第24話 廃工場の決闘2

「俺たちも混ぜてくれよ。なぁ雨宮?」


「え? わ、私もですか!? 私はご遠慮させて頂きますぅ」



 憮然と佇む白藤先輩とこの現場に怯えているような雨宮さんだった。

 二人共いつもの様子でなぜかこの工場に駆け付けてくれていた。

 なぜここに? 真っ先にそんな疑問が浮かぶ。



「なんでここにいるかって聞きたそうだな新堂。まぁ詳しい話は後でしてやるよ。あいつの相手はお前らにはちっとばかし荷が重いだろう。代わってやるよ」



 指を動かし気合十分に白藤先輩が困惑にきょどる俺の横を通り過ぎていく。

 刃物を持った相手に近付くというのにそこら辺を散歩しているかのような軽い足取りだ。

 彼女の登場に俺も熊井君も驚天動地というほど度肝を抜かれていたが、一番面食らっていたのは月島だった。



「白藤ぃぃぃ!!」



 歯を見せ瞳孔を開けナイフを真っ直ぐに白藤先輩に目掛けて威嚇する。

 まるで親の仇に会ったかのような興奮ぶり。



「おう、名前は覚えてないが顔は覚えてるぜ。こいつちょっと前にストーカー紛いのことしてきやがってよ、病院送りにしてやったら出席日数が足りなくて留年したんだよ。ぎゃはははは。笑っちゃうだろ。今どきそんな馬鹿いるのかよ」


「ストーカーじゃねぇ! お、俺は告白しようとしただけだ! こんな狂犬だとは知らなかったがな!」


「ぶわっかじゃねぇの!? しょせん見た目だけしか見てなかったってことだろうが。自分の浅はかで節穴な目を人のせいにしてんじゃねぇよ。このお間抜け三下野郎」



 若干、頬を赤らめ抗議する月島と、それを心底くだらなさそうな白藤先輩の応酬。

 何だか因縁がありそうだとは思ってはいたけど、しょうもないというかむしろ月島の方が哀れに思えてきた。

 告白してきた男を怪我させた上に留年させるって、白藤先輩あんた悪魔だよ。



「お前のせいだ。お前のせいで一個下のそんなつまらないやつらとつるむようになって、道場も辞めた。お前のせいで全部失ったんだよ!」


「人のせいにすんな! 出席日数が足りなかったのはお前がサボりまくってたからで、道場辞めたのはどうせお前が女に負けたのが我慢ならなかったからだろうが。今までやってきたのはなんだったんだろうってな」


「ぐっ!」



 言い当てられたのか月島が言葉に詰まる。

 さっきまで強キャラ感があった月島が白藤先輩が来てから途端に小物に成り下がってきた。

 なんだこの白藤先輩の頼もしさは。



「ナイフはハンデだ。それで負けたらこいつらにはもう手を出すな」


 

 言いながら先輩は手で熊井君を呼び寄せ、自分の後ろに付けた。



「そいつらお前のなんなんだよ?」


「何って……舎弟?」


「ちょ! 先輩!」



 思わず会話に入ってしまった。

 いやまぁ舎弟でもいいけどさ。 



「分かった分かった。仲間ってことにしておいてやる」



 舎弟から仲間に格上げ!

 あんまりどうでもいい。



「仲間? なんだそりゃ?」


「さぁなぁ。最初は頼りないやつらで……まぁ今も頼りないが、それでもちょっとは見込みがあるように最近は思えてきた。こうしてお前に歯向かっているのがその証拠だ。俺はこいつらと願いを叶えに行く」


「わけが分からねぇ」


「教えてやる義理はないな。時間がもったいない。とっとと掛かってこい」



 どっかの映画で見た、くいくいと手招きし挑発する白藤先輩。



「……本当にいいんだな?」


「今更びびってんのか? それを使うか、このまま尻尾巻いて逃げるか選ばせてやるよ。選べるだけ幸せだなぁ?」


「――いいだろう。やってやるよ!」


 

 それが合図となった。

 月島がナイフを前にして踏み込む。

 真っ直ぐとした白藤先輩の左胸と脇の間を狙った突きだ。


 だが白藤先輩はその手首を左手で掴み回転する。

 コンパクトに外側に回ると右肘を月島の二の腕に食らわした。



「がぁっ! こいつ!」



 伸び切った腕に体の部位で最も固い肘が突き刺さり月島はナイフを落とし、鉄の甲高い音が地面に響く。

 

 それは絶好のチャンスだ。

 けれどその間隙を白藤先輩は悠然と見逃した。 

 数歩、歩いて距離を取りまるで仕切り直しといったふうにまた左手を出して手招きする。


 月島は固まって動けない。

 俺もそうだが、あいつもてっきり空いた顔面にどぎつい一発が来ると予感していたからだ。

 しかし現実はそうではなかった。

 


「もう一度、チャンスを与えてやる。慣れない武器を使ったからって言い訳されたくないからな。ナイフか素手か選べ。これが最後だ」



 俺が女で先輩が男なら惚れてしまいそうな啖呵。

 相手を舐めているとも言えるが、おそらくは二度と熊井君に手出しができないよう心を折るつもりなんだ。

 

 月島はその言葉に自分の拳と転がっているナイフとを交互にめまぐるしく目線を動かした。

 狼狽と言えるほどの迷いが見て取れる。


 結局月島はナイフを蹴飛ばし、たぶん何百何千回と繰り返し行った空手の構えで対峙した。



「やってやるよ。白藤」


「道場辞めて鈍ってるくせに素手を選択するか。まぁ好きにしな」



 お互いがじりじりとにじり寄る。

 さっきまでとは気迫も緊張感も別物だ。

 相手の僅かな隙を忙しなく探し、その集中力はこちらまで伝搬してきて、俺も熊井君も雨宮さんも固唾を呑んで見守るしかなくなっていた。

 

 やがて両者の制空圏が侵食し合う。

 その刹那、やはり先に仕掛けたのは月島だった。



「はぁ!!」



 俺の腕より一回り大きい鍛え上げられた腕が白藤先輩の整った顔面に急接近する。

 それをほんの少し斜めに屈んで先輩は自分の肩に流した。

 そのままの一動作で彫刻のような綺麗な握り手が月島の鼻面にヒットする。

 仰け反るが月島はふんばり耐えた。 



「掴まえたぜ、いひひひひ。これでもう逃げられねぇ! お望み通りぶっ刺してやるよ」



 殴られた衝撃に口から唾を吹かした月島は右手で白藤先輩の長い髪を掴んでいた。

 そして空いた左手でポケットから何かを取り出す。


 それはさっき自分で蹴ったナイフと同じ、折りたたみのナイフだった。

 器用に指だけで刃を立てる。


 こいつはナイフを二本持っていたのだ。

 しかももう無いと油断させて密着状態になってから騙し討で使うとは、あまりの卑怯さとこれから予想される結果に全身の毛が総毛立った。



「手前ぇ、プライドも失くしたのか!」


「女に二度も負けられるかよ! 今度病院へ行くのはお前の番だ!」


「先輩!」



 自然と足が動く。

 でも今からじゃ間に合わないことも頭では理解していた。

 どうしようもない。


 おそらくHPのおかげで一回や二回は怪我からは守られるだろう。

 だがそれ以上切り裂かれた場合はもたない。先輩はHPの低いプリーストなのだから。

 鮮血が飛び散る未来が見えた。



「男じゃねぇな格好悪いぜ。そんなやつなら金玉は要らねぇよな!」



 そんな絶体絶命のピンチでの白藤先輩の咄嗟の反撃に度肝を抜かれた。

 なんと彼女は右手で月島の股間を思いっきり握り潰したのだ。



「がああああ!! 白藤ぃぃぃぃ!!!」


「玉無し野郎は寝てろ!!」



 白藤先輩はすぐに月島の手首を捻りナイフを手から落とさせる。

 そこからは蹂躙だった。

 先輩の息が切れ月島が気絶してぶっ倒れるまでひたすら打撃を全身に加えた。



「このくそが! ゴミが! あぁダルい。もういいわ」



 月島の顔を蹴り終えた白藤先輩は疲れて面倒くさくなったと言わんばかりに攻撃を止め、深呼吸して息を整え始める。

 ようやく俺はそこで声を掛けることができた。

 


「先輩、大丈夫ですか?」


「見ての通りだ。問題なし。それよりお前ら無茶やりやがったなぁ。レオンが知らせてこなかったら今頃どうなってたか分からねぇぞ」


「え、レオンさんが?」


「あいつがショッピングモールでお前らにすっぽかされた俺たちに使いを出してきたんだよ。なぁ雨宮?」


「はい、突然で何言ってるのか分からなくてびっくりしました! まさかこんなところで友情バトルをしているなんて!」



 雨宮さんの言い分だとえらく安っぽく聞こえてしまうんだけど、もうちょっと言葉選んでくれないかなぁ。



「ごめん! 新堂君! ごめんみんな! 全部僕の問題に巻き込まれたんだよね? 本当にごめんなさい」



 そんなやり取りをしていると、これでもかってぐらい熊井君が深々と頭を下げてきた。



「これは俺が勝手にやったことだから気にしなくていいよ。俺がこいつらを許せなかったんだ。ただそれだけのことだよ」


「……ありがとう新堂君。君はすごい人だよ。でももし彼らが今回のことを問題にしようとしたなら僕が一人でやったことにしておいて欲しい。君たちが僕の罪まで背負う必要はないんだから」



 これで力でねじ伏せられないぞ、というアピールはできたけど、それだけじゃ逆恨みして万引き写真とかバラ撒いたり、暴行されたと被害者に成りすまして喚き散らす可能性が無いとは言い切れなかった。

 そうなればどっちが先だとか事件の経緯だとかそういうのはうやむやになってややこしいことになるかもしれない。

 熊井君はそれを懸念していた。


 なので俺は奥の手を出す。



「実はね、昨日熊井君と別れたあとに神内ショッピングモールに行ったんだ。目的はそのレオンさんに相談するために」


「え?」


「レオンさんはダンジョン探索を円滑にさせるために探索者を優遇するって話をみーさんから聞いてたからどこまでしてくれるんだろうって思ってね。効果は予想以上に覿面だった。町中の監視カメラを洗い直して君の無実をたった一日で証明してくれた。おまけにそいつらの万引きとか他の悪事も暴いてくれたよ。今日は最後通牒のつもりだったんだ。このまま更生する気がないのならレオンさんからしかるべきところに届けてもらってそいつらを裁こうって」  


「そんな……」


「だからたぶんこいつらはもう君にも俺らにも手を出せなくなる。ボイスレコーダーもダメ押しのつもりで使ったんだけど、勝負は最初から着いていたんだよ」 


「ごめん……いや、ありがとう……新堂君。僕は何と言ったらいいか……」



 熊井君は大きな体を感動に震わせ、自分の目から大粒の涙が零れ落ちていくのを止められないでいた。



「つーかよ、一件落着みたいな雰囲気出してるけど、新堂お前は反省しろよ」


「え?」 


「え? じゃねぇよ。お前が無駄に怪我してらダンジョン行くのが無駄に遅れるだろうがよ」


「あ、すみません。そこまではテンパってて考えてませんでした」


「だから次があるなら最初から相談しとけ」


「え?」


「え? じゃねぇよ。二度も言わせんな。熊井もだ。迷惑掛けないように黙ってんのが余計迷惑なんだ。理解しろ」


「は、はい」



 責められているような口調だったけど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 やっぱりこの人、ツンデレさんだ。

 そう考えるといつもの発言も可愛く思えてきた。



「新堂×熊井で薄い本が書けそうですねぇ。ぐふふふふ」



 手で口元を抑え不気味に笑う雨宮さんは……ノーコメントで。

 この子、知れば知るほど怪しくなってくるなぁ。



「あ、そうだ。ついでにさ、帰りが遅くなって親に怪しがられているって話あったじゃん? それの解決策として部活を作っておいた。って正確には同好会だけどね」


「え?」


 申請は実はすでにやっておいた。

 受理されるかどうかはまだ決まってないけど、まぁたぶんされると思う。



「部活だったら多少帰るのが遅くなってもありえるでしょ? 良い言い訳になると思うんだ」


「まぁそれはいいが……で、その同好会の名前は?」



 訝しげに白藤先輩が訊いてくる。



「いや、実は正直、何にしたらいいか迷いまして。変に人が入ってきても困ると思ったので……。けっこう適当に……」


「で、名前は?」



 俺のしどろもどろから察したのか圧がすごい。

 


「あー……『ダンジョン研究会』です」


「くっそくだらねぇな!」


「新堂君それは直球過ぎじゃないかな……」


「先輩、ネーミングセンスがハゲてますよ」



 一堂がジト目でこちらを見てくる。

 憐れむような視線はやめて! あとハゲじゃないし!



「だってさ、他に入部希望者が来たら困るでしょ!? 俺だってどうかなとは思ったんだよ! でも一周回ってもうストレートにいこうってさ!」


「お前そこに入部しなきゃいけないやつの身になってみろよ」


「うっ……それを言われると辛い」



 熊井君と雨宮さんもうんうんと頷いている。

 四面楚歌だった。

 


「まぁその話は後だ。いつまでもこんなカビ臭ぇところにいないで、とっとと帰るぞ」


「「「はい」」」



 こうして熊井君を中心とした騒動は幕を閉じることになった。

そして俺の怪我の回復を見て三日ほど休んでダンジョン探索は再開する運びとなる。 

 

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