第2話 降格

 話は現代の地球に変わる。舞台は県立紫苑しおん高校女子バレーボール部だ。

 その日の練習が終わり、津田藍里(つだ あいり)が仲間と一緒に更衣室に向かおうとしたまさにその時、アイリは監督に背後から呼ばれた。


「津田ー、ちょっと来てくれ」

「はい」


 なんだろ。今日何かミスしたかな。確かに奈々の打点とちょっと合わなかった。怒られるのかな。


 アイリは恐る恐る監督の所へ戻った。


「あのな津田、さっき島倉とも話したんだがな、次の試合、セッターは近藤にやってもらう」


 え? マジ? 予想以上のショック。怒られるどころの話じゃない。せっかく掴み取った正セッターの座、レギュラーの座。1年生に明け渡すの?


「津田が一所懸命やってるのは知っている。だが勝ちに行くには近藤のトスが必要だ。俺は冷静に考えた。判るだろ? 津田も決して悪くはない。努力すればまた取り返す事だってできるだろう。しかし大会は迫ってるからな、次は近藤で行く。以上だ」


 監督はアイリの肩をポンと叩くと踵を返し、行ってしまった。


 確かに近藤夏帆(こんどう かほ)はスーパー1年生だ。中学時代から有名な選手だった。夏帆のトスはどんな体勢からでも同じ場所に、同じ速度で、間違いなく上がる。機械のように正確だ。それに較べあたしのトスは気分次第って所がある。自分でも解っている。だけど、だけど今レギュラー取られちゃったら、それは卒業までずっと控えってことじゃないの? 3年生が引退してようやく回って来たポジションなのに、生意気盛りの弟のサスケにも自慢した所だったのに、なんでこんな不幸が突然来るのか。アイリは更衣室に向かって歩きながら唇を噛んだ。


 更衣室ではキャプテンの島倉奈々(しまくら なな)が待っていた。


「アイリ、元気出してね」

「うん。って出る訳ないじゃん。大会前に外されるって、クビってことじゃない」

「一応、私も監督から相談はされたんだけどね、監督、もう決めちゃってたから言いようがなかったのよ。ごめんね」


 奈々は同じクラスだ。アイリのことは大抵解ってくれている。しかしキャプテンという立場は、クラスメイト優先って訳にはいかない。それは仕方ない事だ。だけどさ、だけど… 悔しいじゃん。


「アイリ、夏帆に当たっちゃ駄目だよ。あの子、今お母さん大変で苦しいんだよ。だから少しでもこれで元気出せればって気も、監督にはあると思う」


 夏帆の母親が難病で入院している話はアイリも聞いていた。夏帆は練習の後、欠かさず病室を見舞っているという。


「解ってるよ。大人になれってことでしょ。まだ高校生だけど」

「ま、練習は手を抜かないでね。いつ出番になるか判らないんだから、私とのセットプレーも練習続けようね」

「うん」


 奈々は優しいな。優しすぎて気苦労の多いキャプテン大丈夫かなって、却って心配になっちゃうよ。


「奈々、ありがとね。大丈夫。また津田藍里は復活します! そのうち・・・」


 奈々は吹き出した。


「卒業するまでにお願いね。じゃ、私、帰るわ。これから塾なんだ」

「さすが優等生!」

「アイリだって来年は受験生なんだよ。他人事じゃないんだからね。じゃね。ヤケになって暴走しないでよ」

「あいあい」


 誰もいなくなった更衣室で制服に着替え、バボちゃんが描かれたスポーツバックを担いでアイリは校舎を出た。黄昏時の自転車置場はガランとしている。暴走なんてしないけどさ、でもやっぱ落ち込むよなあ…。

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