第19話 武器っち店員
「うむむむむ」
「お客さん、冷やかしなら帰ってちょーだいにゃ」
「ハタキ持ってるなんてベタですね」
「ベタというのは王道ってことにゃ。みーさんそういうところはしっかり抑えるタイプにゃ」
神内ショッピングモールその二階にある装備屋『武器っち』で飾られる商品の値札と睨み合いっこしていたら、猫耳を付けた店員の
今日は早めに到着したので待ち合わせ時間までにもう一度見ておきたいなと思ったからだ。
二十分ぐらいウロウロしていたから、あまりお客に声掛けしないタイプの彼女もしびれを切らしたらしい。
「コスプレイヤー魂ってとこですね。さすがみーちゃんさん」
「その呼び方でもいいけど、親しまれているのか馬鹿にされているのか分かりにくいにゃ」
「俺は大好きですよ!」
「はいはい、そういう台詞は本当に好きな人ができた時にだけ言うもんにゃ。適当に言えば言うほど軽くなるにゃ」
さすがに年上だけあって簡単にあしらわれてしまう。
「何だか実感が籠もってますね」
「まぁにゃあ、露出が多いとね、変な人も集まってくるのさ。外見で人を好きになるところまでは理解できるんだけどね、お前が逆の立場だったらその言動してるやつを好きになるか? って言ってやりたくなるのがね。視野が狭くて一方通行の想いしか出せない人なんてお友達でも嫌に決まってんだろ! ストーカーまがいのことをした人もいてね……って。おっと思わず素になってしまったにゃあ。みーさんも修行が足りないかにゃ」
ニコニコしていたみーさんがどんよりと死んだ魚のような目に。
これはあまり突っ込んで聞いてはいけない領分の話のようだ。
「あぁでも困ったことがあったらレオンさんを頼るといいにゃ。あの人、ダンジョン活動するのに邪魔になりそうなことがあったらできる範囲で協力してくれるにゃ。みーさんもそういうので頼ったことあるし、中には相談してルミナスの子会社勤務の人があんまり忙しくない部署に変更になったとかもいるらしいにゃ」
「へぇ。やっぱり肝入りなんですねぇ」
「ダンジョンがもたらすものに比べたらきっとそれぐらいの支援は屁でもないのにゃあ」
もし魔法などのメカニズムが解明されればそれこそ世界が変革する。
一般人でも魔法を唱えられ、科学を超えた特殊なアイテムが使用されるようになればもう人類は次のステップへ向かうことになったと言えるだろう。
「ちなみにみーさんはここに来てどれくらいになるんですか?」
「大体二ヶ月半ってところかにゃー。武器っちのバイト歴は一ヶ月ほどかにゃ」
「へぇ。何でダンジョンに潜るよりもバイトを優先にしているんですか?」
「この間も言ったと思うけど、うちのメンバーはみーさんも含めてそんなに命の危険に晒されてまで奥を目指す人じゃないのにゃ。今は格下の階層で週一かニぐらいちょっと行くぐらいにゃ」
「どこまで行ったんです?」
「ニ十九層。そこで自分たちの限界を感じて折れてしまったんにゃあ。もちろんその頃よりもレベルが上がった今ならもっと上を目指せるんだろうけど、誰も言い出さないにゃ。まぁそういうパーティーは多いかにゃ。本当にずんずん進んでいるのは一握りのみ。ほとんどのパーティーは解散するか途中で諦めて停滞を選ぶんにゃあ。こんな時間に下でお酒飲んでるのは大体そういうやつらにゃ」
確か四季さんは六十層台だったはずだ。
となるとあの人はけっこうすごかったりするのかなぁ。
「あぁ下の人たちですか。大体いつでも誰かいて食べたり飲んだりしていますよね」
「この辺で他に飲食店が無いっていうのもあるけど、みんな日常を忘れたいみたいにゃ。そこら辺の飲み屋よりはハメを外しやすい環境だからにゃ」
まぁモンスターと戦って稼いだお金で飲み食いしてっていうのは、日常とは逸脱しているか。
俺だってちょっとしたロマンすら感じている。
「気持ちは分かります」
「たいていは学校終わりだとか仕事終わりだとかに時間作ってやってきているけど、中には仕事辞めた人までいるにゃ。そういう人は良くも悪くもストイックだからあまり関わり合いにならない方がいいにゃ」
「それってどういう――」
みーさんに聞き返した時だった。
「おい店員、どこにいるんだ!」
カウンターの方から怒鳴り声がした。
「す、すいませんー! 今行きますにゃー!」
慌てたせいか語尾も忘れてみーさんが駆け戻って行く。
この時間はお客が少ない時間帯で一人になりやすいようで、運悪く荒っぽい客が来てしまったらしい。
雑談で油売っていた彼女に非があるとはいえ、俺も関係があるのでそのまま出て行く気にはなれず様子を窺った。
客は三人組で、ぱっと見て大男とひょろっちぃ男たちだった。
機嫌が悪いみたいで腕を組んで終始指で腕を叩いている。
「あー、鑑定ですかにゃ。一回10DPポイント頂きますにゃ」
「いちいち言わなくても分かってるよ!」
男はレジ横に付いているキャッシュレス用の読み取り機にスマホをかざす。
1DPポイントが百円なので、鑑定は千円だ。
「それじゃあ『鑑定』。残念にゃがらこれは付加効果は無いにゃ。だから二百五十ポイントにゃ」
「はぁ!? 銅の宝箱から出たんだぞ!? そんなわけがあるかよ! めちゃくちゃ苦労してようやく久し振りに銅が出たんだぞ!? これじゃあ一人頭一万円にもなりゃしねぇ」
鑑定結果が出てすぐ男は苦情をもらした。
「と言われましても箱の種類はレア率が良くなるっていうもので、木でも稀に付加効果が付いている物は出るし、逆に銅以上でも付かない場合もあるにゃ」
「だったとしてもお前がそれを隠して言えばレアでもノーマルになるじゃねぇか! 他の鑑定持ち呼んで来い!」
「この時間は私一人ですにゃー。そんなに嫌なら二時間ぐらい後に来てもらえれば他の来がいますけどにゃ」
「そんなに待てるかよ! だったらさっきの鑑定分を返せ!」
「それはできませんにゃー。せめて私の鑑定結果が間違ってると判断されてからになりますにゃあ」
えらく揉めているようだった。
ただし話の言い分を聞けば単なる言い掛かりだ。
男は元からこういう性格なのか頭に血が上っているからか、無茶苦茶な論理を振りかざしている。
「それが信用ならねぇって言ってんだよ!」
「そんなこと言われましても。ルミナスお墨付きの鑑定持ちの言うことが信じられにゃいのであれば、野良鑑定持ちにでも頼むといいんじゃにゃいですかねぇ」
「余計に出費がかさむだろうが!」
「んなこと知ったことじゃないにゃ」
さすがにみーさんも苛立ってきて言葉遣いも段々と荒っぽくなってきた。
今度は別の男が代わって交渉に出る。
「なぁじゃあこうしようぜ。もうちょっと色付けてくれるだけでいいんだ。倍とは言わねぇ。三百でいい! へへっ、どうだ? お前が黙ってたら分かりゃしねぇって。何なら多少のキックバックをしてもいい」
「不正を働けと? 私も舐められたもんにゃ。あんたたちがそれを望むのは勝手だけど妄想までにして欲しいにゃ」
「ふざけんなよ! 鑑定持ちだからって優遇されて調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「適材適所にゃ。鑑定は戦闘スキルじゃないからその代わり戦闘面ではやや遅れを取るにゃ。戦闘スキル持ちならこんなところで道草してないで、もう一回ダンジョンに行ったらどうにゃ?」
「うるせぇやつだな。黙って言うことを聞けばいいだろうがよ!」
もはやこれは恐喝だ。
さすがに見ていられずに俺は飛び出した。
「あぁん、何だてめぇ。こっちは取り込み中だ。あっち行ってろ」
ギロリと過敏な男たちの視線がこちらに向く。
しまった。完全に無策だった。
衝動に任せて何の意味も無いことをしてしまった。これなら他の人を呼ぶ方がまだマシだ。
自分の浅はかな行動になじりたくなる衝動がが突き上げてくる。
「あぁいやその、俺も鑑定してもらおうかなってね。あはは」
何があははだ。自分で言ってて悲しくなってくる。
「見て分かるだろ。今交渉中なんだ。坊やは回れ右してお家に帰りな」
「あっははは。完全にびびってやがるぜこいつ。どうせ俺が助けてやるとか思って出てきたんだろう? 勇み足もいいとこだ。何にもできずにその場で震えてろチキンが!」
そりゃ自分より年上でごっつい男三人が相手で緊張しないわけがない。
せめて格下であれば別だが、むしろ全員が俺よりも格上だろう。
加えてこういう現場には慣れていなかった。
「あぁでも、どう見てもおかしいのはそちらですし」
突き刺してくる三人の視線に喉が絞られ思った以上の声量は出なかったが、それでもひねり出せる。
少なくてもこの間みたいに暴力沙汰を起こせばあのメイドが飛んでくる。そう思ったらまだ立ち向かえる勇気が持てた。
「調子いいこと言いやがって! どうせ俺たちが殴れねぇとでも思ってんだろ! 残念だったな、このっ!」
「うわっ!」
いきなり近付いてきて拳を振り上げられ、思わず目をつむって防御姿勢を取った。
しかし予想した攻撃はやってこない。
「くっくくく、あはははは! やっぱり完全にびびってやがるぜ!」
「その反応、後衛職だな。いつも後ろでふんぞり返ってるから度胸が付かないんだよ!」
それはフェイントだったらしい。
おかげで盛大にからかわれる。
「そうだよ、確かに俺たちはお前を直接手出しはできない。それは正解だ。だが他にも色々やり方ってのはあるんだぜ?」
「なにを……うっ!」
急に肩に手を回され、そしてぎゅっと強い力で締め付けられた。
まるで万力だ。こちらが両手で抵抗しても羽交い締めにされた腕はぴくりともしなかった。
それは激痛というほどの痛みはない。ただ真綿でじわりじわりとゆっくりと力がこもっていくかのような不快な感覚。
「これからお前を見つけるたびにこうしてからかってやろうか? えぇおい? 格好付けて出てきた間抜け野郎よ」
しょせん俺は非力なサモナーだ。
これを自身の力で振りほどく膂力は持ち合わせていないし、おそらくレベル差だってある。
どうにかして一矢報いてやりたかったが、ここで騒ぎになること自体が間違いなんだ。
上手く収める良い案が何も浮かばず思考が空回りする。
「いい加減にするにゃ……」
みーさんが震えていた。
「はぁ? 聞こえねぇな。値段を釣り上げてくれる気になったか?」
「もう頭きたって言ってんのよブサイク面共!」
彼女は突然、胸ほどにあるカウンターの台の上にその場からの垂直ジャンプで上に乗った。
見上げ呆然とする俺たち。
「ま、待て! 暴力はダメだろ! ルミナスの規約に反するぞ!」
「うるさい! お前らみたいなクレーマー相手にへーこら従ってるなんてやってられるか! 覚悟しな!」
その動きは俊敏だった。
即座にそこから跳んで飛び蹴り。男の顔にモロに入った。
「ぶっ!?」
着地すると同時に身を低くしてよろこめくそいつ腹を三連打。
さらに顔面を平手打ち二往復。
「この野郎っ!」
仲間を助けようとした二人目にはポケットから出したシャーペンを投げつけた。
「ぐっ! こんなもんじゃ――」
もちろんそれではダメージにもならない。
けれど一瞬、そっちに意識が奪われた。
その間にみーさんは駆け出し跳び上がり、相手の髪の毛を持って鼻にひざ蹴りを決める。
電光石火の素早さだ。
体術という面では似通っているが、明らかに白藤先輩よりも数段早い。
これが三十層の実力か。
「お、お前、こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」
「そっちから喧嘩売ってきたくせに、やられたら今度は被害者面? どんだけダサいのよあんたら。意識失う前の最後の言葉がそれでいいの?」
「く、くそっ!」
「うわっ!」
最後に残った男は掴んでいた俺を解放し、みーさんにぶつけた。
「おっと、大丈夫?」
「はい、すみません」
助けに出たつもりが逆に助けられた。
さらに俺の行動の結果、彼女に暴力騒動を起こすことになってしまったのだ。
こんなに情けない話ってあるかよ。
「あ、逃げられちゃったか」
男はその隙に仲間二人を残して逃走したらしい。
もう後ろ姿は店内から出て行こうとしていた。
今から追えば彼女なら追いつけるだろうが、そんな気はなく留まることを選んだ。
「本当にすみません」
それしか言いようがない。
てか俺、この間のおっさんたちの時もそうだけど、良いとこないなぁ。
「いいのよ。おっと、いいのにゃ。むしろ助けようとしてくれてみーさん嬉しかったにゃあ」
「でも俺のせいで処分されちゃうんじゃ?」
「ん~、まぁ店内には監視カメラがいっぱいあるからどっちが悪いかなんてすぐ分かるだろうし、スタッフの一員でもあるからそんな大事にはならないんじゃないかにゃあ。こういうギリギリを責めてくる悪どいやつってのはけっこういて、他の店員も被害に遭ってはいるんだにゃ。だからむしろこいつらの方が出禁になったりして罰を食らうと思うかにゃ。案外レオンさんそういうところはちゃんと裁定してくれるにゃ」
「ならひとまずは安心しました」
ここまで自信たっぷりに語られたら信用できると思う。
「まぁそれはともかく。これに懲りずにまた来て欲しいにゃ。お姉さん嬉しかったのは本当だから。そうだ。これあげるにゃ」
彼女が自身のボードから取り出したのは花柄の文様が彫られた銀の腕輪だった。
「これみーさんが初めて出した装備にゃ。思い出に取ってたんだけどあげるにゃあ」
「え、そんなの受け取れませんよ」
「いいからいいから。ボードのこやしにしているより人に使ってもらった方がいいかにゃって思ったのにゃ。効果はAGI+2とDEF+2の微々たる効果しかしかないやつだから他に交換する物ができたら交換してもらって構わにゃいし。ただその時は君が誰かにあげて欲しいにゃ。そうすればその腕輪もきっと本望にゃ」
思い入れもあって、売れば確実に数千円以上はするそれをみーさんは渡してくる。
俺なんて何の役にも立ってないのに。本当にありがたい人だ。
万感の想いを持ってそれを受け取った。
「はい、ありがとうございます」
それから警備の人を呼んで事情を説明し、解放されたのは一時間以上経った後で、今日のダンジョン探索はほとんど進まなかった。
一応、事情をメンバーに話したら、
「ちっ、まぁそういうことなら仕方ねぇか。女を守ったんなら褒めてやる」
「す、すごいね新堂君。僕にはそんな勇気持てないよ」
「はー。先輩、武勇伝作っちゃったんですねぇ。でも店員さんの好感度より、私の好感度が上がることをもっとしてくれてもいいんですよ」
と、怒られずには済んだ。
良い仲間を持って幸せだよ。
・新堂直安
職業:召喚師(サモナー)
レベル:3
HP:51(51)
MP:24(24)
装備:木の杖(MAG+3)唐草の腕輪(AGI+2 DEF+2)
スキル:地属性召喚Lv2(コボルト、マッドドール) アブソーブ
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