第5話 初めての宝箱の中身

 それは幅は一メートル、高さは五十センチはあるイメージよりは思ったよりも大きな宝箱だった。

 錠前のような鍵は付いているもののすでに解かれており、いかにも開けるのを待っているかのようだ。

 


「り、リアルの宝箱って思ったより大きいんですね。秋葉原で売ってるのは聞いたことありましたけど、なんだかなぁ」



 雨宮さんの声音が微妙なのも察せられる。

 ここまでこれ見よがしに置かれていると、嬉しいよりも怪しいが勝つからだ。



「けっ、ふざけてやがるっ!」



 対して白藤先輩の感想は舐められてると感じたらしい。

 


ミミック擬態した魔物だったりして?」


「「「……」」」



 俺の冗談にみんなからの視線が一気に突き刺さる。



「ご、ごめん」



 しまった、軽率だったか。ピリピリしているときに無駄に神経使うことをしゃべるべきじゃなかった。



「……仮にモンスターだったとして、側が木なら壊せるか」



 顎に手をやり吟味している白藤先輩からぼそっと物騒ながら頼りになる独り言が耳に入る。

 得体の知れないモンスターでもこの人ならマジでやりかねん。


 

「モンスターの擬態の可能性があるリスクもあるかもですが、ここはメリットを取りたいと俺は思います」


「め、メリットって?」


「現状、俺達はほぼ素手の状態で戦ってるけど、このまま簡単に勝てる相手ばかりとも限らない。もしここに武器でも防具でも、回復アイテムでも何でもいい。とにかく戦力アップするもの、ここを出る手がかりになるもの。そういうのがある可能性に賭ける方がいいと思うんだ」

 

「そうだね。うん、それは僕も賛成だ」



 伝説の剣が入ってた! なんて期待しないけど、ナイフでもあればそれだけでかなり戦いやすくなるはずだ。

 俺の提案に、極力モンスターと出会いたくない熊井君も納得してくれる。 



「俺もそれでいいが、雨宮、お前が開けろ」


「ぴぃ!? な、なぜ私なんでしょうか?」


「お前、【盗賊】だったろ? お前が開けた方が良い物が出そうな気がすると思わねぇか?」



 先輩のその一言で腑に落ちた。

 指名され狼狽していた雨宮さんも嫌々ながらも理解したようだった。

 まぁ今のところそういう類のスキルは無いし、隠しパラメーターに期待ってことだね。



「わ、分かりました。不肖、雨宮雫、開けさせて頂きます」



 しゅた、っとノリ良く敬礼のポーズを取る雨宮さんが片膝を突いて木の宝箱に手を掛ける。

 この娘、キャラブレブレな気がするんだけど。


 ぎぃっという古臭くノスタルジックな蝶番の音と共に蓋が開かれた。

 そこにあったのは、



「棍棒?」


「棍棒ですね」


「棍棒だね」


「棍棒かよ! くだらねぇ!」



 あまり日常生活で棍棒なんて単語使ったことがなかったけど、そこに納められていたのは棍棒だった。

 バットのように先が太くなっていてどんどん細くなって持ち手部分は滑り止めのためか布のようなものが巻いてある。

 一応、ここに着て宝箱以外に初めて見る人工物だ。

 

 

「ちょっと持ってみるよ。って、うおっ! い、意外と重いんだね」



 てっきり木製のバットぐらいの重さかと思いきや、中に鉄の芯が入っているかのようにずっしりとしていた。

 持ち上がるのは持ち上がるが、これで戦おうというのは無理がある。たぶん十キロ以上はあるんじゃないか。

 


「重そうですね」


「かなり重いよ。持ってみる?」


「遠慮します!」



 雨宮さんにはすげなく振られてしまった。

 もはや掲げるのは困難で宝箱の蓋に引っ掛けて降ろす。



「軽くはなさそうだがそこまで重いようには思えねぇんだがなぁ」



 白藤先輩の言う通り、確かにそうなんだよな。

 ニ、三キロぐらいはあるかもだけど、これでは異常だ。素材が鉄か石みたいに比重がある素材なら納得がいくけれども、木でこれほどの密度のある重さは無いはずだ。

 っていうかよく宝箱はひっくり返らないな。



「あ、ひょっとして」


「ん? 何か思い付いたのか?」


「ええ、【職業クラス】が関係しているかもしれません。熊井君が持ってみて?」


「ぼ、僕?」



 熊井君は俺のリアクションを見ていたからか、消極的に棍棒に指を掛ける。

 そしてそのまま軽々と顔の辺りまで引き上げた。



「どうやら仮説は当たったみたいだね」


「うん、一キロぐらいかな? そんなに重量は感じないよ」



 今いる環境がゲームに準じているのであれば【職業クラス】によって適正武器というのが予め設定されているんじゃないかと予想した。もしかしたらと思ったらその通りだったようだ。

 これで棍棒は熊井君専用の武器になりそうだな。

 って待て待て、忘れてた。白藤先輩も『鈍器武器術Lv1』があったんだ。やばいなこれ、取り合いになるぞ。



「あんだよ?」


「いや、えーと、先輩はこれ欲しくないんですか?」



 探るように顔色を窺うと睨み返された。

 先輩が持っても別にいいとは思うんだけどね。ただ素手でも十分やれている彼女よりは熊井君に持たせた方が戦力の底上げにはなりそうではあった。

 


「俺はいらねぇ。熊井が使え」



 けれど俺の杞憂はあっさりと霧散してしまう。

 あまりに頓着し無さ過ぎて困惑するほどに。

 嘘だー、絶対これ持って『ひゃっはー! 汚物は消毒だぜー!』とかやりたくなる人じゃないの? 

 この人に限って可哀想だからとか気を遣ってってことは薄そうなんだけど。



「まさか素手で痛めつけるのが趣味とか?」


「はぁ? 舐めてんのか手前ぇ!? そんな趣味あるかよ! こんな状況じゃなかったらシメてんぞ?」


「す、すみません」



 調子に乗ってだいぶ失礼なことを言ってしまった。

 極限状態にいるからか、まだ出会った数十分で良くも悪くも気さくになってきているせいだな。

 


「まぁまぁ、えーと僕はじゃあ『鈍器術Lv1』を取ればいいのかな?」


「そうだね。先輩と被っちゃうのが難だけど、そっちでお願い」



 本当は戦闘なんて嫌だろうに、わざわざ話を振って助け舟を出してくれる熊井君に乗っかる。

 彼はそのままボードを指で叩いた。

 


「うん、装備欄に棍棒が入っている。それとスキルも習得したよ。『スマッシュ』だって。たぶん名前からして使うと攻撃時に威力が上がるとかかな。あと気持ちこの棍棒が軽くなって扱いやすくなった気がする」

 

「へぇ、それも副次効果かもしれないね。レベルが上ったら日本一棍棒の扱いが上手い人になれるんじゃない?」


「それってどこで役に立つのかな?」


「さぁ? でも特技『棍棒』って履歴書に書けるかもね」


「棍棒を使わないといけない職場なんかには行きたくないなぁ」


「はははっ」


「えへへへへ」



 軽口を言い合い彼とも心の距離が縮まっているのを感じた。

 クラスは違えどもここを出たらきっと良い友達になれるだろう。  



「寒いじゃれ合いはそこまでにして、そろそろ次行くぞ。戻ってさっきの別れ道を逆方向だ」



 男の友情は理解できないのか、ばっさりと白藤先輩にぶった斬られる。

 言動だけならこの人も男みたいなもんなんだけどなぁ。男のノリってものは分かってもらえないようだ。



 来た道を戻って、逆方向へと向かう。

 宝箱があった以上、白藤先輩の左へ先に向かうという選択は結果的には上々の首尾だった。

 運が良いというか、野生の勘みたいなのでも働いているのかな。


 分岐路までは警戒する手間が要らず、行きよりも軽い足取りで戻れた。



「武器も手に入りましたし、もうゴブリン程度が出てきても大丈夫そうですね」



 未知の通路を進んでいると、自分を落ち着かせる意味もあったのか雨宮さんが話しかけてくる。

 


「が、頑張るよ」



 未だ腰が引けているものの、俺よりも一回り大きい上背があって太い棍棒を持つ熊井君はなかなかに強そうだった。

 鬼に金棒とまではいかないまでも、本気のフルスウィング一発で倒し切りそうな雰囲気がある。

 もし白藤先輩と熊井君の性格が入れ替わったとしたら血塗れ熊井ブラッディベアーとかあだ名を付けてしまうかもしれない。



「ふふっ」


「ど、どうしたの?」


「いやごめん、ちょっと考えてたら吹き出しちゃった」



 好戦的な血に飢えた熊井君と、その逆で怯えて縮こまる白藤先輩を想像したら笑ってしまった。

 これを正直に話すと怒られそうだし誤魔化しておいた。

 やがて曲がり角があり、そこに差し掛かると、



「(しっ! 静かに!)」



 先を歩いていた白藤先輩が剣呑な面持ちで引き返してきた。口に手を当て、しかも小声だ。

 この人が焦っている? 一体なんだ?

 初対面のゴブリンですら平気で蹴り飛ばした先輩が恐れるものがいるらしい。

 コボルトも空気を読んで曲がり角のこちら側に戻ってきている。



「(一体何があったんです?)」


「(曲がった先にのゴブリンいた。だが数が多かったんだよ)」


「(見ていいですか?)」



 俺の質問に先輩は無言で頷いた。

 壁に手と顔を付けてそーっと覗いてみる。


 通路の数十メートル先、そこは大広間のような場所だった。

 そこにはおよそ八体のゴブリンが彷徨うろついていた。

 今まで四体が最高だったのに、ここにきていきなり倍だ。明らかに戦闘に向いていなさそう雨宮さんを抜いて頭割りでいくなら一人二体ずつ。勝てないとは言わないまでも、下手をするとダメージは食らってしまう恐れがあった。



「め、めちゃくちゃ多いですね。ど、ど、どうしましょう?」



 交代で雨宮さんと熊井君もその光景を目にし、なぜか全員膝と腰を屈めた態勢で急遽作戦会議が始まる。

 室内でもこれだけ離れていれば反響しても小声なら声は届かないはずだ。



「やるしかないだろうが」



 他に続く道は無く、ここを通るしか俺たちに行き場は無い。

 雨宮さんの困惑した投げ掛けに先輩がど直球の正論で返す。



「とりあえず作戦を立てましょう。こんな一本道じゃ奇襲を掛けることもできません。正面から当たるにしても、行き当たりばったりで無駄な怪我を増やす必要はないですから」



 俺の提案にみんな賛成する。



「つってもよ、やれることはそんなに多くないだろ。何か案があるのか?」


「心が痛くなりますが、コボルトを囮にして使い潰します。まず彼に一人であそこに飛び込んでもらって注意を引き付け、その後に全員で突入という感じでどうでしょうか? 俺はMP的にあと最低一回はコボルトを喚び出せるので、もし死んでも新しく再召喚が可能です。上手くいけば先輩と熊井君の初撃で二体ぐらいは倒せるんじゃないでしょうか?」


「おまっ、けっこう鬼畜だな」


「再召喚までにクールタイムがあると困りますが、すでにちょっと怪我もしていますし、いっそのことそういう運用方法もありかなと」



 命令を聞いてくれる忠実な彼を決死隊として見殺しにするのは無論したくないけど、この二戦でどことなく疲れてて肩も上がりずらそうにしている彼をこのまま頼る方が不安だった。

 だが、俺のひどい意図など知ってか知らずかコボルトは純真な瞳を向けてくる。

 や、やめてくれー! そんな目で見ないでー! この瞳が俺の良心をゴリゴリ削ってくるぜ!



「私はどうしましょう? ブラホ目隠しは消費MP3で、現在5。あと一回しか撃てません」


「使ってもらった方が楽ではあるけど、できれば危機的な状況にならない限りは温存して欲しい。この先、ゴブリンだけとも限らないから切り札は持っておきたいし。今回のは無傷は難しいかもだけど勝てない戦いではないはずだからね」


「ラジャーです」



 自分のボードで雨宮さんのMPを確認するが、確かに彼女の申告通り残りMPは5しかなかった。

 てかブラホて。もう馴染んできてるねこの子。



「基本的には先輩と武器がある熊井君頼みになると思います」


「いいだろう! やってやるぜ!」


「う、うん……」



 けれど二人の反応は対照的だ。

 白藤先輩は置いておいて、熊井君の体は可哀想になるぐらい小刻みに震えていた。

 それでも嫌だとか逃げたいとかは言い出さない。口を真一文字に結んで必死に恐怖に耐えている様子だ。

 


「大丈夫、その棍棒が当たれば一発だよ。それにもし纏わりついてくるようならさっきみたいに俺が何とかする。とにかく君は注意を引くだけでも仕事したことになるから」


「分かってる。分かってるんだ、やらなくちゃいけないってことは。ごめんね、ありがとう。ぼ、僕、やるよ」



 ぎゅっと棍棒の柄を強く握り締める。

 彼も大丈夫そうだ。



「先輩、状況を見て援護をするとは思いますが、たぶん俺たちは熊井君寄りになると思うのでお願いします」


「分ーってるよ。秒で片を付けてやる」



 彼女は敵の数が増えたというこの展開にもむしろ歯を剥いて燃えているかのようだった。

 多少、乱暴そうだが心強いこの人が本当にいて良かったよ。たぶん俺たちだけじゃもっとやばいことになってたはずだ。


 みんなの顔を今一度見渡して大丈夫かどうか確認する。

 誰も異存は無いようだった。



「じゃあ作戦開始します!」

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