第4話 戦闘報酬

「へぇ、口だけ回るやつかと思ったらやることはやったじゃねぇか」



 女性とは思えない活躍を見せた白藤先輩がこつこつと革靴が地面を踏みしめる音を響かせこちらにやってくる。

 意外とここまで尊大な態度を取ってきた彼女に褒められるのは悪くない気分だが、先輩はそのまま視線をずらし、



「そこの二人とは大違いだ」



 顎でしゃくり、嫌味とも皮肉とも取れる暴言を熊井君と雨宮さんに投げ掛けた。



「ご、ごめんなさい……こ、怖くて……」


「うぅ……すみません……」



 二人は言い返す気力も湧かず立ち尽くしうつむく。

 


「確かに助けて欲しかったですが、俺が逆の立場だったら動けたかどうかも分かりません。こんなこと初めてなんですから」



 これは掛け値なしに本音。

 俺だって最初は硬直したままだった。抵抗できたのは自分が被害に遭ったからに過ぎない。

 熊井君が狙われていたとしたら、どうなっていたかはそうならないと分からないだろう。ただ一度この修羅場を経験した。だから次はもう少しマシになれると思う。



「あの、本当にごめんなさい。目の前で襲われているのに見捨てるなんて僕は最低だ」


「あ、その、私も……」


「いやいいよ。気にしてないから。ただ次は頑張ろうよ。こう言っちゃあれだけど、もし俺や先輩がやられたら次に狙われるのは自分になるんだし。力を合わせてこの窮地を乗り切ろう」



 一応、前向きな発言をしてみた。

 ここで俺が不満をぶつけても何にもならないどころか、ますます萎縮しちゃって仲が悪くなったらそれこそマイナスだし。



「ふぅん? 良い子ちゃんな模範解答ありがとうよ。それよりお前、噛まれてたところが破けてないんだな」


「え?」



 先輩に指摘され顔を下に向けると、言われた通り制服のズボンには何の損傷もなかった。

 あれほど強く歯を立てられたのに生地は綺麗なもので、破けるどころか今争ったばかりには見えない。



「ボードを確認してみろ」



 先輩に命令されるがまま、ポケットに入れていたボードを取り出す。


職業:召喚師サモナー

レベル:1

HP:38

MP:5

装備:なし

スキル:地属性召喚Lv1


 HPが減っていた。記憶ではさっきまで45だったはずだ。

 


「HPが7減っています。これってHPが肩代わりしてくれたってことですかね? っていうかHPが無くなったらどうなるんでしょうか?」


「俺が知るかよ。でもゲームならたいていゼロになったらどうなるかは予想が付くだろ?」



 俺の当然の質問と白藤先輩による当然の回答だが、やはり答えは出ない。

 ただし彼女の言葉にぞっと背筋が冷やされ駆け巡るものがある。



「HPゼロは『死亡』ですかね……ははっ」



 乾いた笑いが張り付いた。 

 虚勢に過ぎないがそうでもしないとやってられない。

 もちろん即座に死亡ではなく気絶になるだけかもしれないが、戦闘中に気絶というだけでも救いがあまり感じられない話だ。



「まぁどうしたって良いことにはならないだろうさ。さて、だ。お前と犬は最低限の仕事はしたが、そこの二人はどうするよ? どこぞの店の前で立っているだけで客引きする人形なら立っているだけで価値があるが、こんなところで人形はいらねぇよな。突っ立ってるだけなら犬と一緒に前に出てみるか?」


「ひぃっ!! ごめんないごめんなさい! どうしても体が動かなくて! つ、次は頑張りますから!」


「わ、私も気が動転していて。次こそはお役に立つので許して下さいぃぃ!!」



 白藤先輩の獰猛な脅しに二人は血相を変えて反応した。

 ちょっと可哀想にも感じるけど、ここでは全員が手を取り合わないといけない立場で一蓮托生の間柄だ。生き残るためには白藤先輩のようなやり方も必要だろう。だからここでは何にも口を挟まなかった。

 それに彼女自身の胆力というか戦闘力も目を見張るものがある。こういった荒事関係であれば喧嘩の経験すらも無い俺よりは判断や言葉に金言きんげんがありそうだった。

 ってか勝手に白藤先輩を喧嘩ばっかりしている百戦錬磨の不良少女扱いしているけど、それでいいのかな。俺たちの心の女神はどこへ。

 


「へぇ? なら期待してやるよ。ただし次も似たようなことしやがったらどうなるかは覚えておけよ?」


「「はぃぃぃぃ!!!」」



 なんだか鬼教官とそれに従う新兵ニュービーみたいだ。

 


「あ、そうだ先輩。念の為に回復して欲しいんですが」



 7ダメージだけで回復をせがむのもどうなのかという気もするけど、ゼロになったらどうなるかも不明なので危険は減らしておきたい。

 ここまで未だに申告が無いけれど、たぶん光魔法っていうのは回復魔法なはずだ。

 しかし彼女は嫌そうに眉を歪ませる。



「唾でも付けとけ」


「え、あ、いや、さすがにそれは……」


「もっとやばくなったら使ってやるよ。一割損傷しただけで使ってたらキリがないだろが」


「あぁさいですか」



 総HP55で7ダメージということは1.2割ほどしか減ってない。俺もこれがテレビゲームならもっと減ってから使う。だからそう言われたら従う他ない。

 ただこの判断が冷静なのかドライなのか、それとも面倒くさいだけなのかが読めない人なんだよなぁ。



『くぅーん』



 コボルトだけが心配そうにこちらを見ていた。

 俺の味方はお前だけだよ! ここが町中ならコンビニでビーフジャーキー買ってきてあげたい気持ちにさせられた。

 


「じゃあ、話もまとまったことだし、先に進むぞ」



 唯我独尊、白藤先輩の号令で再びダンジョン探索が再スタートする。


 けれどそのまままた数十メートル進んだところでまた足取りが止まってしまった。

 今度は分かれ道だ。



「本格的にダンジョンっぽくなってきましたね。あんまり多いと厳しいな」



 紙も鉛筆も無いのでマッピングは頭の中で描くしかない。

 数箇所ぐらいならまだしも、複雑に入り組まれると覚えるのも無理ゲーになってくる。



「右か左か。ま、こんなもん運だな」


「じゃあ漫画とかで有名な右手の法則というのがありまして――」


「左にすっか」


「Oh! なぜにWhy?」


「お前がニヤニヤしてドヤ顔っぽくなったのが気に食わねぇからだ」



 なんたる天の邪鬼! 薄々分かってたけどドSだよこの人!



「ほら行くぞ。ぼさっとすんな。犬を進ませろ」



 ドS藤先輩の指示通りに左折して歩くとまた気配があった。

 今度はゴブリンが四体。さっきより多い!



「俺と犬でまずは二匹受け持つ。あとの二匹はお前らで何とかしろ! そんなに強くねぇのはさっきので分かっただろ!」



 コボルトと白藤先輩が会敵と同時に駆け出した。

 ヘイト管理とかどうなっているのか、残ったゴブリンたちは近くにいる彼女たちよりも後方にいた俺たちにまたしても向かってくる。


 

『ギァガァァ!!』


「ひぁぁぁぁぁ!!」



 一体のゴブリンは熊井君に飛びかかり、それに腰を抜かした彼と転がり合う。

 もう一体は俺が身構えていたせいか、躊躇する素振りを見せた。

 そこに、



「やります! 【ブラインドホールド目隠し】』!!」



 雨宮さんの声が飛ぶ。それは呪文だった。

 俺と対峙するゴブリンの目の周りに唐突に真っ黒な煙が覆う。

 名前からしておそらく視界を奪う呪文だ。


 もがくようにそれを取ろうとするゴブリンだったが、手で触れる類のものじゃないようで自分で爪で顔を引き裂き、しかも足がもつれて尻もちを着く。

 その致命的な隙を見逃さない。

 


「おおおおおお!!!」



 スニーカーで小柄なゴブリンのお腹に思いっきり蹴り上げる。

 生き物を本気で蹴ったことなんて生まれてこの方初めてで、気色の悪い気分が全身を駆け巡ったけど、その感慨にふけるのは全部後だ。

 


『ギィ!?』



 吹っ飛んだゴブリンは通路の壁に後頭部がぶち当たる。

 それが当たりどころが悪かったのか、ぐったりとしてあっさりとするほどすぐに消えていった。

 格好良く言うなら致命の一撃クリティカルヒットってやつかな。

 ぐっとガッツポーズを取っていると、



「うわあぁぁぁぁ、助けてぇぇぇ!!」



 熊井君の叫びにはっとした。

 そうだ、まだ戦闘は終わっていなかったんだ。

 振り返ると何をどう間違ったらそうなるのか、体格差があるのにゴブリンに馬乗りになられている情けない姿の彼がいた。



「このぉ!」


『ギギィ!?』



 横から蹴りを入れて助け出す。

 ゴブリンは蹴られた反動で転がりながらも態勢を立て直して立ち上がる。


 先輩も言っていたが、実際、ゴブリンはそんなに強くない。力も子供並だし、牙と爪は多少尖っていても小さくてそれは驚異にはならなかった。

 度胸さえ付けば一対一であれば怖くない相手だ。リーチに勝る俺たちがキックで攻撃するだけで向こうは抵抗らしい抵抗もできずに沈んでいく。 

 一応、睨み合う状態だとさすがに警戒もされるが、さっきの雨宮さんの援護があればすぐさま対処できるし、それに、



「ほらよ!」



 すでに前衛を片付けた白藤先輩がその最後の一体を不意打ちで倒した。

 舌を巻く速さだ。こっちは運良く一体倒したのに、コボルトの協力があったとしてもすでに二体共を消滅させているなんて。


 呆気ないと評価するのは慢心かもしれない。でも二回目の戦闘は割と余裕もあって簡単に感じられた。

 それもこれも二人が機能してくれたおかげでもある。

 ただ唯一、コボルトだけがこの戦闘で肩を痛めたのか手で押さえつける素振りをしていた。



「先輩、私、魔法使っちゃいました……」



 そのうちの一人、雨宮さんは魔法を使うという感動でまだ興奮に打ち震えていた。

 まぁ誰でもそうなるよね。俺もコボルトが出てきた時は内心ではけっこう驚嘆していたし。



「助かったよ。あれが無かったらもっと時間が掛かってたと思う。ゲームじゃ目潰し系ってあんまり使うイメージが無いけど実際やると凶悪だね」



 命中が下がることに加え、無防備になって的かサンドバックかみたいになってたし、それに自傷行為まで見受けられた。



「ちょっと自信付けちゃったかもしれないです」



 さっきまで青い顔していた彼女も笑顔を覗かせだいぶ気が紛れてきたようだ。

 良い傾向だと思う。

 ただもう一人はというと……。



「お前よぉ」


「す、すみません……」



 白藤先輩に呆れられながらのっそりと立ち上がる熊井君はまだ慣れていないみたいだった。

 何となく気が優しい感じだし、あんまりこういうことに向いてないんだろうけどね。



「まぁ今回は一応、肉壁にはなったみたいだから不問にはするけどよぉ、んなことじゃあ真っ先に死ぬのはお前だぞ? そんな恵まれた体に産んでくれた母ちゃんが泣いてんじゃねぇの?」


「うう……」



 たぶん先輩に悪気は無いと思うんだけど、率直な物言いに熊井君の大きな体は縮こまるばかりだ。



「まぁまぁ。慣れですから。あとニ、三回もあれば大丈夫ですって」


「ニ、三回もあるの……」



 悲壮感のある声でぽつりと熊井君が呟く。

 そりゃ戦闘なんて無いに越したことは無い。でも有ると考えないとね。

 まぁと言っても案外、俺らの方が毒されてて彼の方が正常な思考なのかも。

 


「あっ! あれ!!」



 ふいに雨宮さんの素っ頓狂な声がしてみんなが振り向くと、彼女は唖然と指を差した状態で固まってた。

 その先に目をやると、そこには絵に描いたような木製の、



「宝箱だ」



 があった。

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