第7話 扉の先は
「短剣か。短剣っていうと盗賊の雨宮さん用かな? 持ってみてくれるかい」
「は、はい」
彼女は箱の中からナイフを取り出し鞘から抜いてみせまじまじと見つめた。
鈍く刃が光を照り返すの刃先はやや反り返っていて刀身は三十センチも無い片刃の短剣だ。
「ステータス変化は……あ! いつの間にかレベルが2に上がってます!」
「何!? マジだ」
雨宮さんが短剣の効果をボードで確認しようとしたら、レベルが上っていることに気付いたらしい。
みんなもレベルに2に上がっていた。
・新堂直安
職業:召喚師(サモナー)
レベル:2
HP:41(48)
MP: 0(17)
装備:なし
スキル:地属性召喚Lv1
・熊井健太郎
職業:守護騎士(ガーディアン)
レベル:2
HP:71(88)
MP: 4 (7)
装備:未鑑定武器
スキル:苦痛耐性Lv1 片手武器術Lv1
・雨宮雫
職業:盗賊(シーフ)
レベル:2
HP:55(61)
MP: 2(17)
装備:未鑑定武器
スキル:闇魔法Lv1
・白藤琥珀
職業:僧侶(クレリック)
レベル:2
HP:55(59)
MP:11(17)
スキル:不明
装備:なし
左が現状の数値で()内が最大値だ。
スキルポイントもまた1ポイント振れるようになっていた。
ただし『地属性召喚Lv1』を取得後に『地属性召喚Lv2』が現れていたのだが、それは灰色になって押せない。
きっとポイントを2以上使わないと覚えられない仕組みなんだろう。
「思ったより上がってるね。でもレベルアップ分は回復しない系か。これだと雨宮さんの闇魔法がもう一回撃てないのが辛いところ……っていうか雨宮さんだけ盗賊なのにMPの上がりが高過ぎだねこれ。魔法職並の上がり幅だ」
「ひょわわわわ。なんかすみません」
「いや怒ってるんじゃないけど。あっ、ひょっとして。ちょっとその短剣を床に置いてくれない?」
「分かりました」
彼女がひょいっと足元に置くとMPが17から12に下がった。
「やっぱりだ。それが雨宮さんのMPを上げてるんだ」
「なるほどです。熊井先輩の棍棒はステータスに影響していないですから、意外とこれレアなのかもしれませんね」
「銅の宝箱から出たやつだしそうかもね」
レアと聞いて気を良くしたのか少し頬の口角を上げてもう一度短剣を持ち出し、何もない空間で素振りをし始めた。
素人の振り方なのと雨宮さんが小さいのもあって子供が遊んでいるようにしか見えないが、それは言わないでおこう。
「あ、これボードに仕舞うこともできるみたいですよ!」
「うわ、マジか。こわっ」
雨宮さんの手に持ったナイフが消えたり現れたりを繰り返していた。
その光景が異様だったのでつい本音がぽろりと出る。
「まぁでもずっと持っていなくていいのが分かったのは良いことだよね。で、スキルポイントはどうしようか?」
「また新堂君に任せるよ」
ちょっとお疲れ気味の熊井君。危ういところでホブゴブリンの追撃を捌いていたが、僅かにHPが減っていることから少し攻撃を食らっていたっぽい。
そろそろ精神的にも慣れないこんな場所でのモンスター退治をさせられ、ちょうど一山超えたあたりでどっぷりと疲労が溜まってきていた。
「うーん、他のスキルLv1を取得してみたい気もするけど、最初は一点突破が良いと思うんだよね。大体こういうのってLv2ぐらいから本格的になっていく感じがするし。っていうか先輩、ちゃんと光魔法は取ってもらってるんですよね? いざとなって後回しにしてましたはナシでお願いしたいんですが」
先輩のHPとMPはボードで見れるからいいけど、スキルに関しては未だ明確な申告をしてもらっていない。
さすがにさっきのようなピンチがあったばかりだとこのままうやむやにするのは不安だった。
「……うるせぇな。取ってるよ。お前が期待している通り、
「それほぼ手遅れですから! 生死の境を彷徨わないと回復してくれないヒーラーとか鬼畜過ぎッスよ!」
「嫌だったら攻撃食らうな。そんだけだ」
当たらなければどうということはないをやれと!? こちとらゴブリン一匹だってすぐには倒せないほど貧弱なんですけど。
まぁとりあえず光魔法を覚えて回復が使えるようになっていると言質を取れただけで良しとするか。
「先輩、私的には『盗み』も気になるんです! それにせっかく短剣を取れたことだし『短剣術』もアリではないでしょうか?」
素振りは止めたのかすっかり武器を手にして自信を付けた雨宮さんが会話に入ってきた。
「それもいいけどそれって前線に出て戦うってことだよ? やれる? チームとしては肉弾戦ができる人が増えて助かるんだけどさ」
「うっ、それは……ちょ、ちょっと考えさせて下さい」
たぶん想像では快刀乱麻の活躍を頭に描いていたんだろうけど、現実にさっきのホブゴブリンと対峙した時のことを想像したっぽい。
言い淀んで顔を背けてしまった。
しかし彼女まで前に出て戦うとなると、後衛は俺だけか。
HP的にチームの中で最低にしても女の子の背中で見てるだけとか俺ヘタレ過ぎじゃね?
別に剣を持って切った張ったしたいわけじゃない。でもこれは男のプライドが揺らぐなぁ。
「とりあえず今のところ、スキルはみんな貯めとこう。雨宮さんは覚悟ができたら『短剣術』に振ってもいいよ」
「わ、分かりました」
何となく雨宮さんって煽てれば乗せやすい気がするし、あと何回か戦闘があったらまた自分から言ってきそうな気もするなぁ。
それから十分ほど雑談したり反省したりで小休止を取った。
たった三戦でもここまでですでに小一時間ぐらいは経っているし、精神的にも肉体的にも軽い休憩は必要だと判断したからだ。
本当はモンスターが
ここ以外で安全な場所な場所というと最初のスタート地点まで戻るしかなく、あそこまで歩くだけで面倒だったし。
「あ、MPがちょっと回復してる」
それを見つけたのは最終確認でボードを見た時だった。
わずかなれどMPが2回復していた。
「私はまだ回復していないですから、そうなると一時間に最大MPの約一割ほどが回復するって仕様ですかねぇ。固定値だったら悲惨ですが」
「あー、そうだね。俺がMP消費したのと雨宮さんが消費したのは時間差あったもんね。たぶん一割で合ってそう」
「そうなるとここで全回復まで待つ……のは無理ですね。食料もトイレもないこんなところであと七時間以上待機するって現実的じゃないですし、モンスターがリポップするかもしれない問題もあります」
すらすらと述べる雨宮さん。
この子は飲み込みが早いし、けっこうゲームとかしてそうな感じだなぁ。
それに俺たちの敵はモンスターだけじゃなく食料問題もなんだよな。ずっとこんな迷宮みたいなのが続くのなら、死因が餓死ってことも十分にあり得た。
飽食の日本に生まれて餓死だけは考えたことがない死に方でぞっとする。
「結局は進まないといけないってことだね」
もはやメンバーの中に救出を待つという選択をする人間はいない。
生々しくここがいつもの日常と違う空間であると見せつけられたからだ。
魔法が使えて、モンスターがいて、宝箱まである。そんな場所に誰も助けに来やしない。自分たちで探って自分たちで助からなければいけないのだ。
なので不安を残しつつ歩みを再スタートさせた。
そこから五分ほど何ない通路を進み続け、ようやく目新しい風景が広がる。
「うわぁこれ扉だよね。何でこんなものがここにあるんだろう」
そこは最初にいた袋小路の部屋に似ていた。
左右を確認しても他に通路はや別れ道はない。ここで行き止まり。
そして一際目立って部屋の中央にどんと構えているのは鉄とも違う不可思議な金属でできた両開きの扉だった。
高さは二メートル半はあって俺らぐらいなら簡単に通り抜けできる。
ただし最も異様なのはそれが
扉自体は重厚感があっても、ペラペラで横から後ろが見える。
そんな玩具のような存在が冗談のように置かれていた。
「これってあれだよね」
「あれですよねぇ」
「あれって?」
熊井君はあまりゲームとかやらないようなので、ただ単に扉があるという異様さしか感じていないみたいだが、俺と雨宮さんにはある程度察せられた。
「たぶんワープ装置みたいなものだと思う。開けたらこのダンジョンの別の場所に飛ばされるのか、それとも外に繋がっているのかは分からないけど。たぶんそうなんじゃないかと想像はできる」
こんな場所でなかったのなら扉があるからって「ワープできるんだひゃっほい!」なんて言ったら頭おかしくなったんじゃないかと噂され陰口叩かれて痛い子扱いされるかもしれない。
しかしここまでファンタジーを突きつけられたらそういう発想に行き着くのは自明の理と言える。
もう一度だけ部屋を見渡した。けれどやっぱり他に道は無い。ここが終点だ。
「まだ別の階層ならいいんですけど、もしボス部屋になんかと繋がってたりしたら……」
その可能性もあったか。この子の方がよっぽど思考がゲーマーっぽいなぁ。
雨宮さんの指摘に舌を巻く。
「確かにその危険性もあるね。なら少なくても雨宮さんのMPが闇魔法を使える3になるのを待とう。あと十分ぐらいだろうし」
本来はもっとステータス的なものを回復させて万全を期してから臨むべきなんだろう。
しかしながらやはり数時間もここで待機するというのはむしろ疲労になり、数値とは別に俺たちのストレスや精神的な疲れがピークを迎えていってしまう。
だからまだ元気なうちに進むのがベストだと俺は思う。
「さっき休憩したばっかなんだがしゃーねぇな」
先輩も魔法が一回使えるかどうかが生命線になるというのはきちんと理解していて口を挟んでこない。
それから特に話すこともなく各々部屋の隅っこに座って雨宮さんのMP回復を持った。
ボードを弄ったりコボルトで遊んだりして時間を潰す。
スマホは相変わらず電波は届いておらず、カメラや動画機能は使えるものの真っ暗で何も映っていなかった。
「回復しました。MPが2から4になっています。これで一回分は使えるようになりました」
その言葉で冷たい地面から尻を上げる。
「おし、じゃあ行くか」
一人だけ前向きというか元気なのは白藤先輩だけだ。
あとはどうしても不安を顔に出ている。たぶん俺もだろうな。
「じゃあ開けますね」
無機質な取っ手に手を掛けぐっと力を入れて引く。
するとあっさりするほど扉は開き、そしてその先には黒い空間があった。
わずか数センチの薄型テレビのような薄い闇だ。しかしその濃さは濃厚と言える。なにせ先が見えないのだから。
「こ、これがワープ装置?」
熊井君が頭の中に描いていたのとは違ったらしい。
俺はまぁ想定の範囲にはあった形だから、警戒はしても驚きはしなかった。
けれどただただ形容のし難い不可解な不気味さがそこにある。
「深淵をのぞく時、深淵もまたのぞいているのだ……」
雨宮さんがそれっぽいことをもらす。
中ニ病っぽいなぁ。
「めちゃくちゃ怪しいけどここしか行くところがない。勇気の見せ所ってやつですね。どうでしょう、提案ですが手でも繋ぎませんか? バラバラにワープされるかもしれませんし」
理屈ではおそらく大丈夫だろうと分かっていてもハッキリ言ってかなり怖気づいていた。
今の言葉は人の温もりにでも触れていたら踏み出す思い切りが生まれるんじゃないかと期待してだ。
しかし、
「はっ! お手て繋いで一緒にってか? 俺はやだね。ビビってんのなら最初に行ってやるよ」
白藤先輩に拒否られてしまった。
男二人もいてこの人が一番男らしいっていうのはどうなんだ。
彼女は胸をピンと張りそのままずんずんと闇に体を滑り込ませ瞬きするほどの時間で綺麗さっぱりいなくなってしまった。
「ひぃ!」
熊井君が小さな悲鳴をもらした。
いやこれは非難できない。俺は絶句して声すら出なかったもの。
「じゃ、じゃあ次は私が行きますね」
雨宮さんも身構えながらもその小さな体を暗闇に溶け込ませて消えた。
「ぼ、僕たちは手を繋ぐ?」
「あ~いや、やめとこう」
熊井君からの嬉しい申し出だが断った。
何というか二重の意味で恥ずかしい。
男だけで手を繋ぐのもそうだし、女の子二人が先に行って取り残された俺たちがそこまでしないと一歩を踏み出せないというのも。
――ええい、ままよ!
だから意を決して何も見えない暗黒の空間に身を沈ませた。
さぁこの先は一体どうなっている?
「は……あ? え? ここは?」
ぎゅっと目を閉じながら闇をくぐって一秒かそこらで再び目蓋を開けると、やはり全く別の場所に来ていた。
予期していた通りだとしてもさすがにあまりのショックに言葉が上手く紡ぎ出せない。
そして目の前には俺よりも十数秒ほど早くここに訪れていた白藤先輩と雨宮さんの姿もそこにはあった。
「うわっ!? え? 何ここ!?」
遅れて熊井君が後ろからやってくる。
後ろを振り返ると見覚えのある闇の空間がそこに佇んでいた。
ひょっとしたら双方向でもう一度入ればさっきの場所に戻れるのかもしれない。
「遅せぇな。結局ビビってやがったのか」
白藤先輩がこの場所のおかしさに動揺しながらも、いつも通り悪態を吐いてくる。
そんなに遅れたっけ? 体感ではちょっとおしゃべりしただけのはずだけどなぁ。
「それはともかくここってどこなんですか?」
「俺が知るかよ」
「でも明らかに
そう、ワープして抜けてきたここは先程までのいわゆるダンジョンとは打って変わってどこかの施設だった。
テナントが入っていない無人のショッピングモールというのがぴったりか。
しかし不気味なことに電気は点いている。内装もきちんと掃除をされていて、いつでも店舗を迎える準備はできそうな感じだ。
「私どこかで見たことあるんですよね……。あ! ここあれだ。分かりました!」
「え? どこ? っていうか知ってるの?」
てっきりダンジョンの一部かと思ってたら雨宮さんの既知の場所らしい。
「そうです。何年か前に廃墟探検で忍び込んだことが……あぁ今の内緒でお願いしますね」
「いいからとっとと話せ!」
「ぎゃぷっ!? すみません! こ、ここあれですよ、十年前に潰れた
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