第4話 Mission impossible

 帰宅したアイリは2階の自分の部屋にこっそりバクを持ち込んだ。


「ここはキミの寝室か?」

「そうよ。だから大人しくしててよ。ばれたら捨てられちゃうよ」

「うむ。物理的な抵抗が難しいのはよく判った」

「あたしがいない時には電気消しちゃうから、真っ暗だから、それでも恐くない?」

「暗闇が恐くて宇宙空軍の搭乗員が務まるか!大丈夫だ」


 しかし、ここにきてアイリは自分を疑い始めた。こんなカッチリした夢ってあるのかな。確かにバクと日本語で会話してるのって夢そのものなんだけど、それにしても明瞭すぎる。


「あいり~、ご飯よ~」


 階下から母・望(のぞみ)の声が聞こえた。


「はーい、今降りるー」


 ま、いいか。夢でもご飯は食べるだろ。


「じゃ、バクちゃん、大人しくね。しばらく下にいるから」

「うむ」


 頬を叩きながらアイリはダイニングに向かった。いつもと同じ、極めて普通の光景だ。ホントに夢の中?

 アイリは食事中もレギュラーを外されたことは言わなかった。それこそ正夢になっちゃうと困るからね。


 アイリがいない間、バクは考えを巡らせた。この恰好がこの星の『バク』なる生物だと軍は解っていたのだろうか。その生物は夢を食べると言う。俺の受けた命令とは似ていなくもない。不思議な巡り合わせだ。元に戻れるまでに一体どれくらいの時間がかかるのだろう。あの子を通じて遂行した方が効率的なのは判る。未知の世界でいちいち知らないモノにぶつかりながらでは手間もストレスもかかるし、場合によっては身の危険にもつながる。何しろここは名前さえ知らない星なんだ。問題はミッション終了まであの子が一緒に居られるか、もっと言えば寿命を迎えないかだ。ここの生物はどれ位の期間、生きるのだろう。それに、そもそも命令の完遂にどれ位かかるのか。全く読めない。やはり『食べながら考える』しかないか…。


 堂々巡りの思案の中で、時々ウトウトしていたバクの上で、いきなり照明が灯った。


「大丈夫だったかな?」


 アイリがそっとバクを持ち上げた。


「オシッコとかウンチは外でしてね。行きたかったら言ってよ」


 バクは憮然とした。


「そんなことは、しない」

「しない?」

「さよう、そもそも出るモノがない」

「マジ?」

「うむ」

「何を食べるの?」


 バクはアイリの周りを一周歩き回った上で、アイリの正面で座った。


「あら。可愛い座り方、出来るんだ」

「ふん、本当は2足歩行なんだよ、ボクだって」

「はあ~ん」

「ちゃんと説明しておかないと、キミはどんどん空想を拡げるからな」

「だって夢の中だもん。自由だよ、あたしは」

「さっきから夢がどうのばかり言っておるが、これは現実なんだよ、Lady!」


 バクは鼻息を荒げた。


「やだ」

「やだ と言っても仕方ない。現実なんだから」

「じゃ、あたしがレギュラー外れたのは現実って事?」

「うむ。予備役になったのは多分事実だ。残念ながら」

「やだ」

「聞き分けなさい。そもそもなんでボクがここにいるかと言うと、命令を遂行するためなのだ。詳しくは言えんがな」


「命令で夢食べるんでしょ」

「さっきも言ったが、厳密には夢じゃない。悲しみを食べるんだ」

「悲しみを食べる?」

「さよう。食べるとその悲しみは、少し楽になる。多分だけど」

「ふうん。癒しの存在って訳ね。でもなんで?」

「それは言えない。と言うか命令だからだ」

「変な命令。誰がそんな命令するのよ。大統領?」

「それは言えない。軍機に値する。何故こういう命令なのかはボクは知っているが言えない。軍機に値する」

「はあ。それじゃあたしのレギュラーはどうなるの? 悲しみなんだから食べてよ」

「それはできない」

「なんでさ」

「まだピュアじゃないからだ。ボクは感じることが出来る。キミは本心から悲しいと思っていない」


 アイリは視線を逸らせた。

 

 確かに。レギュラーを譲った夏帆は本当に上手だから、監督の言う通り、チーム戦力を考えると夏帆の方が当てになる。悔しいけど自分をゴリ押しする程アイリも厚かましくはなれなかった。そう、悲しいってより悔しい、だ。


 ふう。どうやらこれって、現実離れしてるけど現実らしい。単に変なバクが来ただけだ。何だかもうどうでもよくなってきたよ…。


「そこでだ」


 バクは姿勢を正して続けた。


「キミに依頼がある。任務遂行に協力して欲しい」

「あー?」

 

 対照的にアイリはダレた。ベッドからクッションを取って顎の下に挟む。お風呂入るのも面倒…。


「宜しいか?」

バクの目が問うている。何言ってんのよ、この白黒。

「何すりゃいいのさ」

「ボクを悲しみの持ち主の所へ案内して欲しい」

「あたしがぁ?」

「そうだ。ボクには誰が悲しいのか判らん」

「あたしだって判んないよ」

「そこを何とかしてくれたまえ」


 何、勝手なことばかり。悲しんでる人を見つけたって、そこにこのバクが現れたらどうなのよ。何じゃこいつはって保健所に電話されておしまい…だよ。あーめんどくさ。抗弁するのも面倒になったアイリは取り敢えずの生返事をした。


「はいはい。そういうのに出くわしたらね、紹介するよ」

「有難い。それで君はなんて名前だ?」

「アイリよ。津田藍里」

「アイリか。そう呼ばせてもらおう、何せボクはバクだからな、いや違った、中尉だからな」


 何だか威張ってら。


「で、その中尉さんは何て名前?」

「え?」

「名前よ」

「え?」

「あなたのお名前は?」

「あ?」

「名前、あるんでしょ?」

「思い出せん…」

「はい?」

「きっと抜かれてるんだ記憶から」

「えー?」

「荒っぽいことするもんだ」

「只のアルツハイマーじゃないの?」

「何を言う。名前はミッションに不要だから抜いたに違いない」

「じゃ、なんて呼ぶのよ?」

「うーむ」

「あーめんどくさい。バクでいい?まんまだけど」

「ああ…。本当はこんな姿じゃないんだ。超空間を使ってこの星に転送されるには原子レベルに分解されなきゃいけない。それで転送後に再構成されるんだが、それがこの姿だったわけだ。しかし、きっとボクの受けた命令を遂行しやすい形に違いないんだ」


 バクの偉そうな演説を聞きながらアイリは頭を振った。まあ、これまでの話を聞く限り、軍人が夢を食べるバクの姿になったっていうのも出来の悪いファンタジー小説っぽくて判らないでもない。目の前で起こっていることが現実とは思いたくないけど、なるようにしかならないだろう。アイリは腹を括った。


「じゃあさ」


 アイリはベッドの下からバレーボール用のシューズバックをごそごそと取り出した。


「ここに入れて毎日学校連れてくからさ、この中で大人しくしてて。悲しい人見つけたら教えてあげるから」

「アイアイサー!」


 バクは短い前脚で敬礼らしきを…しようとして転んだ。アイリは吹き出した。可愛いとこあるじゃん。


 その夜からシューズバックはバクの家になった。

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