第12話 桃の日の裏切り(前編)
卒業式を控えた3月、吹奏楽部は卒業式での演奏練習に熱心に取り組んでいた、と言いたいところだが、例外はどこでもあるものだ。
それはフルートパート。リーダー鳥羽秋子以外は1年生と言う4名のチームだ。一般的にはキラキラ女子だの計算高いだの優柔不断だの言われるパートなのだが、紫苑高校吹奏楽部においてはフルートはお荷物パートですらあった。
これはリーダー・秋子の性格によるところが大きい。本来メロディラインを作るべきフルートが大らかすぎて、他のパートが入口で
小さい頃からフルートを吹いている花音は、最初こそ焦って何とかしようと思ったものの、次第に秋子のペースに嵌り今や吹部のフルートは個人で受けているレッスンの息抜きみたいになっていた。従って桃の節句であるこの日も、桃の花以上にお喋りの花が咲いていた。と言っても秋子と花音の掛け合いが殆どだ。話題は昨秋の文化祭での演劇部の白雪姫だった。
「えー? それ実話?」
「はい。そう言う台本でした」
「全然知らなかった。実乃がいきなり最後に『ダースベイダーやって!』って言うから変だなとは思ったんだけど」
「ファーストキスが流れて良かったです」
「優茉となんてサイテイだよ」
「ですよね。でも結局バレンタインキッスもなかったし…ですけど」
「いいよ、取っときなよ。どんな男だって優茉よりマシ」
「あれ、鳥羽先輩は溝口先輩の従姉じゃなかったですか?」
「そ。呪われた血縁。あーやだ、裏切り者の優茉」
「え?何かあったんですか?」
他の1年生二人も芸能雑誌並みの切り口に興味津々に乗り出す。秋子はフルートを机に置いた。
「幼稚園の時のことなんだけど」
「へ?そんな昔?」
「そ、その頃はまだ同じ位の背でさ、顔も似てるって言われてて一緒に遊んでたのよ」
「従姉ですしねー」
「おじさん、って優茉のお父さんね、背が高くてカッコいい人なんだけど、お雛様の日にさ、あ、丁度今日だ」
「はい」
「女の子の節句だからってケーキ買ってくれたのよ。イチゴ尽くしのやつ」
「あー、鳥羽先輩、イチゴ大好きですもんね」
ガッタン。
教室の扉が開いた。アイリが入って来る。部活が終わって教室に戻って来たのだ。
「あれ、練習中?ごめーん」
振り返った秋子が手招きする。
「ううん、本日の営業は終了しました。アイリもお出でよ」
花音や他の1年生もアイリ先輩に頭を下げる。
「何してんの?秋子のお説教?」
「違うよ。有難い秋子先輩のお話よ」
花音が答えた。
「鳥羽先輩が溝口先輩の悪口言ってる最中です」
「はい?」
アイリは訳が判らないながら、傍に来て空いてる椅子に座る。
「優茉と喧嘩でもしたの?」
「まあね、ずっと戦争中なのよ」
「マジで?そんな風には見えないけど」
「学校では停戦協定だから」
「へえ?」
花音が先を促した。
「それでイチゴ尽くしのケーキがどうしたんですか?」
「それをさ、テーブルに二つ並べてさ、優茉も秋子ちゃんもおやつにしなー、桃の節句だからねーって出してくれた」
「ふむふむ」
「で、いっただきまーすって食べようとしたら、
「はい」
「で、私は『はーい』っておばさんのところへ行ったわけ」
「用事だったんですか?」
「うん。ちらし寿司作るのに食べられないものあるかなっていろいろ具材を見せてくれようとしたの」
「ああ、先輩アレルギーでしたっけ」
「うん。鯖が駄目なのよ。だから鯖の押し寿司も駄目で、おばさんそれと混乱したみたい」
「食べちゃうと危ないみたいですよね」
「まあね」
「いい話じゃないですか」
「ううん。それがテーブルに戻ってきたらケーキがないの」
「え?」
「優茉が食べちゃったの」
「え?なんで?」
「私はアレルギーで食べられないからって」
「へえ?」
「信じらんない」
「まあ、何だか話は繋がっているようなそうでもないような」
「繋がってる訳ないじゃん!私は鯖だよ!イチゴもケーキも大丈夫なのよ。それがアイツ勝手に食べおってからに・・・」
秋子は喋りながら顔が赤みがかって来た。花音も目を真ん丸にしている。ホント、食べ物の恨みは恐いよな、アイリは熱を冷まさなきゃと
「いや秋子、幼稚園の頃でしょ。解んなかったんでしょ?優茉も」
「そんなことない!それまでも私と優茉は一緒にケーキ食べてた!解んない筈ない!」
秋子の剣幕に、流石の花音もじりっと身を引き、シューズバックの中でバクも縮こまった。
「あの~鳥羽先輩、練習もうしませんか?」
空気を換えようと花音がそっと切り出す。
「練習? しなさいよ、今日はあと個人練!あーもう思い出すだけで腹立つ」
吐き捨てると秋子は椅子を押しのけて立上がり、フルートを鷲掴みにすると、譜面台を引っ提げてドタドタと教室を出て行った。残されたアイリと1年生3人の間にはポカーンとした空気が残った。
「はあーー」
アイリが溜息をつく。花音がポツリと言った。
「今度鳥羽先輩の誕生日にイチゴ満載ケーキ、ホールでプレゼントしましょうか」
「お酒入りのチョコは載っけちゃ駄目よ。秋子、大荒れになりそうだし」
「はいー」
「でもなあ、優茉も悪気なかったわけでしょ?」
「ですね」
「ちょっと気の毒。親戚なのに一生言われちゃうよね」
「溝口先輩の言い分も聞きたいです」
「だよねー。何か誤解があるかもだし」
フルート三人娘を残して教室を出たアイリは階段の途中で、偶然その優茉に出くわした。
「あ、優茉!」
「ほい、アイリ。なに?」
「ちょっと、ウチの教室に来て!まだいるかな」
「え?なんで?」
「事情聴取したいのよ」
「はい?」
「いいからいいから」
アイリが優茉の腕を引っ張って教室の前まで来ると、中からフルートの音色が聞こえた。良かった、まだいる。アイリは扉を開けた。
「花音ちゃん! 容疑者連行して来たよー」
「え?」
フルートを構えた三人は一斉に振り向いた。
「あ。溝口先輩」
「なんなん?なんで私が容疑者?ってか何の容疑よ」
「まあまあ、冤罪の可能性だってある訳だし、座って座って」
アイリが勧めた椅子に座った優茉は不思議そうに周囲を見回す。そりゃそうだ、吹部のフルート娘三人が囲んでいる。
「アイリの言ってること全然解んないし、それに秋子は?花音ちゃん一緒のグループでしょ?」
「はい、鳥羽先輩は熱を冷ましに出て行きました」
「え?熱出したのあいつ?秋子、意外と弱っちいからなあ身体。薬はすぐ効く方なんだけど」
アイリはちょっと感心した。優茉が秋子を心配している。が、誤解は誤解だ。
「そうじゃないのよ。そっちの熱じゃなくて思い出し怒り」
「なにそれ?」
「んーとね。今日って桃の節句でしょ?」
「うん」
「秋子には思い出があるのよ」
「いいじゃん」
「良くないんだって。自分のケーキを食べられちゃった思い出だから」
「あー?あいつまだ根に持ってんの?」
「という事は、優茉には心当たりが」
「そりゃ覚えてるよ。あれでしょ?秋子のイチゴケーキを私が食べちゃったって話」
「正解! 窃盗の容疑だよね」
「違うよ!あれは私のお父さん公認なの」
「お父さん?」
「そ。秋子がアトピー酷くてさ、ケーキ出してから小麦も駄目だって気付いたのよ」
「へえ?秋子、ケーキ一緒に食べてたって言ってたよ」
「それは特別製。秋子のお母さんもウチのお母さんも米粉から作ってたのよ」
「ほよー」
「大変みたいよ。家で米粉から作るのって」
「じゃ、出したケーキは米粉じゃなかった?」
「そう。お父さん駅前のケーキ屋さんでみつけて、ウチに買って帰るみたいな気で買って来ちゃったのよ。だからあれは秋子食べられなかったの」
「それ、秋子は判らなかったってこと?」
「だって幼稚園の頃の事だから、その時は知らないよ」
「それはそうねえ」
花音も二人の1年生も一斉に頷いた。優茉は続ける。
「出すだけ出しといて食べちゃ駄目って可哀想すぎるじゃん」
「まあねえ」
「だから初めからなかった事にしたのよ」
「なかったって、優茉が食べたんでしょ?」
「だってお父さんは食べないって言うし」
「じゃあ、やっぱ窃盗容疑だ」
「でもその後でイチゴ大福、二つも出したのよ秋子用にって」
「そうなの?」
「そ。美味しい大好きって秋子ペロッと食べちゃったし」
「それは言ってなかったよ」
「そうよ、大体秋子は都合のいい事しか覚えてないんだよ!それからって私のイチゴ、ずっと半分秋子にあげてたんだよ!」
「あらら…」
花音とアイリは顔を見合わせた。
「津田先輩、これはなかなか難しい判定ですね」
「うーん。秋子の記憶からイチゴ大福もイチゴも抜けてる」
「呪われた縁とか裏切り者とか言ってましたよね」
「酷い!」
優茉は手で顔を覆った。アイリは優茉の肩にちょっと触れて
「今なら判るんじゃないの?その時のが小麦ケーキだったからって言えば」
「今更言う気になんかなれないよ!裏切り者まで言われて。中学まで何も言わなかったくせに何よ今頃、学校でまで言いふらすことないじゃん!」
「すみません…」
花音が小さくなった。
大好きだった従姉の裏切りの悲しみか…
シューズバックの中でバクも噛み締めた。少し切ない。
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