花に涙

らん

花に涙

「雨やまないねえ」

 まあちゃんの気だるい声。制服の首元を緩めて、湿った髪を首筋から解くように梳かす。傘が傾いて雨水が私にかかる。私の不満そうな顔にまあちゃんは気づかない。

「梅雨だもの」

 そんな当たり前のことにまあちゃんはただ頷く。彼女の瞳は雨粒のレンズを通して青い紫陽花を映していた。

「さあちゃんは紫陽花の色が何で決まるか知ってる?」

 暇つぶしの一言。まあちゃんの望んでいる答えはわかっていたけど私は意地悪をした。

「一円玉を埋めればいいの」

 ちぇっという拗ねた顔をまあちゃんは見せる。流石に私が知らないはずないでしょう。

「酸性の土とアルミニウムが反応することで青くなるんだってね」

 まあちゃんが「正解」を言う。もっと言えば最近は品種によって色が決まっているものも多いのだけど、

 あなたの好きな青い青い紫陽花。誰かが一円玉を埋めたのか。私はその答えを知っている。

「梅雨が明けたらすぐ夏休みだよ。部活と生徒会が忙しいから全然休めなさそう」

 赤く薄い唇が小さく笑う。まあちゃんは昔から人気者だ。人目を引く容姿も誰もが憧れる才能も持ち合わせている。だから彼女が私を見てくれるのなんて、この季節くらいのものだ。

 わかっている。梅雨が明ければ彼女はまた遠くに行ってしまう。

「永遠に梅雨が明けなければいいのに」

 これは私の嫉妬。毎晩私が流す涙のように、しとしとと雨が降る。

「願ったって夏は来るでしょ」

 まあちゃんは小さく頰を膨らました。幼い頃から変わらない、今となっては私くらいしか知らない彼女の顔。そのとっておきに少しだけ溜飲を下す。

「そうね」

 私は慰めるように微笑んだ。まあちゃんは気圧されたように傘をくるりと回して私に背を向けた。

「じゃあね」


 雨はやまない。涙が枯れる頃に夏が来る。

 青い紫陽花だけが、ここに残されたまま。

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花に涙 らん @yu_ri_ran

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