第23話 廃工場での決闘1

 昨日、熊井君を助けた俺だが、あれで決着していないことはじゅうぶんに理解していた。

 あれではどうせまた同じことを繰り返されるだけだ。それぐらいのことは分かる。

 

 本来ならたった一週間前に知り合っただけの熊井君にそこまで肩入れする理由はない。

 それにいくらダンジョン潜りの仲間と言っても、クラスも違う俺が介入したところで他人事でしか無く、私生活の問題は彼自身が何とかしないといけないのだ。

 そうじゃないと根本的な解決など望めない。


 それでも何とかしたいと思ったのは、俺が彼を気に入っているからだ。

 それに何度もダンジョンで助けられている。その恩を返すぐらいの人情はあっていいはずだ。


 熊井君をイジメていたあいつらのたむろしている場所は、中居にそれとなく聞いたらあいつの好きなトレーディングカード千円分のパックと引き換えに教えてくれた。

 少し中心部から外れた工場跡だ。


 その際に、



「なぁ新堂、お前がそんなこと訊いて何をしようとしているのかは知らない。でもよ多少は想像がつく。明らかにお前がしようとしていることは無謀だぜ? 俺には怪我で入院して暇そうにしているお前にカードゲームのルールを教え込むことぐらいしかできないぞ」



 なんて忠告までしてくれた。

 我が友人の精一杯の温情だ。でもカードゲームのルールは要らない。

 礼だけ言って別れた。


 一応、日曜の間に下準備もしておいたし、あとは当たって砕けろの精神だ。



「ここがそうか」



 教えてもらった住所に着くとフェンスでぐるりと囲われていたが、端が途中で予算が足りなくなったのか足で余裕で飛び越えられるバーに変わっていた。

 砂に足跡がよく付いていることから、ここから出入りしているのは間違いないだろう。

 それを跨いで入る。


 工場の中は電気も着いていないが、破損した屋根や窓から光が差し込んでいて真っ暗という感じでもなかった。

 耳をそば立て中の様子を探ると確かに誰かの話し声のようなものが複数する。

 いるのは確定だ。



「すぅー。よし行くか」



 深呼吸をして息を整えた。

 何気に心臓が破裂しそうなほどバックバク状態。

  

 踏み込むと埃とカビ臭い匂いが鼻につんとくる。

 放置されてそれなりの年月が経っていることは分かった。

 工場に捨て置かれた木の箱があいつらの座席らしく、その場に座って談笑しているところだった。



「次はもっと……あん? 誰だお前?」



 一人が俺に気付き、全員がこちらを向く。

 人数は昨日と同じ三人組ともう一人――おそらく月島の計四人。

 月島らしき人物は髪を金に染めいかにもって感じの見た目をしている。



「あ、お前昨日のやつだろ! 何しに来たんだよ?」


「昨日?」


「はい月島さん。さっき話した熊井を連れて行ったやつです」


「へぇ、そいつは面白ぇじゃん」

 

 

 あちらの間での情報共有は済んだようだ。

 やはり月島がこのグループのリーダーであいつを何とかすれば他も従うに違いない。



「話があって来た。言わなくても分かると思うけど、熊井君にもう関わらないで欲しい」



 一瞬の静寂。

 そしてやってきたのは、



「あはははは、こいつ馬鹿じゃねぇの!?」


「ぶはは。今どきいるんだ? こういう勘違い野郎。漫画の読みすぎだろ。やべーって! ぶはははは」


「まさか熊井助けに来たなんて誰も思わねぇよ! 頭沸いてんじゃねぇか!?」



 嘲笑の嵐だった。

 まぁまともな話が通じる相手では無いことは承知している。



「正義のヒーローさんよ。せめて女の子助けるなら格好付けられたかもしれねぇけどよ、助ける相手があんな臆病なデブでいいのか? もしお前がここにいることを知っててもきっとあいつは逃げるぜ? 賭けてもいい」


「熊井君がどうしようと関係がない。俺は自分がこうしたいと思って来た。彼にまだ手を出すというのなら俺が相手になるよ」



 月島の言葉のお返しにと左足を半歩前に出し、体の前に拳を置いて構える。

 何となく白藤先輩の真似をした。

 たぶん、体を半身しか出さないことにより打ち込まれる箇所を少なくし、左手で初撃を捌いて後の先を狙うというやつだと思う。

 ま、こんな付け焼き刃でどうにかなるとも思っていない。ただの挑発であり格好付けだ。


 しかしそれを見て対象的に月島は露骨に不機嫌な顔になる。



「嘘だろ!? マジ!? こんな喧嘩もしたことないやつがこの人数相手に喧嘩売るなんて!? 今年一の爆笑もんだぜ!」


「熊井ばっかり殴るのも飽きてたんだよな。あいつ最近は慣れてきたのか全然痛がらないし。まさかドMに目覚めた? ぎゃはははは!」



 周りのやつらは月島の変化に気付いていないらしい。

 


「すげームカつくやつを思い出しちまった」



 ぽつりと月島が吐き捨てるように言葉をもらす。



「月島さん?」


「何でもねぇ。おい、お前ら――やれ!」



 月島の指示に取り巻き三人が行動を開始した。

 と言っても囲もうともしないし、てんでバラバラ。人数比もあって完全に舐められている。

 こっちは秘策まで用意したってのにやる気が足りないぞお前ら。



「じゃあそういうことで!」



 だから俺がすぐに踵を返して入り口へ逃げ出そうとするのを止められない。

 


「ま、待て! 卑怯だぞ!」


「自分から来ておいて逃げるのかよ!」



 慌てた三人が逃げる俺を追い掛けてきた。

 そこへ反転する。



「もう逃げられないように掴まえてやる!」



 走りながら両手を振りかざし駆け寄ってくるそいつらのパンチが届くような接触寸前の間合いで亀のように縮こまってやった。

 


「うわっ!」


 

 俺を捕まえようと走ってきた勢いがついて、いきなり足元に縮んだことで急には止まれず一人が頭から転倒する。

 かなり危険な技だ。でもこいつらにやっても良心の呵責は感じない。

 奇襲で倒せたのは一人だけ。残り二人はまだピンピンしていてすでに手の届く範囲にいる。



「お前よくもやってくれたな!」



 仲間を倒されたことに激昂しながら殴りかかってくる一人に合わせてで迎え撃った。

 がっと骨が打ち合う音がする。

 カウンターと言えば聞こえはいいがただの相打ち。

 だが俺はこの痛みで勝ちを確信した。

 予想通りあっさりと倒れたのは向こうの方だった。俺はまだ立っている。



「この野郎!!」



 残った一人が肩を掴んで拳を振り上げてきた。

 そこに頭突きを食らわす。

 相手のおでこに手加減無しの全力のヘッドバットだ!



「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 目がちかちかするような痛みがあって思わず絶叫したが、向こうはもっとひどいことになっていると思う。

 頭を抑えながら指の隙間から見ると、たった一発で白目を剥いて意識を失い崩れ落ちていった。


 まぁ秘策というかズルというか、俺にはHPによるバリアと装備品がある。

 だから痛みはあっても怪我はしないし、それによって以前よりもいくらか打たれ強くなっていたのだ。

 最初のカウンターでそれは確信した。

 例えるのも難しいけど、薄い雑誌一冊分に覆われているみたいにダメージが軽減されている。

 これが無けりゃそりゃ一人で来ないって。

 ローブとみーさんからもらった腕輪に感謝だ。


 月島が手下がやられ、やれやれといった感じでようやく木箱から立ち上がる。



「お前、相当にタフなんだな。それかただの石頭か? 頭突きで失神させるやつなんて初めて見たぞ」


「頑丈に産んでくれた母に感謝しとくよ」


「喧嘩慣れもしていなさそうな感じなのに意外と度胸もある。不思議なやつだ」



 こっちは最近毎日モンスターと戦ってるからそりゃ少しぐらいはね。

 あれを実戦と言ってもいいか分からないけど、実戦とするなら弱そうなやつカモにしてイジメてるやつらが徒党を組んだところで恐怖で固まるようなことにはならない。

 それぐらいの修羅場は潜ってきたつもりだ。



「もう一回だけ訊くよ? 熊井君から手を退く気はない?」


「あんなデブに執着なんて俺には端からねぇよ」


「だったらこれで――」


「つってもよ、はいそうですかっていうわけにはいかねぇだろ? これでもこちとら不良で通してきてんだよ」



 プライドってやつか。

 厄介だ。なら心をへし折るしかない。



「手加減できないよ」



 こっちは全力で相打ち作戦をするしかアドバンテージが無い。

 それは裏を返せば余裕がないことでもある。



「はぁ!? 言ってろ。すぐに這いつくばらせてやるよ」



 月島が踊り出る。

 上背も迫力も力もたぶんあっちが上だ。

 でも気圧されはしない。

 

 じっと拳を握り向こうの攻撃を待つ。

 すぐに間合いにやってきた月島は、なんと俺の目の前で素早くコマのように一回転する。



「は!?」



 何事か頭の思考が追いつかない。

 そして気付いた時には俺の側頭部に月島の左足のかかとがあった。

 鈍い痛みが頭に衝突し、意識がブレる。

 これは――後ろ回し蹴りだ。


 頭を下げふらつきながら数歩後ろに下がる。

 


「おいおい、これでもダウンしないのかよ。その耐久力だけは褒めてやるよ」


「痛ぇ……」


「お前ずっとカウンター狙いなのバレバレだからこういうことしたくなるんだよ。勉強になったか?」



 俺の狙いは三人組に手の内を明かした時点ですでに知られていたらしい。

 それにしたって敵を褒めたくはないが、頭に当てるなんて普通のやつじゃ足が届かないはずだ。

 こいつ、格闘技やってるんじゃないか。



「ひょっとして何かやってる?」


「空手を少~しな。……まぁもう止めたがよ」



 やはりか。

 しかし参った。ただのガタイの良さで喧嘩が強いだけの不良だと思ってたのに、ここにきて計算が狂った。

 技術と経験の差というのはまずい。いくら度胸は付いたと言ってもしょせん俺は素人だ。我慢比べでどうにかなる気がしなくなってしまった。

 残された切り札はモンスターを召喚することぐらいだがここでするわけにもいかない。そんなことをすれば余計に事態は悪化する。



「でもやるしかないんだよなぁ」



 ここで逃げても意味がない。

 正面から戦って打ちのめさないと解決には結びつかないのだ。

 覚悟を決めるしかない。



「じゃあ続きをしてやる。どれだけ保つか覚えておいてやるよ」



 月島が距離を詰めてくる。

 それに対抗してこっちからも打ち込もうとするが、その瞬間にふとももに痛みが電撃のように走った。

 次は足狙いか。骨に届くようなへし折られそうな衝撃が神経を通じて脳に届く。



「ぐぅっ!」



 三度蹴られ足を上げて防御するが、今度は腹に刺す痛みがやってくる。

 体をスイッチして逆側からの前蹴りだった。



「ほら遅いぜ。そんなことじゃあ俺は倒せない。ほら、今度は顔が空いたぜ!」



 咄嗟にお腹を抑えると手薄になった顔面に拳がヒットする。

 どれも以前の俺ならそれだけで倒れ込んでいるような厳しい攻撃ばかりだ。

 意識が吹き飛びそうになり、かろうじて立っていられるのはHPのおかげ。

 本当に辞めたのかと疑わしくなるようなスピーディーで怒涛の攻めに、痛くない箇所など無いほどにどんどんと全身が打ち込まれていく。



「はぁ……はぁ……」



 そこから何度も殴られ蹴られ、もはや膝はガクガクと生まれたての子鹿のように震えていたし、腕は力が入らず上がらない。

 とっくにHPはゼロになったようで鼻から鼻血も出てきたし、頬が腫れて左目が開けにくい。



「悲しいよなぁ。お前がそれだけ頑張っても熊井は何食わぬ顔してるんだよ。そろそろ後悔してんじゃねぇの? 何で俺こんなところに来たんだろうって。……そうだ、面白いことを思いついた。お前も熊井イジメに加われ。そうしたら許してやる。良い提案だろ?」



 悪魔のような囁きだった。

 すごく頷きたくなる。

 でもそんなの受け入れられるはずがない。



「嫌だよ……バーカ。自分で自分が許せなくなるようなことしたら一生後悔する。それは死人と一緒だ。俺は死人にはならない」


「ふーん。あぁお前の強がりの理由はこれか?」



 俺の胸ポケットに月島がすっと手を伸ばしてくる。

 それを払い除けようと意識はするが、腕がほとんど動かなく盗られてしまう。



「か、返せよ」


「薄型のボイスレコーダー。大方、ここでの会話を録音して学園側にでもチクろうとしてたんだろ。最悪、喧嘩に負けても良しって感じか? 残念でしたぁ~。お前がそのポケットだけは当たらないよう避けようとしていたのはお見通しだったんだよ」



 からからと月島が勝ち誇ったかのような笑いをしながらデータ削除操作をする。

 言われていることは間違っていない。この後のことを有利にする材料にするつもりだった。

 上手く騙し通せなかったようだ。また計算違いか。

 本当、頭の中通りには世の中いかないもんだな。



「……今からお前を倒せばいいんだろ」


「はっ、夢は寝てから見るもんだぜっ!」



 足をすくわれた。

 もはや立っているだけで精一杯の俺は抵抗することもできずに肩から倒れる。

 辛うじて手で頭が工場の地面とぶつかるのは防げたが、それ以上の動作は難しい。



「くっ……くそっ!」


「素人にしちゃあよくやったよ。格付けはもう済んだろ? 寝ている間にお前の個人情報やら調べ上げて逃げられなくしてやるよ」


「クズが!」


「じゃあ寝ててもらおうか。目覚めたらお前も熊井と同じペットの仲間入りだ。可愛がってやるよ」



 月島の足が大きく後ろに振りかぶりまるで死神の鎌のように見えた。

 顔面にあんなの食らったら即座に意識が失くなるだろう。

 ちりちりと額が焼かれるような感覚を味わいながら、しかし体は微動だにしない。


 そして、無情にも振り下ろされようとした時――



「うおおおおおおおおぉぉぉ!!!」



 熊井君が入り口から突撃してきた。

 


「く、熊井!?」



 月島は目を疑うかのようにぎょっとしていた。

 あれはダンジョンで覚悟を決めて頑張っている時に見せる熊井君の顔だ。

 普段、月島たちは彼の弱々しいところばかりで、こんな一面を見たことが無い。

 だから戸惑っていた。



「やめろおおおぉぉぉ!!」


「何しやがる! 離せ!」



 決して止まらないという気概を見せる熊井君が一目散に向かい月島をその体で捉えた。

 月島も手や肘で殴って応戦しようとしているが、おそらく八十キロぐらいはある巨体に無我夢中で押し込まれては生半可なことで脱出の仕様が無かった。

 タックルされるがまま工場の壁に背を付けられる。

 


「ぐっ! 痛ぇじゃねぇか! 離れろよ! こいつ!」



 たださすがと言うべきか、移動が止まると月島は組み付きを解く技も心得ているようで熊井君を強引に引き剥がした。

 一旦間ができたおかげか熊井君がこちらを振り返る。

 その目は決意に満ち溢れていた。



「はぁはぁ……ごめん、新堂君。僕、一度は君を見捨てようとした。でもやっぱり戻ってきたんだ。友達が、仲間が僕のために頑張ってくれているのに僕だけ知らんぷりなんてしたら生まれてくる弟に顔向けできないから!」



 涙が溢れて止まらない。

 口では熊井君がどう思おうと関係がないなんて言っちゃったけど、内心では寂しかった。

 自分のしていることに意味はあるのかって疑ってしまった。

 けど良かった。これだけ痛い想いをして意味はあったんだと確信できた。

 そうしたら急に涙腺が緩くなってしまったらしい。 

 

 抜けた力は回復しなくても気力は戻ってきた。

 肘を使って芋虫のように這ってでも立ち上がる。



「おいおい、雑魚が一匹増えただけで粋がるんじゃねぇよ。お前らがどうやっても俺には敵わないことぐらい身に沁みているはずだぜ?」



 熊井君の登場でも月島は動揺しなかった。

 自分の暴力にそれだけ自信を持っている。

 そしてそれは当たっていると思う。


 俺は満身創痍でほとんど戦力にはならないし、熊井君もHPのおかかげでタフにはなれても技術面はほとんど一週間前と変わっていない。

 せめて棍棒でもあれば別だったが、ここにそういうものは転がってもいなかった。



「ぼ、僕は逃げない。ずっと問題を起こしたらと考えて耐えてきた。自分一人なら我慢もした。でも、友達を巻き込むなんて許せない! どうなってもお前らに抵抗してやる!」


「そうかよ。どれだけ御大層な理想があっても実力が伴ってなけりゃ意味が無ぇんだよ。もう一度教えてやる!」



 瞬時に月島は熊井君との間合いを詰め、足と横っ腹にキックの二連撃。

 さっきそれでやられた俺は嫌な予感がした。あれで意識が下にいくと今度は顔面を突かれる。



「熊井君、ガードを下げな――」


「うあああああああ!!」


「ぐぅ!?」



 だが俺の心配など杞憂だった。

 熊井君は痺れる痛みなど物ともせず月島の顔面にパンチを入れたのだ。


 思ってもみない反撃に月島は後ずさった。

 


「ふ、ふざけんな。熊井ごときにこんな……」



 効いてはいるが、それは肉体的というより精神的にという感じだ。

 素人の、しかも気弱な熊井君にモロに食らったことがショックのようらしく、呆然と頬を抑える。


 俺は今更ながらに思い出した。

 彼はうちの『守護騎士ガーディアン』なんだ。背中に誰かがいた時は無類の強さを発揮する。

 そんな裏ステータスがあるかどうかは知らないが、それを間近で見てきたのは俺じゃないか。

 もっと彼を信頼していいはずだ。

 


「こんなんじゃ許さない!」



 今度は熊井君の方から仕掛けた。

 両手を上げ、殴るというよりは掴もうとする動きだった。

 


「こいつっ!!」



 月島は再び迎撃しようとするが、ダンプカーのように熊井君は止まらない。

 襟とズボンに手を掛けられ、肩にお腹を引っ掛けられてまるで荷物のように担がれた。

 ジタバタと月島が動くがこんな技掛けられたこともないみたいで逃げられずにいる。



「新聞配達舐めんなぁ!!」


「うわぁ!?」



 怒りの一声と共に熊井君が放り投げた。

 月島は僅かな空中浮遊のあとにゾク座に固い地面に叩き付けられる。

 ダメージとしてはそんなにでも無いように見えるが、打撲傷ぐらいはできているはず。

 


「熊井君すげぇ!」


「降参しろ、月島!」



 どちらが有利不利かはまだ分からない。

 しかし勢いでは完全に熊井君が押しているのは明らかだった。



「は、ははは。こんなことあるはずがねぇ。あっちゃいけねぇんだよ。俺はもう……負けられないんだよ!」



 起き上がった月島は目が血走っていた。

 どこかここじゃないところを見ているかのようだ。

 おもむろにポケットから何かを取り出す。

 

 それは――折りたたみのナイフだった。

 小さな刃が俺の心を震わせた。



「月島ぁ! お前そこまでやるのかよ!」


「俺はもう負けられないんだよ!!」



 一体こいつに何をそこまでさせるんだ。

 

 スケルトンなど剣を持ったモンスターと何度も戦ってきていたから刃物に多少の免疫はある。

 だがそれは相手が単体で大したことがない敵の場合で、月島のように技術で俺たちを勝るやつが持ち出すのは話が変わってくる。

 特に俺はもうHPが無い。斬られればそのまま傷ができてしまう。


 熊井君だって何度か刺されればたぶんすぐにHPのバリアは消失する。

 そうならないために短期決戦でいきたいが、果たしてそう上手くいくか……。


 どうしようもない状況下で目まぐるしく頭を回転させていると、後ろから声が掛かる。



「へぇ、面白そうなことになってんじゃん」



 それは―― 

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