11話 メイドさん大募集ですのよ

「それでは、よろしくお願いします」

「ええ」


 リリアンナとハルトはにこにこと笑顔で男女を屋敷から送り出した。


「これで厨房のスタッフはそろったな」

「ええ……でも……」


 リリアンナは目をふせた。長いまつげがふるふると震えている。


「肝心のメイドの応募がまるでないんじゃなぁ……」


 ハルトはそう言うとため息をついた。そうなのだ。町中にビラを撒いたのだが、今の所募集はゼロ。メイドカフェにメイドがいないのでは話にならない。


「我々のビラが良くなかったのでしょうか」


 三人の絵師が申し訳なさそうに二人に言ったが、ハルトは首を振った。


「それは違うと思う。みんなはいいものを仕上げてくれたよ」

「でもなんででしょう。ここら辺のメイドや女給の給金よりいいですし……」

「あの~……」

「なんだ、絵描き」


 絵描きの一人、マルコがおずおずと申し出た。


「その、やはりこの衣装がこの辺の娘さんには引っ掛かるのでは……」

「むむ、そうか……」


 ハルトはやはり、と思った。この世界でミニスカートはとても物珍しい。これを積極的に着たいという若い娘がなかなかいないというのも最もな話だ。


「うーん、この際娼婦に頼むとか……」

「それはいけませんわ、ハルト様」


 ハルトの提案を、リリアンナはきっぱりと否定した。


「萌えと性産業は結びつきやすいからこそ、ここはちゃんと線引きしないと」

「そっか……」


 リリアンナは単にメイドカフェが異世界で経営できればいいと思っている訳ではない。それに付随する萌えの思想の普及も大きな目的なのだ。


「まあ、今日は遅いからもうお休み」

「ええ……」


 ハルトはリリアンナが寝室に引き上げた後、ブランデーの瓶を開けた。


「エドモンド、いるか」

「はっ、ここに」

「例の話を……進めてくれないか」

「よろしいので」

「仕方ない。そろそろ店舗の改装も目処がつく。悠長にはしていられない」


 ハルトは強い酒をそのまま呷った。アルコールが喉を焼く。


「はぁ……」


 エドモンドは主のそのため息を聞きながら、スッとその場から消えた。


「仕方ないよな、これもリリアンナの為だ」


 ハルトは今はもの言わぬ相棒、聖剣アクアゾットに向かって話しかけた。アクアゾットはただ鈍い光を放つだけで、ハルトの問いかけに答えはしなかった。



※※※



 その日モンブロワの領主館に怪しい影が近づいていた。その人物は表から入る事はなく、館の裏口に回った。


「よう来られた」

「へへへ、旦那。無駄口は結構。とっとと商談をしよう」

「ヴァルダンよ。主人が中でお待ちだ。失礼をするなよ」

「へぇ」


 灰色のローブを纏ったヴァルダンと呼ばれた男は領主館の中へと入った。鉄製の鎖を握りしめて。


「お初にお目にかかります、領主様。この度は私のような奴隷商人にお声がけいただいて……」


 そこにいたのはハルトである。


「勇者様のご依頼とあって、私の方でも選りすぐりを連れて参りました。下働きでも夜のお世話でもなんでもやらせて下さい」

「ご託はいい。早く連れてこい」

「へへへ……これは気が早い……」


 ヴァルダンは卑屈に笑うと、手にしていた鎖を引っ張った。


「さあ、どれでもお好きな娘をお選び下さい」


 その鎖の先には暗い表情をした女の子達が繋がれていた。皆、粗末な服に裸足である。


「この子は元は亡国の王女だったのです。読み書きもできますし、この見事な紫の髪をごらんください。そしてこの子は体は小さいですが、胸も……」

「全員置いて、とっととここから去れ」


 ハルトは冷たくヴァルダンに言い放った。


「さようで……いやはやお盛んですな」

「金はエドモンドに請求しろ」

「ははっ」


 ヴァルダンは背中を曲げてこそこそと居間から退出していった。


「みんな、顔をあげて。もう安心していいよ」


 ハルトは奴隷の女の子達に向かって安心させるように微笑んだ。


「あ……の……」

「君たちは俺達の経営する飲食店で働いて貰う」

「飲食店?」

「ああ」


 それでも女の子達の強ばった表情が和らぐ事はなかった。


「それじゃあ自己紹介してもらおうかな……そこの右から」

「あ……私はイルマ。北海の村長の娘でした……王女とかいうのは嘘です」


 薄い紫の髪をした娘がまず自己紹介した。


「そうか」

「あたしはセシル。背が低いけど、十七歳です」


 今度は茶色い癖毛の女の子が名前を名乗った。

 

「……クリスティーナ。十六」


 見事な金の髪をした女の子は短くそう答えた。


「あたし達はミッキとフィー! 共に十五」

「双子?」

「そうだよ! ……あ、そうです」


 赤い髪の元気そうな双子が最後に自己紹介をした。


「あの、私達はなにをすればいいのでしょう」


 イルマがおずおずとハルトに質問した。

「俺の経営する飲食店は君たちが心配しているようないやらしいものではないからね」

「でも……それだったら普通の娘さんを雇えばいいじゃないですか」

「それがね……」


 ハルトが事情を説明しようとした瞬間、居間の暖炉のマントルピースに置いてあった聖剣アクアゾッドが輝いた。


「……アクアゾッド?」

『絶対……領域……』

「お前、力が戻ったのか!?」


 ハルトがそう呟くと同時に聖剣アクアゾッドはふわりと宙に舞った。


「きゃあああ!」

「ええ!?」


 そして女の子達のスカートをすべてミニスカートに切り裂いたのである。


『絶対領域……』

「アクアゾッド……・!?」


 そうして再び聖剣は沈黙の眠りについたのである。


「やっぱり、やっぱりいやらしい事をされるんだ」

「うえーん」


 居間は混乱の渦の中にいた。ハルトはどうしていいか分からずポリポリと頭をかいた。

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