第18話 二層目

「お、面子が変わったな」



 翌日、二階層からのスタートとなった。

 一層目はもう別れ道も潰してきたしやることはレベリングぐらいしかないので、予想通り白藤先輩の強い要望で先に進むことに。

 ダンジョンの見た目は別段何も変わらないが、モンスターの顔ぶれは変化があった。


 前方がからやってくるのは犬――いや狼だ。

 日本では絶滅したとされるそれらは歯を剥き出しにして二体がこちらへ迫ってきた。

 四足歩行の生き物のトップスピードはやはり早い。

 あっという間に彼我の距離は縮まった。



『ガ――キャウン!』



 そこに泥の地面に潜って待ち構えていたマッドドールが下からその身を突き出した。

 迎え撃つこっちからしたらこれぐらいの罠は仕掛けられる。

 狼たちの頭がもっと上にあれば違ったかもしれないが、彼らからしたら頭上にある俺たちを見ながらの走行ではどうしても地面には視線が向かない。

 そこの弱みを利用できた形だ。


 てか、マッドドールが優秀過ぎる。

 隠密ができて盾にもなり、掴まえれば確実に一体一殺が可能。MP10消費はなかなかにでかいがその価値はあった。

 唯一の弱点は足が遅いこと。全速力でも俺たちの歩行速度しか出ず、おかげで奇襲には向いていない。

 件のマッドドールはすでに自身が攻撃して転がった狼をその泥の手で絡み付かせじわじわと締め上げていっている最中だ。



「ふん!」



 残る一体に熊井君が棍棒を振るう。

 ど、っと肉に打ち付ける音がして狼はやられながらも受け身を取った。

 あの一撃でも動けるというのはさすがに一階とは違うらしい。



『グルルルル!! ガウ!! ガウ!!』



 柔軟な筋肉と毛皮がダメージを殺したのかすぐに立ち上がり犬歯を見せこちらを威嚇してきた。

 


「くっ……」



 一層とは違い明確な殺意の乗った感情をあらわにしてくるモンスターに熊井君が気圧される。


 吠えるというのは威圧だ。

 大きい声で相手を縮こまらせ動きと思考を緩慢にし、自分を大きく見せようとする行為。

 動物の中でも犬や狼という動物たちはそれに優れている種類と言っていい。

 それにスケルトンたちやコウモリでは感情が薄くこちらも受け取るものが少なかったが、こうもリアルな狼が相手だとやりにくい。

 昔のヨーロッパでは犬の遠吠えが魔除けになると信じられたとかなんとか……あれ? まさか……。


 そこまで考えてから嫌な予感がしたのでボードを取り出して確認する。

 なんとびっくり。熊井君に『攻撃力減少(少)』という表示が付いていた。

 げ、マジでそういうのあるのかよ。



「熊井君が攻撃力減少の状態異常に掛かってます!」 



 こっちに魔法があるとしたらモンスターには特殊攻撃があって然るべきだ。

 毒攻撃ぐらいならあると思っていたが、まさか吠え声にデバフ効果が付いているとは。



「はぁ!? 熊井一旦下がれ俺が相手する」


「は、はい!」



 白藤先輩と熊井君がスイッチした。

 熊井君の手を見ると少し震えている。これが特殊効果か。

 


「さぁ来いよ犬っころ、俺が相手してやる」



 白藤先輩が人差し指でくいくいっと挑発する。

 それの意味が分かったのか分かってないのか、狼は足を瞬発させた。

 三メートルほどあった距離が一足飛びに無くなり、その歯で先輩の細腕を噛み切ろうと急襲してくる。


 けれど白藤先輩は驚くほど冷静だった。

 腰だめに構え静かに息を吐きながら、身をよじり右手を左の脇腹に添え準備していた。

 ただの喧嘩殺法ではなく、その姿はまるで技と術の匂いがする『居合切り』だ。


 驚くことにその目は半目で敵自身をまったく強く意識していない。

 感覚の半分を意識外に起き、目の前に危害を加えるモンスターがいるということを忘れているかのように完全に脱力しきっていた。


 そして狼が自分の間合いに入った一瞬で――右手を甲を解き放つ!!

 最速、最短距離で裏拳が狼の顔面にヒットし弾き飛ばした。 


 おそらく十数キロから二十キロぐらいはある狼がどういう理屈化通路の真ん中から壁に頭から叩き付けられ、熊井君の攻撃でも死ななかったのに光の粒子となって消える。

 同時にマッドドールがもう一体の狼を屠った。


 さらに美味しいことに木の宝箱が出現。

 初っ端で宝箱が出るのは嬉しいことなのだが、しかし俺たちの関心はそこにない。



「ん? なんだお前ら? そんな間抜け面を晒して。あぁいや、いつものことか」

 


 白藤先輩がぽかんとする俺たちに向けて言い直してまで辛辣な言葉を投げ付けてくる。

 


「それってスキルじゃなくて技ですよね? 格闘技習ってるんですか?」


「まぁ小さい頃に変な爺さんに護身用としてちょっとな」



 今の技が護身用って、犯人殺す気だよこの人。

 


「せ、先輩。格好良過ぎです。今度、模造刀でもいいので刀を持ってみませんか? きっとめちゃくちゃ絵になりますよ! 私が写真撮ります! いえ撮らせて下さい!」


「お、おう。いやおうじゃねぇ。やらねぇよ」


「そんな殺生な~。きっとコスプレ会で覇権を取りますよ!」


「やらねぇって言ってんだろ。しつけぇな。いいから宝箱開けろ」



 目を輝かせ急にキャラが変わった雨宮さんに押され気味だった白藤先輩だったが、すぐに調子を取り戻したようだ。

 この人がホントなんでクレリックなんだろ。癒やし要素が皆無で謎が深まるばかりだ。


 

「でも実際、美人だからなんだって似合いそうだよね」


「まぁそれはそうだね。モデルのスカウトが来てもおかしくないレベルではあるよね」



 女子二人の浮かれ話には近寄れず熊井君とぼそぼそと話す。

 これ聞かれたら俺らにもとばっちりがきそうだ。


   

「えーと、今回の中身はローブですねぇ。使えそうなのは白藤先輩か、新堂先輩のどっちかでしょうか」



 パーティーのルールとして、装備が出て新調できる際はその人に優先的に回すことになっている。

 今装備しているものよりも性能的に劣ったり、装備できない場合は売って山分け。

 だからこれはどっちかの物になるわけだが……。



「新堂、お前が使え」


「え? いや俺よりも前線に出て戦っている先輩の方が被弾率が高くなってくるでしょうし、先輩が優先して下さいよ」


「俺はまだいい。最悪、金を出して買ってもいいしな」



 単純な強がりかどうか読めない。

 俺の身を案じてって感じだったら嬉しいけど、そういうキャラでもないしなぁ。

 


「俺のことならそんなに気を遣ってもらわなくてもいいですよ」


「んなこと気にしちゃいねぇよ! 要らないなら売っちまうぞ」


「え、いやさすがにそれは困ります」


「だったら黙って受け取れ」



 強引にローブを渡される。

 返せる雰囲気でもなかったのでボードに仕舞い、装備した。

 確か武器っちの棚にあった記憶ではDEF+2だったかな。

 無いよりはマシといったところだろう。

 

 そうして進むと今度はやや大きな広間に出た。

 チュートリアルのホブゴブリン戦を想起させられる場所だ。

 ただ人数はやや少なくて狼が二匹にスケルトンが三体。

 混成部隊だ。



「隠し部屋は無し!」


「こっちもありません!」



 まず最初に確認するのはホブゴブリンがいたような隠し部屋の存在。

 あの時のように思わぬ援軍がいないかは調べないとまずい。あれはあれで良い教訓にはなったな。

 両脇を俺と雨宮さんで見たが、部屋や通路などは一切無かった。


 その間に、ガチャガチャと骨が音を立て、スケルトンと狼がやって来る。

 ここで助かったのは二種類のモンスターたちの速度に違いがあったことだ。

 一気に襲いかかられたらやばかったが、おかげで数秒以上のラグが生まれた。


 まず狼の一体はさっきの要領でマッドドールが相手をする。

 それにぎょっとした狼は足を止め、タイミングを見失った熊井君の棍棒が地面に激突してしまった。



「うわっ!」



 地面を叩いたショックでじーんと手が痺れるような痛みを熊井君がもらす。



『ガルゥ!!』



 手が止まってしまった彼に狼が牙を剥く。

 それを彼が寸でのところで棍棒を盾にして防ぐ。

 しかし牙はガチガチと棍棒の柄の部分を噛み削ろうとする。


 その間にスケルトンたちも到着した。



「ちっ! 俺がスケルトンを食い止める。そいつは任せた」



 白藤先輩が囮を買って出てくれた。

 スケルトンは動作が鈍く、攻撃も大振りなためしっかり間合いを掴んで空振りさせれば攻撃が入れ放題だったりする。

 だからあの人なら囮というか一人で二体ぐらい倒せるので心配はしていない。



「ひぃぃぃ!」



 棍棒越しに狼の生暖かい息を掛けられながら熊井君が呻いた。

 こっちも援護しないと。

 

 本当ならこうなる前に杖で小突いてちょっかい掛けたりしたいところなのだが、棍棒をガンガン振り回す熊井君の近くに行くだけで誤爆を食らいそうなので、敵や彼の動きが止まらないことには俺たちも近寄れないのだ。



「新しいスキルを試してみます! 『毒斬りポイ寸スラッシュ』」



 雨宮さんの言葉と同時にナイフの刀身がどす黒く変色する。

 その絶対に触れたくない刃が狼の横っ腹へと刺し貫かれた。



『ガアアアァァァァ!!』



 じたばたともがき苦しむ狼。

 剣を突き入れられる痛みと毒を流し込まれる二重苦だ。

 ものの数秒で顔色が悪くなっていき、棍棒から顎が外れ、狼が四つん這いで地面に着地した時にはもう口から泡を吹いてふらふらだった。



「これはえげつないな」


「正直、自分でもびっくりしています。MPは5も使うので乱用はできないですがここまで即効性があるとは思いませんでした」



 毒の効き目は抜群。

 スケルトンやコウモリには使い所が無かった雨宮さんの新スキルは生物には効果覿面てきめんだった。



「えーと、どうしよう。放っておいても死にそうなんだけど」


「どれぐらいの時間で毒で死ぬのかどうか実験してみよう。警戒は解かないままちょっと放置で」



 熊井君にとどめを刺してもらうことも考えたけど、毒で犯された場合はどんな感じになるのか知っておきたかった。

 悪趣味かな?


 その間に、白藤先輩の戦闘を眺める。

 先輩は綺麗にスケルトンたちの斬撃を避け腕の付け根や関節などに打撃を加えていっていた。

 まるでワルツを踊っているかのように素早く軽やかで的確だ。

 囲まれているがゆえに足を止めずに最小限の攻撃だけで応戦し、一発ごとに骨が割れ相手の戦力が削られていく。



「はっ! 楽しいねぇ!」



 戦闘狂バトルジャンキーのような台詞を吐いて立ち回る白藤先輩は楽しそうだ。

 だがその楽しいひと時はすぐにスケルトンたちの全滅という形で幕を閉じる。

 気付けばマッドドールが相手していた狼も、毒だった狼もお亡くなりになっていた。



「よぉし! このまま今日中に三層目まで行ってやるぞ!」



 興奮が醒めない先輩が鼻息荒く言ってくる。

 そんな無茶な! とその時は思ったが、本当にこのまま初見で二層目を突破してしまった。

 勢いって恐ろしい。

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