第17話 新しい召喚モンスター

 スケルトン四体のうち、一体はアーチャータイプだ。

 全員近接系の時もあれば弓矢使いが混じっていることもある。

 初戦では白藤先輩が強硬突破して潰したが、あれを野放しにすると不利になるのは明白で、やはり最優先で叩かないといけない。



「ちっ! また俺が突っ込んでやる!」


「待って下さい! 新しい力を試させて下さい!」


 

 ただし今回は若干、前衛の密度が厚い。

 スケルトン自体はかなりノロマで俺でも攻撃を凌ぐことができる。

 しかしそう何度も白藤先輩の奇襲のようなアクロバティックに頼るわけにはいかない。

 もっと安全で安定する戦い方を確立するべきなのだ。



「……やれ!」



 瞬きをするほどの時間だけ考え、OKが出た。

 この人の判断の早さだけはホントすごい。



「やります! まずは『アブソーブ吸収』!」



 俺の力ある言葉に反応し、コボルトが光の粒子となって消えていった。

 代わりに僅かながら俺に力が戻ってくるような感覚がある。

 MPは3回復した。



「そして出ろ! 『マッドドール』」



 言葉を発した瞬間、コボルト召喚の時以上に吸われている実感があった。

 だがそれ以上にもっと強いモンスターが出るんじゃないかという溢れる期待感が体を熱くする。

 俺の喚び出しに応じて新しい『モンスター』が光を形作り召喚された。


 それは全身を流動体の土で形成され、人の形を真似ていた。

 全身がどろりとしていて、顔や髪のパーツはあれど無表情で無機質。

 外見的なイメージはハニワに近い。髪のパーツががやや長いので女性か中性的な容姿とも言えるが、姿を表したのはまさしく泥の人形に相応しい風体だった。

 

 足元には泥の水溜まりのようなものができていて、そこから膝から上が発生しているので身長としては雨宮さんより低く、コボルトとそんなに差は無い。

 あまり俊敏そうではないが、どことなく泥の精霊のようでもあった。



・新堂直安

職業:召喚師(サモナー)

レベル:3

HP:45(51)

MP: 2(24)

装備:木の杖(MAG+3)

スキル:地属性召喚Lv2(コボルト、マッドドール) アブソーブ


 ボードをちら見すると、残りMPが2になっている。

 ということはこいつ一体でMP10も消費するのか。



「あの弓矢を持つスケルトンアーチャーを何とかしたい! 頼めるか?」


『……』



 泥なので声帯は無いのか無言でマッドドールが頷いた。

 そこに狙いすましたかのような矢が一射飛来する。

 矢は風を切り、どす、という音をさせマッドドールの眉間にヒットし仰け反らせた。



「やばっ!?」



 いきなりのクリーンヒットに心配で声が出てしまった。

 生物であれば脳がある頭をあんなもので貫かれたらおしまいだ。

 せっかくMP10も使って出したモンスターがものの数秒でやられるなんてついていなさすぎる。


 そう思ったのもつかの間、マッドドールは刺さっている矢を手で強引に掴んで地面に投げ捨てた。

 まるで顔に葉っぱでも付いたのを落としたような自然な動作。

 どうやら泥だけにあれぐらいの矢であれば射撃耐性があるようだった。



『……』



 そしてここからが見もの。

 マッドドールは自身の体をその足元の泥溜まりにちゃぽんと沈ませたのだ。

 突然、最も間近にいた敵がいなくなったことに前衛のスケルトンたちが足を止め動揺し始めた。

 そんなことは気にすることなく地面の中をダイビングするかの如くマッドドールが入った泥は、やや遅いながらもスケルトンたちの足元を悠々とくぐり抜けアーチャーへと向かう。

 辿り着いたや否や、いきなり泥から姿を現しスケルトンアーチャーを羽交い締めにした。

 コボルトでは拘束するのがやっとであったが、メキメキと骨が軋み折れていく音がこちらまで響いてくる。

 そうしてサバ折りで上半身をバッキバキにへし折られたスケルトンアーチャーは倒された。



「これは強いな」



 射撃をほぼ無効化し勝手に後衛を潰してくれるのは相当楽になった。

 俊敏さではコボルトには負けるけど、力もあるし一人で倒せるという点も大きい。

 


「よっし、次は俺たちの番だな。やるぞ!」


「はい!」



 熊井君が棍棒を握り締め間合いを詰める。

 迎撃にスケルトンから刃が飛んで来るが、それを余裕を残し躱し戻される前に手首を棍棒で砕いた。

 無駄が少なくなっているのを素人目に見ても理解できる。


 幾度か戦った経験上、スケルトンは動きが遅い代わりに他の生物と違って痛みで動きが鈍るとかということは少ない。

 だからここで止まると反撃を食らいかねないことはみんなもう体で知っている。



「『スマッシュ!』」



 獲物が落ちて無防備になっているそのスケルトンを熊井君が振りかぶった横のスィングで一気にかっ飛ばした。

 一撃でバラバラになったスケルトンの骨が他のスケルトンたちにお見舞いされる。

 


「いいぞ熊井!」



 うちの肉食獣はその隙をぎらりと光る目と闘志を滾らせ突貫した。

 一足飛びに距離を縮め一体のスケルトンの前で優雅に一回転した白藤先輩は、その遠心力を利用し渾身の裏拳を炸裂させる。

 革のグローブが当たったと同時にスケルトンの頭が粉々になった。



「うおおおおおお!!!」



 さらにまだ残る胴体の剥き出しになっている肋骨部分を掴み豪快に振り回し、最後の一体へと衝突させる。

 この人、本当に光魔法取ったんだよね? スキル的には戦闘とは何にも関係していないのにもっと活き活きとしているように見える。



 仲間の骨に押し潰され壁に押しやられたスケルトンにすかさず雨宮さんが肉薄した。

 ナイフに付加されているAGI+3の効果のおかげかその動きは気持ちキビキビとしているようにも感じる。



「やぁぁぁl!」



 両手でナイフを逆手に持ち袈裟斬りに斬った、

 それは肩甲骨から肋骨を破壊し、そして返す刀で腰骨を切断することに成功する。

 見事胴が分かたれたスケルトンはぐらりと倒れ消滅。

 雨宮さんもLv1ながらナイフの扱いが上手になっているのを確認できた。

 

 

『キキィ!?』



 おっとそういやコウモリがまだいたんだった。

 自分が連れてきた援軍があっさりと返り討ちにあったことに羽ばたきながらも呆然としているようだ。

 だが、敵討ちという思いには駆られなかったのか、また踵を返して逃げて行く。

 


「新堂、磁石貸せ」


「え、はい」



 白藤先輩の要求に手に磁石を渡す。



「そらよっ!」



 彼女はそれを持って振りかぶり残るコウモリに投げつけた。

 剛速球で飛ぶホームセンターの磁石たち。



『ギィ!?』



 そのうちの一つがなんと直撃してしまう。

 磁力がどうとかではなく物理的に撹乱させられたコウモリはそのまま落下し、地面でピクピクと痙攣する。

 足止めするだけで良かったのに、これではもはや投擲武器だ。さすがにこれ以上は逃げられないだろう。



「うわ、よく当てられますね」


「狙いはしたが、さすがに偶然だろ。けどすまん、えらく遠くまで行っちまった」


 

 あまりに強過ぎて他の二個は視認が難しいほど飛ばされてしまっていた。

 


「一個八百九十円ですよ!? 壊れたり失くしたら先輩が弁償して下さいよ!」


「わーったよ。そんなケチくさいこと言わなくてそうなったら払ってやるよ」



 税込みで三千円を超える出費をして一日で壊れたりでもしたら泣くぞ?

 俺は駆け足で暴投によって消えた磁石を追った。

 ダンジョンで一人で行動することほど心細いものはない。しかし今は戦闘後の高揚感と金銭感覚によりそっちの方が勝ってしまっていた。



『……』



 途中でマッドドールが私が行きましょうか? みたいな感じのジェスチャーをしてくれたが、彼女の速度では時間が掛かりそうだと思ったので遠慮する。



「あー、あったあった。げ、欠けてるじゃん!」


 

 磁石は欠けはあったものの、使えなくなるほど壊れてはいなかったが、ショックには違いなかった。ひでぇよ先輩。

 上手いこと転がったのか思ったよりも飛距離が出たそれらの埃を払い丁寧にポケットに回収し終え、頭を上げると――そこには黒いもやがあった。

 どうやら二階への入り口みたいだ。



「マジか!」



 実にラッキーだった。

 話によると階層ごとのスタート地点のもやで、すぐにショッピングモールへと帰還できるらしい。

 なのでさっきまで戻ることを考えていたが、ここに入ってすぐにニ階層目のもやから帰れるのだ。

 


「たまにはあの人の行動も役に立つんだなぁ」



 聞かれたら殴られそうな感想がぽつりともれてしまう。

 まぁそれぐらいはね。


 それよりもだ。ということは明日から二階層か。

 せっかくここで安定してきたばかりだというのに、先輩のことだから進むと言い出すのは目に見えていた。

 


「黙っているのもありか?」



 そんなことしても一日か二日ほどの時間稼ぎにしかならない。

 けれどあと一レベルぐらい安全マージンを取りたくもあった。

 


『それでは上には行けない』



 ふいに四季さんの言葉が脳裏を過ぎり思い出される。

 あー、そうだった。俺はあの人の忠告を無視して喧嘩を売ったんだった。



「男は女の子の前では格好つけるものって言っちゃったもんなぁ」



 この場にいなくても四季さんはきっと気に掛けてくれているはずだ。

 あの人に見られていると思うと背筋がしゃきっとしてしまう。


 そして彼女はさらに『追いついてみなさい』と告げてきた。

 まるで上からチャンピオンが新人を鼓舞するかのごとく。

 それは期待されているということだ。

 右も左も何にも知らず才能が無いとまで評価された俺たちに、ここまで上がって来いとリップサービスや単なる気の迷いであったとしても確かに彼女はそう言った。


 ならここで足踏みしている暇はないか。



「しゃーねぇなー」



 白藤先輩のモノマネを口ずさみながらよっこらせと立ち上がる。



「女の子の尻を追っかけるのも悪くはないな」



 俺はみんなを呼びに戻り、二層へと足を進めた。

 

 


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