透き通ったバク

@suzugranpa

第1話 誤射

γガンマ3 撃つなぁー!』

中隊長が叫んだのは、既にビームが1連射発射された後だった。


 チネリ星宇宙空軍戦闘機γ飛行隊に所属するテイパー中尉は、その瞬間操縦切替えレバーを蹴っ飛ばし、手動で機体を垂直上昇させた。エンジンの不安がチラッと頭をかすめたが、挙動を検知した機体はすぐにアフタバーナーを点火し、最大加速度で真っ暗な宇宙空間に向かってゆく。

「γ3 離脱します」

目の前に拡がる星空と先程の敵戦車の爆発がテイパー中尉の脳裏に重なる。

「何故だ? 敵戦車だ間違いなく。この前ヘルペス星空軍輸送艦から投下された1台に間違いない。敵味方識別信号も敵のアラートだった」

鍛えられた宇宙のトップガン、テイパーは冷静に振り返った。


『γ3、帰投せよ。帰投後はオペレーションオーディットの指示に従え』

中隊長機からの命令が入った。

「ラジャ、γ3直ちに帰投、オペレーションオーディットの指示に従う」

オーディット? やはり先程の攻撃には問題があったのか。上空からチェックしていた飛行隊付の偵察機が詳しいデータを基地に送っている筈だ。その結果がこんなにすぐ中隊長命令に反映されるって、こりゃ『疑い』じゃなく『確定』だな。くそっ。俺は何を見落としたんだ?


 帰投したテイパーを待ち受けていたのは飛行隊憲兵だった。

「中尉殿。皆さん既にお揃いです。ご同行下さい」

憲兵は士官であるテイパー中尉に敬礼し、丁重に話しかけたが、その意図ははっきりしている。まだ飛行服のままのテイパーは憲兵に連れられて査問室に入った。椅子が一脚、向こう向きに置いてある。

「テイパー中尉だね。オーディットのノーシン中佐だ。かけたまえ」

「はいっ。γ飛行隊3番機搭乗員テイパー中尉であります。座らせて頂きます」

テイパーは向かい合う面々に敬礼すると椅子に腰かけ、背筋を伸ばした。

 ノーシン中佐が続けた。

「既にデータは入手している。テイパー中尉、殆ど現行犯だ。1時間後に法廷ルームに出頭するように。詳細は法廷で述べる。抗弁がある場合は法廷で言うように。勿論君には弁護士がつく。それから、言うまでもない事だが、逃げても無駄だ。基地内のシステムは即座に君を検知できる。以上だ。下がって良し」


 何を見落としたのか・・・ テイパーは聞きながら疑問を反芻はんすうした。1時間後に解ることではあるんだが・・・。


 そして1時間後の軍事法廷で、予想通りテイパーは有罪となった。理由は『命令違反』、友軍を攻撃したとの事だった。

損害は捕獲敵戦車1台の破損と、味方地上軍機械化偵察隊所属の軍曹1名死亡。軍曹の家庭には結婚4年目の妻と幼い娘が残されたという。ノーシン中佐の言った通り、弁護士はつけてくれたが、テイパーは反論する気にもなれなかった。地上軍軍曹は携帯していた簡易型味方識別信号を発信したという。テイパーの機体の受信ログにもそれははっきり残されていた。アラーム音を聞き逃したのは俺だ。火器管制システムの敵味方識別表示が敵を示した後に別の音がしたのは覚えている。しかしそれを味方識別信号音とは思わなかった。これは俺のミスだ。

 実は先週、『簡易型味方識別信号の変更について』という重要な説明会が開催されていたのだ。その日、演習に出ていたテイパーは、途中で愛機のエンジン不良音に気付き、出力を絞りながら帰投した。その後も整備兵とその件を話し合っていて、説明会の事はすっかり忘れていた。


 翌日同僚から新たな『味方信号音』を口笛で聞かされたテイパーは、へえー、昨日のエンジン不良音とそっくりじゃないかと真っ先に思った。アラームの変更を火器管制システムに登録しないといけない事も、その時同僚に聞いた。だが、エンジン不良音解決が先だろと、その日は作業を見送ったのだ。滅多に使用されない信号だ。何しろ火器管制システムは相手のシルエットや挙動、素材まで一瞬で見通し、簡単に敵判別を行える。搭乗員が音を聴き分けて判別するより遥かに精度が高いのだ。そう、機械の方が優れている。だから次回のシステムバージョンアップの際で充分と判断してしまった。これも俺のミスだ。やっちまったんだ。


 そう、テイパーは味方信号音をてっきりエンジン不良再発と思ってしまった。本来ならエンジン不良音と感じた時点で攻撃を中止すべきだった。最後に1連射で仕留めたいと欲をかいたせいでの失態だった。後悔先に立たず。1名の人命を失わせたテイパーには、法廷での勝ち目はなかった。


 γ飛行隊搭乗員テイパー中尉は、軍事法廷の判決をそのまま受け入れた。


 しかし、その時のテイパーが知らない事実があった。テイパーが判決を受けている丁度その時、γ飛行隊は、捕獲した筈の他の敵戦車から猛烈な攻撃を受けたのだ。捕獲した敵戦車はまだ数台あり、それぞれに地上軍機械化偵察隊の兵士が乗り込んでいて完全に掌中にある筈だった。しかし敵戦車は高度な制御知能を搭載していた。γ飛行隊に攻撃の意思なしと読み取ると、乗り込んでいた友軍兵士の操作とは関係なく、オートマティックにγ飛行隊に向け、地対空ミサイルを発射したのだ。

 γ飛行隊は混乱に陥った。戦車は味方信号音を発しながら味方を攻撃しているのだ。上空の偵察機はこれを『反乱』とみなし、直ちにγ飛行隊に捕獲戦車の攻撃を命じた。捕獲戦車には友軍兵士が乗り込んだままだ。しかし搭乗員に躊躇いはなかった。γ飛行隊にも被害は出ている。各戦闘機は捕獲戦車に対し、容赦なくビームを浴びせかけた。


 遠い遠い星での出来事だ。

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