第9話 クリスマスのマッチ
クリスマスイブの夜。1年で一番聖なる夜、ロマンチックな夜とも言えるのだが、揃いも揃って浮いた話がないバレー部2年の女子たちは、ファミレスで1年間の打ち上げと称して、いつものように喋りまくった。その帰り道のこと、
「アイリ、よくうるさくないな、あの騒音」
「騒音言うな。自分の声がうるさくなったら人間終わりだよ」
「全然違う話を三人同時にして、ちゃんと話が進んでくってのが信じられん」
「進んでるようで進んでないのよ。うんうん聞いてもらえばそれでいいの」
「コミュニケーションではないのか」
「相槌はあるけど、同意は得なくてもいいのよ」
「ふうむ。そう言うのはブロードキャストと言うんだが」
「喋るだけですっきりするの」
「はあん」
「あれ? 何か見える。火じゃないの?」
行く手の土手の中ごろに明るいものがチラッとしている。火事にしては小さすぎるわねえ。アイリが自転車で近付くとそれはふっと消え、その先でまたポッと灯った。誘っているような、遊ばれているようにも見える。アイリはバクからも見えるようにシューズバックを持ち上げた。
「ふうん、炎に見えるな」
「ね、火事かな」
「いや、草むらに火は回っていない。空中で燃えている」
「えー?怖いよ。オカルトみたいな奴?」
「いや、小さな何かが炎を持って動いているな」
「UMAかな?」
「なんじゃそれ。ボクの通訳データベースにはないぞ」
「ほら、未知の生物って奴よ。雪男とかチュパカブラとか」
「ほう。そりゃ世の中には知らない生き物だっているだろうよ」
「だけど、大抵は嘘臭いよ。見間違いもあるし」
「そうなのか?」
「まあ、バクだってUMAっぽいけど」
「ボクは由緒正しいんだよ。未知じゃない」
「あたしはバク以外は信じないよ。この目で見ないと信じられない。だって『いいね』欲しさに嘘書く人だっているんだしさ」
「ま、アイリが科学的アプローチであることは認める」
アイリは街灯の下に自転車を止めると、じっと目を凝らして見た。
「あれ、女の子じゃないの? お化けじゃないよねー、ハロウィンは終わってんだから」
更に近づき自転車のライトで照らしてみる。すぐに炎は消え、その場で小さな女の子が手を振っている。
「こんなとこで何してるの? 夜なんだから一人で外に出ちゃ駄目じゃん、おうちに帰りなさい」
「えー、遊びたい」
「危ないよ。誘拐とかあるんだからさ。あなた、なんて名前?おうちどこ?」
「なまえー? リン」
アイリは自転車のスタンド立てて近づいた。手に何か持っている。それってマッチじゃん。
「リンちゃん、火遊び、ぜーったい駄目!」
アイリはきつく言った。
「だってクリスマスだって言うから、きれいだし、火事にはならないよ」
「そんなの判んないよ。マッチでしょ? 草とかに燃え移ったら大変よ」
「マッチ、擦ってないもん」
「だって、遠くから火が見えてたよ」
「でもマッチ、擦ってないもん」
リンは急に土手を駈け上った。暗くて見えないが、その先でまた炎が上がった。
「こらー! マッチ擦っちゃ駄目!」
アイリは叫ぶ。炎が消えて、リンは土手を駈け戻ってきた。そしてアイリの手を取って掌を広げると、その中に持っていたマッチを押し込んだ。
「これで判るよ。リン、マッチ持ってないでしょ?」
「ん。まあ、そうだけど」
「見ててね」
リンは叫ぶとまた土手を駈け上がった。するとその先に炎が現れた。オレンジっぽい金色の炎だった。は?
炎がふっと消えるとリンはまたバタバタと駈け戻って来た。
「ね!」
「どうしたの?あの火」
「出るんだ。口から」
「え?何言ってんの? 口から火が出る?」
「うん。だから草には移らないよ。母さんに教わったの」
「母さん?」
「うん。もういないけど、人に捕まっちゃったけど、これだけは教えてくれた」
アイリは首を傾げた。リンの言うこと、よく判らない。
「人に捕まったって、どういうこと?」
「あのね、アライグマ用だって母さん言ってた。カゴの中に入っちゃって出られないの。リンは早く逃げなさいって、母さんがカゴの中で言うから、それでリンは逃げたの」
何を言ってるんだろうこの子は。切れ長の目をして茶髪っぽい可愛い子なんだけど言ってる意味がまるで解らない。アイリはまた首を傾げた。
「リンちゃんの言ってること、よく解んないな」
「だよね。ずっと前のことだから、お姉ちゃんは知らないと思うよ」
「うーん。でもさ、遅いからやっぱおうちに帰らなきゃ。送って行ってあげるよ」
「ううん、一人で帰れる。ふふ」
笑いながらリンはアイリの前で身体をくねらせた。
「あのね、リンの母さん、もひとつ教えてくれたの。そのマッチ、本当はマッチじゃないよ。狐火とよく似た色の花が咲くんだ」
え? アイリは握りしめていたマッチを見ようと掌を開いた。
そこには マリーゴールドの種の小さなパッケージがあった。
「えー? お花の種?」
「うん。これは人に貰った。ガラポンしたの。本物だよ。お姉ちゃんにあげる。じゃあね、リン、おうち帰るから」
駈け出したリンは途中で立ち止まってアイリを振り返った。小さな炎がキャンドルのように揺らめいている。
「メリークリスマス!」
手を振って叫んだリンは土手を駈け上がり、その向こうへ消えて行った。アイリは呆然として見送った。駈けて行くリンの後ろに金色のふさふさした尻尾が見えたのは目の錯覚だったのだろうか。花の色、狐火とよく似たって言ってたな…。
自転車の前カゴからバクの声が聞こえた。
「健気に生きてる」
「え?」
「キツネの子だ」
「?!」
「この近くで捕まった母さんを
「そうなの?」
「賑やかな夜だから淋しくなったんだろうな。だからアイリと遊べて嬉しかったみたいだ。ちゃんと化かされたしな」
アイリはもう一度、掌のマリーゴールドの種を見た。
「あの子の気持ちだよ。大切に貰っときな」
「うん」
「リンはああ見えて、100歳は超えてる…」
「えー?」
「複雑な悲しみが伝わって来た。いろんなことがあったんだろうな」
「バク、悲しみ食べてあげたの?」
「ちょっとだけ。それ以上リンには手助け要らないみたいだったから」
「そうなんだ」
アイリは自転車のスタンドを外すと押し歩き始めた。
「クリスマスイブに子ギツネさんからお花の種、貰うとは思わなかったな…」
「お礼の気持ちさ」
「バクといると何があっても不思議じゃない気がする」
「褒めてもらってるのかな」
「まあね」
アイリは握ったままだったマリーゴールドの種を、そっとスポーツバックに仕舞った。有難うリンちゃん。
「素敵なクリスマスプレゼントだ」
「うん」
ふさふさした金色の尻尾で、駈けろリン。あたしは信じる事にしたよ。
金色の尻尾の可愛いUMAがいるって事を。
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