第25話 十層ボス戦

「おおおお! 『スラッシュ』!」



 熊井君の気合の入ったスキル攻撃で鎧を着たスケルトンがぺんしゃんこに潰される。

 さらに返す棍棒でもう一体の槍を持ったスケルトンを吹き飛ばした。



「そっちもらいます!」


 

 雨宮さんが猫のように俊敏に飛び出し、熊井君に気を取られていたホブゴブリンの首筋を一閃。

 すぐに彼女に群がろうとする動きがあるが、ヒット&ウェイよろしく、やったらすぐにマッドドールの後ろに身を隠した。

 隙間からあっかんべーをする。しかしモンスター側にはそれに構っている余裕はない。



「どこ見てんんだよこの不細工面が!」



 急所を的確に当て縦横無尽に白藤先輩がヘイトを集め立ち回る。

 熊井君のように一撃で粉砕するパワーは無いものの、彼女に集中したところに雨宮さんや熊井君が襲い掛かりどんどんと数を減らしていった。


 俺はというと、



「ほらほらほら! それ以上寄ったら死ぬぞ! たぶん俺が!」



 杖を振り回して牽制し、ホブゴブリン一体とずっとタイマン中だ。

 直接的な攻撃力も魔法も持たない俺ではこれが精一杯だった。

 まぁ一匹分引き受けているだけでもパーティーとして仕事はしているし、サモナーとしての活躍は主にマッドドールが果たしてくれているから問題ナッシング。



「新堂君、すぐ助けるよ!」



 素早く駆け寄る熊井君にホブゴブリンが返り討ちにしようと残虐に剣を振るう。

 熊井君はそれを左手で持った木の盾で難なく防ぎ、盾で剣を外側に押し当て、空いた頭部を容赦なく殴打する。

 仰け反るホブゴブリンは幾度めかのヒットで霧散していった。

 これで戦闘終了だ。


 何だかんだあの廃工場での喧嘩から一週間以上経っていた。

 万引きなどの事件やイジメなどが発覚した熊井君の元クラスメイトたちはつい先日に学園から転校していった。

 噂というのはどこからでも漏れるというもので正確には、視線や陰口に耐えられずに転校、と言うべきだろうか。

 その中で月島だけはまだ残っている。ただ授業には出ていないため今回のことをどう思っているのかは不明だった。

 ただ一週間あっても何も動き出さない以上は、報復は無いと考えてもいいだろうというのが俺たちの見解だ。

 もし何かあってもまた俺たちで反撃すればいい。熊井君を苦しめたやつらは今やその程度の存在となった。


 そしてダンジョンに話は変わるが、すでに階層は九層にまで達していた。

 特に熊井君用の盾が宝箱から出たのが大きかった。

 盾一つ増えただけでも彼の防御面が安定し、そのおかげで結果的に攻撃率も増えとんとん拍子。

 もちろん何度か途中で引き返したりというものあったけど、順調にここまで探索を進めている。



・新堂直安

職業:召喚師(サモナー)

レベル:5

HP:57(57)

MP:28(38)

装備:木の杖(MAG+3)

   ローブ(DEF+1)

   唐草の腕輪(AGI+2 DEF+2)

スキル:地属性召喚Lv2(コボルト、マッドドール) アブソーブ

(残りポイント2)


・熊井健太郎

職業:守護騎士(ガーディアン)

レベル:5

HP:112(112)

MP:11(16)

装備:棍棒(ATK5)

   木の盾(DEF3)

   革鎧(DEF6)

スキル:苦痛耐性Lv1 鈍器術Lv2(スマッシュ、スタン値増加)盾術Lv1(パリィ)

(残りポイント1)


・雨宮雫

職業:盗賊(シーフ)

レベル:5

HP:79(79)

MP:22(29)

装備:良質なナイフ(ATKK3 MP+5)

革の胸あて(DEF4)

スキル:闇魔法Lv2(目隠し、影縛り、精神喰い) 短剣術Lv1(毒斬り)

(残りポイント1)


・白藤琥珀

職業:僧侶(クレリック)

レベル:5

HP:71(71)

MP:35(35)

スキル:光魔法Lv2(回復、毒回復、光の盾)

装備:革のグローブ(ATK3)

   革の胸あて(DEF4)

(残りポイント2)



「ってことでようやく見えてきたな。ボス部屋だ」



 いつものようにダンジョンの最も奥にあるワープ装置を発見した。

 けれど今回に限っては次への道とはならないことは事前に咲さんから知らされている。

 

 いわゆるボス戦だ。

 十層ごとにまるでガーディアンのように兄妹なボスが待ち受けているらしい。

 つくづくゲームっぽいとは思うが今はこれが俺の現実だった。


 ボスの情報それ自体は情報料を取られるので仕入れていないが、戻ろうと思えばいつでもこのゲートから逃げられるとのこと。

 ただ憔悴しきった体で九層のスタート地点まで引き返すのは体力的に辛いので、引き際はちゃんと見極めるようにとは口を酸っぱく教え込まれていた。



「やっぱり行っちゃいますか? せめてあと一つレベルが上がればスキルのレベルも上がるんですが」


「確かにその方が安全だろうが、俺たちは一番最初に願いを叶えるためにトップのやつを追い越さなけりゃなんねぇ。そのレベルアップに掛けた数日分で足を掬われることもあるだろう。誰でもやる普通なことをして追い付けると思うか?」



 白藤先輩にそれを言われると弱い。

 すでに俺たちは後発組だ。なのにここから一番を目指すとなれば生半可な速度では無理だろう。

 それに俺のせいで数日無駄にしているのも響いている。

 


「僕は今の勢いなら行けると思っているよ」



 ここ数日、一気に化けたのは熊井君だ。

 心を縛っていたものが無くなり肩の荷が降りたというか、のびのびとしているし、盾を装備することによって戦闘面も隙が無くなっている。

 自分からイジメ相手に向かっていったとうのが自信に繋がり臆病さもやや鳴りを潜めていた。

 


「私もお金も命ももちろん欲しいですが、願いには興味があります」



 上目遣いでしっかりと意思表示をする雨宮さんも自分から攻撃に出る場面も多くなっている。

 初めて会った時の熊井君と似た彼女の自信の無さはスキルによって補われてきているようにも思えた。



「分かった。危なかったら逃げる。それだけはみんな忘れないでね」



 みんなが無言で頷き目を合わせる。

 それぞれにモチベーションや目的があり、指揮は高いようだった。


 そして全員で黒いもやに足を踏み入れる。

 一瞬のブラックアウトの感覚のあとに視界に入ってきたのは大広間だった。

 ダンジョン内ではあるが、天井は家一軒ぐらいは丸ごと入りそうなほど高く、野球でもできそうなほど横のスペースもある。

 

 そんなだだっ広い空間の中心に威風堂々と居座るのは全身を木で造られたウッドゴーレムだった。

 身長は五メートルほどと俺たちの三倍程度あり、腕や足ですら樹齢数百年以上の太い大木そのもの。

 


「でけぇ……」



 勝ち気な白藤先輩でもため息をもらすほどの圧巻がそこにあった。

 


「あ、あんなのが相手なんですか!?」


 

 雨宮さんは聞いていないよとばかりに呆気に取られ青ざめた顔で立ち竦んでいる。


 だが、ウッドゴーレムは俺たちの足並みが揃うのを待つほど甘くはなかった。

 目にあたる穴が不気味に明滅し、その巨体を揺らす。



『ブオオオオォォ!!』



 ゴーレムの威嚇は山伏が奏でる法螺貝のような独特の吠え声だった。 



「来るよ! 見た目通りなら動きはそんなに速くはないはずだ。一旦、距離を取って攻撃手段を見極めよう! 大丈夫、ここまで色んな敵がいたけどやってこれただろ!」



 俺の活にほんの少しだけみんなの色が戻った。

 


「新堂の言う通りだ。やることは一緒! やるぞお前ら!」


「「「はい!」」」



 こういう時の白藤先輩の怯えなど微塵も感じさせない良く通る声は勇気を別けてくれる。

 奮い立つ俺たちは向かてくるウッドゴーレムに対してできるだけ包囲するように散開した。



『ブオオオオ!』



 腕周りだけで直径一メートルぐらいありそうな豪腕が刈るように周囲を振り回される。

 まるで一瞬だけ台風が来たかのような風圧だった。

 


「きゃっ!?」



 最も体重の軽い雨宮さんはそれだけで数歩たたらを踏む。

 正面からでは生じる隙を突くことすら至難の業。

 


「こりゃあ熊井でもやべぇな。熊井、お前はまともに受けるな!」


「は、はい! 了解です!」



 白藤先輩の見立てはおそらく正しい。

 この暴力を超えた攻撃は受けるとか防御するというものさしで考えてはいけないものだ。

 特に大した防御力もHPも無い俺や雨宮さん、それに白藤先輩が直撃を食らっただけで即死するかもしれないレベル。

 あまりの難敵にまだ一当てもしていないのに汗が吹き出る。


 だがうちの暴れん坊娘はこの程度では怖気づかなかった。

 


「そこだぁぁ!!」



 自分が死角になった途端に走り出し、ウッドゴーレムの足の裏側に拳を突き入れた。

 パキっと木が割れる音がしてすぐに白藤先輩が飛び退く。

 ワンテンポ遅れてそこにウッドゴーレムの払いが通り過ぎた。ヒヤヒヤする光景だ。



「ちっ。当たりはしたが……って感じだな」



 白藤先輩が付けた傷は表面を数センチ割った。

 快挙であると同時にそれっぽっちだった。

 それを口惜しそうに口を曲げて吐き捨てる。



「退きますか?」


「馬鹿言え。せめて色々試してからだろうが」



 そりゃそうだ。

 ここで逃げたらボスがでかいゴーレムってぐらいしか情報が得られていない。

 どうも俺が気圧されているな。しっかりしないと。



「よし、じゃあ雨宮さん。まずは魔法を試そう。効くか効かないかでだいぶ変わってくる」


「分かりました! 『ブラホ目隠し』」



 彼女の呪文にウッドゴーレムの目元に黒いもやができていった。



「あれ? 意外と効くのか? なら楽になりそう」



 ボスって状態異常が効きにくいってイメージだったけど、そうでもないことに肩透かしを食らった気分だった。

 しかし俺の甘い幻想は打ち砕かれる。



『ブオオオオオオオ!!』



 突然、ウッドゴーレムが暴れ出したのだ。

 もはや手当たり次第。誰を狙うべくもなく手も足も止まらない。

 一方向に突進したと思えば急にこっちに踵を返したりとパターンも全く読めなかった。



「一旦、距離を取れ! 絶対に近付くな!」



 白藤先輩の指示にみんなで一目散に逃げ出した。

 ただ俺のマッドドールだけは足が遅く、たまたま無作為に出されたウッドゴーレムのパンチが当たってしまう。

 その拳は一秒でマッドドールを破裂させた。



「嘘だろおい……」



 俺たちの中で最も防御力が高そうな泥の人形が一発で潰れる絶望に呻く。

 もちろん新しいのを喚ぶことはできるが、これは意味がない。


 やがて数十秒で暗闇が晴れ、ウッドゴーレムはゆっくりと止まり、雨宮さんを狙って移動する。



「ぴゃぁ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」



 速度的には追い付かれないがしょせんここは閉鎖空間で距離は一向に離すことができず、その巨体のプレッシャーは凄まじい。

 半泣きになりながら雨宮さんが全力疾走した。



「ありゃあ一分ももたないな。熊井、援護するぞ」


「了解です!」



 二人が駆け出し、雨宮さんを追うウッドゴーレムを横から邪魔をする。

 走りながらでしっかりと力が乗らないが、代わりに反撃が少なく足や腰など幾つかの部位を陥没させることは成功した。

 

 それなりの攻撃を食らったせいかウッドゴーレムは雨宮さんを追い掛けるのを止め、再び近くにいる敵を振り払おうとする。



「ちっ。これじゃあ埒が明かねぇ」


「火が使える魔法使いでもいれば簡単そうなんですけどね。とりあえずブラホはやめといた方がいいのは分かりました」


「わ、私、もう絶対使いません!」



 雨宮さんの宣言は置いておいて、相手は木だし当然火に弱いだろう。

 闇魔法や火属性召喚があるなら、火魔術というスキルもあっておかしくはない。

 ただこのメンバーに求めるものではないが。



「この中で一番ダメージを与えられているのは熊井君かな。熊井君を中心に戦術を立てないと無理そうです」


「が、頑張るよ」



 さすがの熊井君もあんなのと正面からやり合う姿を想像したのか、腰が引けている。

 彼の棍棒が最も損傷を与えているのは確かで、攻略はそこしかないだろう。

 ただ一発が怖い。先輩や雨宮さんほど素早くない彼では直撃する確率が多そうだ。



「おい、なんか怪しいぞ」



 悩んでいると白藤先輩の声ではっとしてウッドゴーレムを見る。

 前かがみになって苦しんでいるかのようで何事かと全員で警戒。

 


『ブオオオオオオ!!!』



 すぐにその結果が分かる。

 震える巨体が背を反らし、胸から小さなものが飛び出てきたのだ。



「援軍追加か……」



 俺の頬から嫌な汗が滴り落ちた。

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