認すると、リリアンナの腰を抱いてねじれた空間へと足を踏み出した。
「いってらっしゃ~い……」
残されたウルスラは居間の掃除をはじめた。
※※※
「……っと、到着!」
「うう……ふらふらしますわ」
ハルトとリリアンナはあっというまに山中の森の中にいた。空間魔法酔い……なのか。リリアンナは眩暈を覚えていた。
「大丈夫?」
「ええ、なんとか」
リリアンナは森の新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。それで少し気分が良くなった気がする。
「おやおや、誰かと思ったらハルト様ではないですか」
「やあ、長老」
そんな二人の前に現れたのは長い耳に銀の髪をした美しい女性だった。長老というには若いようにしか見えなかったが、この人物はハイエルフである。すでに千年以上の時を生きていたのであった。
「何用でここに参られた? それからそこの女性は?」
「ああ、この人はリリアンナ。俺の……奥さんです」
「まあ! ついに妻を娶られたか。これはおめでとう」
「あ、ありがとう……」
ハルトはちょっと照れながらリリアンナを紹介した。長老は色素の薄いその両目でリリアンナを見つめた。
「お初にお目にかかります。ハイエルフの長老様。私はリリアンナ・サトウと申します」
リリアンナはドレスの裾をつまんで、ハイエルフの長老に挨拶をした。
「……で、ハルト様。嫁御を紹介に我らの元に参った訳ではあるまいな」
「ああ、そうなんだ。実は探している植物があって」
「なるほど。それならば我らの得意とするところ。薬草園に案内しよう」
ハイエルフの長老は二人を連れて薬草園へと向かった。虹色のガラスで覆われたそこは広大で様々な草や木や実が生い茂っていた。
「さて、どのようなものをお探しか」
「ええと、トマトっていって赤い実をつける野菜なんだけど……」
「赤い実をつける……? それではこのあたりか?」
ハイエルフの長老はいくつかの鉢を手も使わずに手元に呼び寄せた。
「うーん、これは木イチゴだな。このちっさいのは……」
ハルトは小さな実をつけた植物をひとつちぎって口にいれた。
「べべっ、渋い! これでも無い」
ハルトとリリアンナが見たところ見た目からしてトマトの鉢はその中には無かった。
「困ったな。トマトとやらの特徴をもっと聞かせてくれぬか」
「うーん、ちょっと青臭い匂いがして最初は緑なんだけど熟すと赤くなるんだ」
その時、リリアンナがぽつりと漏らした。
「もしかしたら、ここでは食用ではないかもしれませんわ。トマトは元は観賞用として出回ったと昔聞いた事があります」
「おお、それなら心当たりがある」
ハイエルフの長老はまたスッと手を伸ばすと、一つの鉢植えを引き寄せた。
「これではないか?」
「……!!」
それは青々としたトマトの苗そのものだった。
「この香り、そして実の形……きっとトマトですわ、ハルト様!」
「やっぱりあったか!」
二人は手を取り合って喜んだ。まぁ、その十秒後には我に返って手を離していたのだけれど。
「これは我々は『愛の果実』と呼んでいる」
「『愛の果実』!?」
「ああ、愛を込めた言葉を囁くと、ポンポンと実がなり熟すのでそう呼んでいる」
「愛を込めた言葉を……」
「エルフの新婚家庭の遊びだよ」
ハルトとリリアンナは顔を見合わせた。
「ちょうどいい。ハルト様の新婚の祝いにこの実を授けよう」
「あ……ありがとうございます」
二人はぎくしゃくしながらトマトの苗を受け取った。そしてにこにこと微笑むハイエルフの長老に何度もお礼を言いながら、領主の館に戻ってきた。
「あ、遅かったわね。トマトとやらはあったのかしら」
そこにはすっかり掃除を終えたウルスラが待っていた。
「あ……うん。これ……」
「へー、赤い実って言ってたけど青いのね」
「それが……」
ハルトが訳を話すと、ウルスラは大爆笑した。
「あはははは! 愛の言葉を囁くの~!? あんたが?」
「そ、そんなに笑うな!」
「ちょっとやってみてよ!」
「ええっ」
ハルトはかちんこちんに固まった。ウルスラはそれを面白そうに眺めている。
「さあ、早く。そうしないと育たないんでしょ?」
「……かわいい」
ぼそっとハルトが囁く。すると青かった実がうっすらと赤く染まった。
「リリアンナ奥様も何か言ったら?」
「私……ですか……? うーん、その……頼りになります……」
「なにそれ」
しかし、その言葉でもトマトは赤く染まった。
「お、もう食べれそうだ。どれどれ……うん確かにトマトだ」
ハルトは変な汗をかきながらトマトの実にかぶりついた。……トマトはその後、庭師の新婚の息子夫婦に託された。
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