第7話 倒れた白雪姫(後編)
「何だか様子が変よね」
ざわついている会場でアイリはバクに声をかけた。
「まあな」
バクは顔をしかめている。
「小人、踊りすぎでしょ? 小人のライブじゃないんだから」
「うむ」
「バク、食べてくれたの?」
「ああ、妙にカラい味がする悲しみだった。もうなくなってる筈だ」
バクも涙目になっている。
「バク、カラいの駄目なの?」
「得意ではないが仕方ない」
その時会場が暗くなった。バタバタしている。再び明るくなった小人の家には白雪姫が寝ていた。小人たちが泣いている。
「どうして白雪姫、熱中症なんかに…」
「お妃様に頂いた特効薬入りリンゴも効かず…」
あれ?こんな話だっけ?
そこへ王子様が現れた。アイリも知っている溝口優茉だ。背が高く、如何にも男役って感じである。バレー部に欲しい人材だ。
「小人たち、一体どうしたというのだ?」
「これは隣の王子様、白雪姫が熱気のこもる室内で裁縫に没頭していて熱中症で倒れたのです」
「なんとな!」
「水分も取らず」
「ちょうどいらした魔女コスプレのお妃様が、特効薬入りのリンゴを下さったのですが薬効甲斐なくお亡くなりに」
「それは気の毒なことだ」
そこへお妃に着替えた実乃が現れる。
「あ、隣の王子様」
「お妃様、大変お気の毒な事でしたね」
「そうなのです。悲劇です。こんな事ならいっそ代わりにあたくしが死ねば良かったのです・・ よよよよ」
「いや、お妃様。お妃様は最善を尽くされました。誰にも寿命というものはあるのです。白雪姫はたまたま今日がその日だったということで」
マジ?本当に白雪姫死んじゃうの?会場は総?に包まれた。
「今からでも遅くない。あたくしも後を追いましょう。白雪を一人にはできませぬ」
実乃が果物ナイフを取り出したところを、優茉が押さえる。
「なりません。まだまだお美しいお妃様、早まってはなりませぬ」
「いえ、このままおめおめと生き続けるなど出来ませぬ」
「なんと、健気な生き様よ、お妃様」
王子は膝を突いて実乃の手を取る。
「この上は、私と結婚して下され」
「何を仰います王子様、あたくしには夫がおりますれば」
「あのような王は放って置かれるがよい。あとで身どもの隠密を使わし、処分しておきましょう。そうすればこの国もあなたと私のもの!」
「王子様!」
「お妃様!」
吹奏楽部が『ダース・ベイダーのテーマ』を高らかに演奏し、舞台は暗くなっていった。最後にナレーションが入る。
『後日、鏡の証言によりお妃は殺人の疑い、王子は王様に対する殺人未遂の疑いで逮捕され、一連のストーリーを出版した鏡は一躍時のヒトとなりました。みなさん、悪いことは必ずばれます。気をつけましょう』
なんやそれ! 会場は声にならないツッコミで溢れかえった。
舞台には再びMCが現れスポットライトを浴びている。
「みなさん、お妃の一発逆転かと思われたお話、再逆転の結果、悪は滅びるというよい子の結末に終わりましたね。いやあハラハラドキドキでした。流石は紫苑演劇部、やはり一筋縄ではいきませんでしたね。それではこれで演劇部の公演を終わります。最後までご覧頂き、ありがとーございましたー。続いての発表はー・・・」
「あれって、台本通り?」
アイリは尋ねた。
「うむ、MCの思惑通りだな。幼稚園生には真似できん」
「させたくないよ」
「アイリ、ちょいとあの姫とお妃のところへ、ひっはほうはひひひはいは」
「どしたの、声?」
「ははひみは、まふぁへひへ、ほえはふぇん」
「え? 悲しみが回ってきて声が出ない? 今頃?」
「ふぃ。ひはひゅふんは」
「気が緩んだ? 訳わかんないなあ。じゃ、急いでいくよ、舞台裏」
「ふぁい、やはひふ、はひっへ」
アイリはシューズバックを揺れないように抱えて、舞台裏へ走った。
舞台裏では鏡や小人や小鳥たちが
「みんなお疲れー、あれ、みのぴょんとかは?」
鏡がアイリを振り返る。
「ああアイリ、実乃と優茉は舞台で花束貰ってるよ、花音ちゃんと一緒に」
「え?花音ちゃんって大丈夫だったの?」
と聞いたところへ花束を抱えた実乃たちが帰ってきた。
「終わった終わったー!」 と優茉。
「何とかなったねー」 と実乃。
「おつかれさまでしたー」 と花音。
え?
実乃が慌てて花音を振り返った。
「花音、声、治ったの?」
「はい!」
「いつ?」
「ウーロン茶でうがいしたらよくなりました」
「へ? じゃ、さっきから治ってたってこと?」
「んー」
「なんですぐ言わないのよ」
「だってああなっちゃったらこの方が面白いかなあって。それにファーストキスがお芝居で溝口先輩とってイマイチですし」
「イマイチで悪かったわね」
優茉がむくれる。聞いていたアイリも力が抜けた。実乃が花音に手玉に取られている。
「まあ、終わり良ければすべてよしってことで」
花音が明るく笑った。笑顔もめっちゃ可愛い。みのぴょん、諦めな、白雪姫に魔女は勝ち目ないよ、と言おうとした時、実乃がスマホをまさぐった。優茉が覗き込む。
「観客からクレームかな?」
「ううん、お母さん。・・・ なにー?えー?」
「なになに」
「あれハチミツじゃなく島唐辛子のベースだった。沖縄のスパイスね。まだ試作中だって」
「リンゴに塗った奴?お母さんが作ってたの?」
「みたい。これからパインとパパイヤ足して、まろやかなコーレグースに仕立てるつもりだったのにって怒ってる」
「怒ってる?」
「うん。結構塗りたくったから随分減ったんだよ」
聞いていた花音が突然目をキラキラさせてきっぱり言った。
「それでしたら、パパイヤじゃなくてシークヮーサーの方がいいと思います」
「へ?花音、そんなこと判るの?」
「ええ、コーレグースのカラさと甘い酸味が両立して、爽やかなスパイスになりますよ。でもアルコール分があるから未成年はたくさん使わない方がいいです」
「詳しいのね…」
「毎年夏休みは恩納村のコンドミアムにステイするんです。あ、でもフルートは持っていきますよ。練習しないと遅れちゃいますから」
「そう…。本物のお嬢様ね」
「あのー、内藤先輩のお母さまがカクテルお好きなら、コーレグースに生クリーム入れて、ココアを散らすとあまり臭みの無いカクテルにもなります。でも飲み過ぎに注意ですよ。泡盛って度数高いですから」
「あんたも飲んでるわけ?」
「てへ。ちょびっとだけ」
白雪姫はまた可愛く笑った。
あーあ、魔女の完敗だわこれ。アイリは本物の白雪姫、いやお嬢様のポテンシャルに舌を巻き、そっとバクに聞いてみた。
「ね、この展開ってバクが悲しみ食べてくれたから?」
「はひふひは」
「やり過ぎた?」
「ひへ、はふぁいはっははら」
「姫、可愛かったから…。何よバク、相手選んじゃダメなんでしょ」
「まひょらっは」
確かに。本当の魔女は倒れた白雪姫だったのかもしれない。恐るべし、お嬢様美少女。
バクが悲しみを食べたら、姫も魔女になっちゃう。アイリはバクのミッションとやらを少しだけ認めた。
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