第3話 月夜の白黒

 あーあ。月が泣きたいほど眩しいや。そっか、今日は十五夜だっけ。お団子のヤケ食いでもするかな。アイリはボヤきながらペダルを踏んだ。高校から家までは自転車で20分。大通りから住宅内の道路に入り、家の近くの角っこを曲がろうとしたら、月明かりで白く光る路面と、角の家の黒い影の境目がいきなり動いた。

「うおっ、地震?」

アイリは咄嗟に急ブレーキをかける。ライトに照らされた自転車の前には…


「バク?」


 そこには子猫位の小さなバクがいた。

え?子バク? どこから逃げてきたんだろ、ペットかな。

アイリもこんな間近でバクを見るのは初めてだ。しかしこの形と言い、白黒の色合いと言い、間違いなくバクだろう。

ペットだとしたら今頃必死で探してるかも。車だって来る道だし、とにかく捕まえて届けないと。

戸惑うアイリの前にトコトコやってきたバクが口を開いた。


「おめでとー キミがコネクターだ」


 は? 喋ってる? やっぱ夢なんだ! そっか。レギュラーの話もみんな夢の中なんだ。良かったー。


「ありがとー夢で。嫌な夢だから遠慮なく食べちゃっていいよ、あなたバクでしょ?得意じゃない、夢食べるの」

「バクって何だよ」

「何だよって、バクの形してるじゃん。色も白黒だし」

「これをそう呼ぶのか?ここでは」

そうか。自分では自分が何て呼ばれてるかなんて知らないよね。

「そう。あなたはちゃんとバクだよ」

「ふうん、そうなのか。それにしてもなんでバクの、いや違った、ボクのミッション知ってるのだ?」

「だって、バクだもん。バクってそういうものだもん」

「へえ、意外と物知りなんだな、厳密にはちょっと違うんだけど、まあいいだろ」


 なんだその上から目線は。ちょっと癪に障ったが、ま、嫌な夢食べてもらうのに文句言っちゃいけない。アイリは愛想笑いを浮かべた。


「じゃ、さっそくお願いしまーす。食べちゃったら、あたし目が覚めるんだよねー」

「何言ってんだ小娘。ミッションなんだからそう簡単には始められない。まずはテーマの抽出からだ。取り敢えずコネクターはキミと決まったが、これは軍事命令だからだ。解るか?」

「はい? 何言ってんだかわかんないよ、白黒のちっちゃいの」

「失礼だな。バクは、いや違った、ボクはこれでも中尉なんだよ。軍人なんだよ。宇宙空軍! ひれ伏したまえ」

「軍人?チューイ? caution? Be careful? なんでひれ伏さなきゃいけないのよ」

「だぁーかぁーらぁー」


 小さいバクは4本足で地団太を踏んだ。ちょっとかわいい。


「ま、今でなくてもいいや。カゴに乗せてったげるから道々食べて」


 アイリは自転車のスタンドを立てると、すかさず小さいバクを持ちあげた。うわ、かるーい。バクは見た目よりずっと軽かった。高機能の折り畳み傘みたい。ああ、夢しか食べないから重くならないのか。

「何をするー!」

バクは相変わらず空中で地団太を踏んでいる。アイリは気にせず前かごにバクをポイっと入れた。

「バクは、いや違った、ボクは捕虜じゃなーい!」

「ホリョ? あなたはバクでしょ?解ってるよそんなこと」

 アイリは素早くスタンドを上げるとママチャリをスタートさせる。

「うわわわわ…」

バクはビビッている。肝の小さい軍人だ。ま、夢だから何でもありね。アイリは力一杯ペダルを回す。

「ちょ、ちょっと待ってくれー、ストォーップ!レイディ」


 急ブレーキをかけたのでバクはカゴに押し付けられた。白い部分が青ざめているようにも見える。

「Ladyって言った? 解ってるじゃん、小娘じゃないって」

先程のバクの言葉を密かに根に持っていたアイリは頬を緩めた。そう、あたしはLadyだよ。

目の焦点が合ってないように見えるバクだったが、精一杯威勢を正して言った。


「命令の遂行は場所を選ばない! しかし、バクが、いや違った、ボクが食べるのは『悲しみ』でないといかん。キミのその何トカは『悲しみ』に相当するのか検証が必要だ。それで、全作戦が終了したらバクは、いや違ったボクは元の世界に帰る。以上だ!」

喋ってる内に自転車酔いは醒めて、代わりに自分に酔っているように見えなくはないが、概ね主張は理解できた。


「悲しいよ。部活でレギュラー外されちゃったんだもん。1年半、一所懸命練習してきて、そいで3年が引退したからようやくレギュラーになれたんだよ。それがたった1ヶ月で外されるって、それも1年生が代わりにレギュラーってこんな悲しいことある?でも夢を食べてくれたら、あたしはやっぱレギュラーのままだから作戦は終了なのよ。ね、昨日に戻るんだから」

「ほう。それは軍で言うと正規兵から予備役に落とされたってもんかな」

アイリは頷いた。実はよく解らなかったのだが、『正規』と『予備』という単語が理解が出来たからだ。

「ちゃんと夢食べてくれないと、あんたなんかぶっ飛ばしちゃうよ。あたし、セッターだけどアタックだって打てるんだから」

「ア・アタック? そんな攻撃力があるのか、キミに」

バクはまた白い部分が青くなった。

「まあそれ程でもないけど。ね、帰るよ。夢の中でも帰らなきゃ」


 アイリはまたペダルを漕ぎ出した。バクはカゴの中で何かじっと考え込んでいる様だった。

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