第6話 それは罠だった
俺の号令と共にコボルトが走り出した。
傷を庇っているから万全の速力ではないものの、加速した速度ですぐに大広間に突っ込んだ。
『アォォォォォォッ!!』
予め気を引くため吠えるようにコボルトには言い聞かせておいた。
その咆哮に十六の目が一斉にコボルトを刺す。
『ギギ、ギギィ!!』
圧のある複数の視線を足を止めることなく掻い潜り、ゴブリンたちの脇を抜けたコボルトはそいつらを無視するかのように包囲を突破した。
『ギィ!』
こうなると全員がコボルトに釘付けになり、通路の角で隠れていた俺たちからすると背中を間抜けにも晒してくれた形になる。
「(行くぞ!!)」
ばっちりのタイミングだ。
先頭は白藤先輩。
できる限り足音を立てずにそれでいて速やかにゴブリンたちの背後へと急ぐ。
『ウォォォォン!!』
ひょっとしたらそのまま逃げ切れたかもしれないが、コボルトはきちんと俺の指示通り引き付けたのを確認してから立ち止まり、大声で威嚇をしてくれた。
それに襲いかかるゴブリンたち。
さすがに八体全てが一度にというのは難しいようだったが、五体がたった一体のコボルトに対して蹂躙しようとする。
「ギギギギギ!!!」
それは殴る蹴るの暴行だ。
ただでさえ肩に傷を負っていた彼はまず地面に引きづり倒され、身動きが取れない状態でいやらしく下卑た顔で嗤うゴブリンたちの暴力を刻みつけられていく。
足で顔や横腹を物のように蹴られ、
ほんの少しだけモンスターと言えども、傷付け消滅させることに内心では申し訳なさも感じていたが、そんなものは吹っ飛んだ。
そして自分が下した命令だというのに胸糞が悪くなって締め付けられるようだった。
本当にごめん!
コボルトにもHP設定があるのかは知らないが、わずか数十秒で彼は光の粒子へとその身を変え消滅していく。
しかし彼のおかげで気付かれずに背後を取る位置までこれた。
きっと白藤先輩や熊井君も俺と同じことを思ってくれたのだろう。振りかぶる拳と棍棒にはありったけの力が籠もっていた。
俺も怒り心頭だ。歪んだ形かもしれないけど仇はきっと取ってやる。決意を胸に俺もまだ油断しているゴブリンの背中に蹴りを食らわす準備をした。
そして大勢で少数を虐め悦楽を感じていた下品なゴブリン共に鉄槌を食らわ――
『――ギギギィィィィ!!!』
その瞬間、大音量の声が響いて俺たちは手や足を止めてしまった。
『ギギ!』
その声に反応してゴブリンたちはまるで背後に俺たちがいるのが分かったかのように突然背後に振り向く。
「ちっ! くそが!!」
「ひぃぃ!」
二人は大慌てで中断した攻撃を再開する。
しかし、白藤先輩は何とか一撃で仕留められたものの、熊井君は力が乗らずカスっただけで倒し切るには至らなかった。
俺も軽症のダメージしか入れられずにいた。
一体なんだ、誰が邪魔をした!?
今声がしたのは俺たちのさらに後ろだった。しかしそこは通路しかなかったはず。
首を捻り後ろを確認すると、そこにいたのは今まで遭ったゴブリンよりは一回り大きく、熊井君が持っているのと似た棍棒を持ち、明らかに
しかもさらに二体のゴブリンを追加で横に連れ立っている。これで数の劣勢はニ倍を軽く上回った。
なんと大広間の後ろの脇に小さなスペースがあったのだ。
そいつらはそこに隠れていた。
「ふざけんなっ!」
これじゃあただの罠じゃないか!
コボルト一体を失って作ったチャンスが想定以下の結果に終わってしまい、さらにはホブゴブリンという新顔の驚異と対峙することになってしまった。
いや、罠が無いと勝手に勘違いしたこっちの落ち度か?
「や、やばいです! 逃げ場もありません!」
雨宮さんの焦りで上擦った言葉が俺たち全員の心境を物語っている。
ホブゴブリンたちはすかさず俺たちの来た道を塞ぐように移動し、有利な状況を作るはずの奇襲が現状では挟み撃ちに早変わりしてしまった。
いやそいつに雨宮さんの闇魔法を掛ければおそらく逃走はできるはずだ。しかしそうなるともう奇襲は効かず、さらになけなしの魔法一回分を損失してしまうことになる。
このまま強行突破して前に進むべきか?
しかしこのまま包囲網を突破できたとしても奥にさらに敵がいたならば、今とは比べ物にならないほどの劣勢に陥ってしまう。
逆に来た道を戻ったとしても勝手にゴブリンたちがこの場所から移動しないと決めつけているが、ひょっとしたら最初の袋小路まで追ってくる可能性だってある。
迷う。何が最善か、思考がぐるぐると迷路にハマってしまったのように動かない。
「どうするよ、何かあるか? 何にも無ければこのまま徹底抗戦だ!!」
拳を握りいつでも迎撃する構えの白藤先輩が短く叫ぶ。
勝てないとは言わない。でもそれは一番被害が大きくなるやり方だ。
彼女としてもそれは分かっているに違いない。だから俺に提案を訊いてきたのだろう。
けれど俺の決断で重傷者が出るかもしれないのだ。そう簡単に決断できない。
「し、死んだら先輩に文句言うと思いますけど、気楽にどうぞ」
本気なのか冗談なのか分からない雨宮さん。
「新堂君、こ、怖いけど僕は君の指示に従うよ」
それに震えながらも棍棒を前に突き出して牽制する熊井君からも促された。
ブンブン振り回しても腰が引けていて上手く当てられないでいる。
それでも彼なりに必死だった。喧嘩とか絶対にしないタイプの熊井君もここに至っては歯を食いしばって何とかしようとしている。
三人共が俺なんかに託そうとしてくれる。
ゴブリンたちはそうしている間もジリジリと包囲を縮めてきた。
あぁもうどうにでもなれってんだ!
「全員でそいつが出てきた小部屋に向かう! そっちで戦おう!!」
「おうよ!」
「はい!」
「分かった!」
俺の指示にみんなからの肯定の返事が小気味よく返ってきた。
そして一斉に走り抜ける。
ホブゴブリンたちは挟み撃ちにしたことで勝ち誇って油断しており、想定外のことに一歩遅れ、妨害無く逃げ込めた。
小部屋へ続く道は短くそして狭い。今戦っている大広間どころか通ってきた道よりも行動が制限させられるほどに。
だからここを選んだ。
でもそれは敵も同じだ。ゴブリンたちがわらわらと追い掛けてくる。
「熊井君、入り口で応戦!」
「うん!!」
巨漢の彼が小部屋唯一の道を塞ぎ棍棒を振りかぶりバッターよろしく振り切った。
さっきまで当たらなかった攻撃も向こうからやってくるおかげで顔面を強打しクリーンヒットする。
『ギイィィィ!?』
見ているだけで痛そうな強烈な一撃により壁に挟まれゴブリンが消滅した。
『ギィ!!』
その隙に後ろにいたゴブリンが正面から熊井君に飛びかかるが、
「ふんっ!!」
頭上からの重く早い脳天を繰り出し、今度は地面にぺしゃんことなったゴブリンがまた消えていく。
怒涛の二連撃の成果にこの部屋を選んで正解だったと感じた。
「やるじゃん!」
「な、なんとか!」
まさに壁だ。何人たりとも通さない不朽不滅の壁となって立ちはだかった。
未だ受け身で自信なさげだが、今この場において彼はしっかりと『
残りはゴブリンが八匹、ホブゴブリンが一匹。
このやり方でなら正面からしか来れないし、熊井君のポテンシャルが引き出せ易い。
ゴブリンたちはたじろいでいた。
そりゃ目の前で二体が瞬殺されたのを目撃したんだ。怖気づくのは仕方ない。
『ギギギァァァァァァ!!!』
けれどホブゴブリンがそれを許さなかった。
こっちまでビリビリとお腹にまで響く怒気を孕んだ咆哮を上げ、臆して乱れた統率を戻す。
そして指示をし出した。言葉は分からなかったが、意味はすぐに知れる。
――特攻だ。
通路は細く二メートルも無い。ゴブリンでも二体がせいぜいで三体は肩が壁に付くぐらい。
そのような状態では腕を伸ばすことができず回避も攻撃もろくに行えない。熊井君の圧倒的有利な独壇場となる。
だというのに残酷な指揮官はその無理を通した。
三体のゴブリンがサンドバックになりにやってくる。
「馬鹿か、さっきまでのを見てないのか? しょせんはゴブリンってやつか」
後ろからそれを見た白藤先輩の小馬鹿にしたような言葉が届く。
その通り単なる頭に血が上って破れかぶれの決死隊であれば良いが、どうしても嫌な予感がした。
「はぁぁぁ!!!」
『ギァァァァ!!!』
今度はすくい上げるスウィングで熊井君の大振りが決まる。
二体が悲鳴を上げながら吹き飛び空中で消え、残り一体も返す棍棒で打ち据えた。
残りは三体。
そこに、飛来する影があった。
「な、うわっ!?」
熊井君と正面衝突し、彼は後ろに倒れてしまう。
その正体はゴブリンだった。
なんとホブゴブリンは自分の部下を投げ、消耗品のように扱い壁を突破しようと試みたのだ。
いや消耗品扱いは俺も同じか。
「ちぃ! 退いてろ!!」
咄嗟に白藤先輩が俺を押しのけ熊井君の上に乗ったゴブリンの頭を蹴飛ばし倒した。
しかし間に合わない。
通路からホブゴブリンを筆頭に残りのゴブリンたちが殺到しようとしていた。
『ギギギギギィィ!』
すぐに立ち上がろうとする熊井君にホブゴブリンは自身の棍棒で殴り掛かり、それを熊井君も座った態勢で何とか防御する。
お互いの棍棒が打ち合う乾いた音がいくつも生まれた。
そしてその脇を通り越えて四体のゴブリンが俺たちに襲いかかってくる。
俺に一体、白藤先輩に三体。いやらしい采配だ。
白藤先輩なら一体や二体ならそう時間を掛けずに倒せるんだろうけど、三体となるとさすがにやや時間が要るはずだ。
俺も不意打ちならまだしも、真正面からの睨み合いとなると簡単には倒せない。
その間に今も立たせてもらえず、上半身だけで攻撃を捌きつつ押されている熊井君が大怪我をする可能性があった。
HPがゼロになっても死とは限らないが、そんな事態は避けなければならない。
「『
天秤がこちらの不利に傾きそうになった瞬間、そこに
急な展開ですっかり忘れていた。そう言えばまだ魔法は使えたんだ。しっかりしろよ俺。
『ギギィ!?』
ホブゴブリンはいきなり真っ暗闇になって見えなくなったことに驚いて数歩後退し、その間に熊井君が立ち上がった。
「『コボルト来てくれ!!』」
さらに俺の召喚に応じてコボルトが地面から召喚される。
「白藤先輩のゴブリンを一体引き受けてくれ!」
『ガウ!』
これで先輩に余裕ができる。
雨宮さんの絶妙なタイミングでの闇魔法の行使により形勢がまたこちらに傾いた。
「うおおおおおお!!!!」
目が見えていない相手に卑怯、なんて騎士道精神はこの場にいる誰も持ち合わせていない。
熊井君が今日一番の声を張り上げホブゴブリンを滅多打ちにしていく。
技などない力任せの乱打だ。けれど闇魔法のせいで大した受けなどできない無防備な顔や腹などに命中していった。
だが、ゴブリンなら一発で沈むその猛攻を複数以上受けまだ倒せない。
「熊井君、スキルを使うんだ!」
「――分かった!! 『スマッシュ』!!」
そしてとどめの一撃が決まる。
豪、と振り切った棍棒の風がここまでやってくるぐらいの豪快なスウィング。
彼のスキルが発動した。
それを受けてホブゴブリンが光となって消失する。
『『『ギィ!?』』』
リーダーがいなくなったせいか、ゴブリンたちは動きを止めすぐさま背中を見せて慌てて逃げ出そうとした。
「おら逃がすかよ! 大人しくチリになりやがれっ!!」
そこに白藤先輩が背後から仕掛け、あれよあれよと残る四匹も全滅させてくれた。
本当に強いなこの人。たぶんだけど護身術か何かは修めてる感じがする。
何度もヒヤっとして絶望し掛かったが、そうして戦いが終わりを告げたのだった。
「お、終わった?」
「うん、お疲れ。これでここにいたゴブリンたちはみんないなくなった」
俺の言葉に、ふぅ、と全員が一息付いて胸を撫で下ろす。
一瞬の間のあとに、
「あは……あははは……」
「ははははは」
「ふふっ」
「くっくっくっく」
最初に笑ったのは誰だったのだろうか。
分からないがその誘いに釣られてメンバー全員が笑い出してしまった。
言葉で説明しきれない感情が湧き上がり一度漏れると止まらない。今感じた緊張感を一気に放出するかのように歯を見せ朗らかに緩やかに綻びお互いの無事を感じ合った。
「お前らもやる時はやるじゃねぇか。見直したぜ」
「先輩こそ迅速な対応さすがです」
「まぁな。それより熊井、頑張ったな」
「え? そ、そうですか?」
「うん、熊井君、すごかった。もっと自信付けていいと思うよ」
「そ、そうかな?」
ポリポリと頬を指で掻く分かりやすい照れ方をする熊井君。
でもちゃんと褒めておきたい。たぶんこの中で最も平和主義で『良い人』である彼がめちゃくちゃ頑張った。
この戦闘でほとんど無傷に近い勝利で終われたのは彼が逃げずに奮闘してくれたおかげだもの。それを讃えずにはいられない。
「そうですね、熊井先輩が覚醒してくれたおかげで助かりました!」
「か、覚醒って……」
「ま、よくやった。褒めてやる」
「あ、ありがとうございます」
三者三様に彼を労い、熊井くんもまんざらではない様子だ。
「他にも雨宮さんも目隠しの闇魔法のタイミングが絶妙だった。俺なんてテンパってて魔法が使えることを忘れてたよ」
「そう言われると照れますねぇテヘヘ」
雨宮さんも頬を染めて恥ずかしがる。
もう一言ぐらい言おうかなと思った瞬間、その彼女のお尻が急に光りだした。
「わっわっ! 先輩、何か出てきました!?」
いや正確には雨宮さんのちょうど後ろが小部屋の中心でそこが光って何かが出てきたのだ。
一体どんな原理なのか地面から眩い光を放ち現れたのは、赤褐色に鈍く輝く『銅の宝箱』。
さっき見た木製の宝箱の銅版だ。
「えーと、何だろ。木から銅って、これってやっぱりさっきよりグレードアップしてるよね?」
こちらも鍵は掛かっておらず開けるだけでいいらしい。
「雨宮」
「はい! 承知しております」
すっかり宝箱開け担当になった雨宮さんが駆け寄り蓋を開ける。
みんなで息を呑み中身を確認すると、そこには鞘のある一本の短剣が納められていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます