第9話 ゼロ

片付いた部屋には、要所要所にぬいぐるみが並べてあり、壁にはアニメのポスターが貼られている。本棚には漫画から小説までビッシリと押し込まれていた。


「お前、見舞品のセンスもねぇな」


胃に負担がかからないよう差し入れに選んだフルーツゼリーに、山岸はがっついている。


「だったら食べないでください。だいたい濱田君に買ってきたんですから」

「大きな声出すなよ。ゼロくんは病人なんだぞ」


ベッドに横になったゼロは、まだ顔色が悪く、時々苦しそうに眉間に皺を寄せる。


「病人と分かっているのに、何でウチに集合したんですか」


そう言うと、ゼロは頭から布団を被った。


「俺もさ、ゼロくんの所に集まるのはどうかなーと思ったんだけどさ、イチに説明すんのも面倒でさぁ。ほら、ゼロくんは説明するのが上手いじゃん」


2つ目のゼリーに手を伸ばした山岸に、申し訳なさも微塵も感じられない。


「説明してくれたら帰るからさ。ゼロくん、頑張ってみてよ」


布団はピクリとも動かないが、小さな声が聞こえる。しかし、何を言っているかまでは、聞き取れない。


「ゼロくん、もう少しボリューム上げてよ。イチは耳も頭も弱いんだから」

「だから、不能犯ですってば!もう帰ってください」


現実としては実行不可能な犯罪、不能犯。ゼロの推理は、間違えているとも正しいとも判断出来ないが、可能性はあると俺は感じた。


「つまり、誰かが被害者に呪いをかけたとか?」

「呪い?・・ブフッ、マンガやドラマの見過ぎ。イチ君笑わせないでよ」


僅かに布団が波を打つ。結構本気で聞いたんだけどな。


「今のところ、どうやって犯罪を犯したか分からないので、犯行自体は不能犯として、一旦置いておく。その上で」


チラッと布団が持ち上がる。ゼロの顔が少しだけ見えた。


「犯人は必ずいるので、犯人にフォーカスして捜査するのがいいと思います」


言い終えると同時に体勢を変えると、ゼロは帰ってくださーいと声をあげる。


「そういう事だ。じゃ、また来るから」


山岸は、空になったゼリーのケースをテーブルに置いた。


「もう、来ないでください」

「だったら、出勤して来い」


布団をポンポンと叩いた山岸は、部屋を出て行く。


「体調悪い時に、ごめん。お大事に」

「イチ君」


立ち上がった時、ゼロが呼び止められた。


「犯人は絶対に犯行がバレないと自信を持っているはずです。つまり、油断していると思います」

「確かに、そうかも」


次の言葉を待ってみたが、返事は無かった。


ありがとうと言い残し、俺もゼロの家を出た。


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