第3話 二葉

赤提灯の下がるいつもの店に入ると、平日のせいか人もまばらだった。


「いらっしゃ、おお、イチか」


居酒屋「ハチ」は、俺の行きつけ。同級生で大将でもある鉢屋光流(はちやみつる)の作る餃子は、どこの店より美味い。ニンニクは少なめだが、生姜の効いた餃子は、酢に胡椒を落としたタレと相性がいいし、ビールもすすむ。


「はいよ、いつもの」


カウンターに座るや否や、できたての餃子とビールが目の前に置かれた。食欲のない時は、ここでメシを食うのが一番だ。


羽根つき餃子に箸を刺した時、店の引き戸がガラッと音を立てた。


「いらっしゃい、おや!久しぶりだね」


大将鉢屋の声に、何気なく入口を向いた俺の箸が止まる。


「二葉?!ど、どうしてここ・・・」

「やっぱりここにいたか」

「兄妹で来てくれるとは嬉しいねぇ」


待ち合わせでもしていたかのように、二葉はカウンターに座る俺の横に腰を下ろすと、ビールを注文した。


「俺のプライベートを邪魔するなよ」

「お兄、給料日でしょ。たまには、奢ってよ」


部屋着とさほど変わりがない通勤用のグレーのジャージー姿の二葉は今日も、ミディアムボブの黒髪がボサボサだ。


「お前、少しはお洒落しろよ」

「動物は、ビジュアルで判断しないから良いの」


あっという間にジョッキを空にした二葉は、2杯目を注文した。


「で、何?」

「ん?最近、お兄は忙しいのかなと思って」

「それだけでここに来たんじゃないだろ?何か買って欲しい物があるのか?あ、あれか?彼氏と喧嘩したとかか?」


違うし彼氏いないし、と言いながら二葉は2杯目のビールに口をつける。


「刑事なんてガラにもない仕事してるから、ストレス溜まってるんじゃないかなと思って。ほら、事件の解決とか、軟弱なお兄に出来そうにないし。あ、ゼロ君は元気?」

「俺は軟弱じゃない。ゼロは山岸さんにやられて急性胃炎で休んでる」


俺と同期のゼロこと濱田玲二はインテリで口下手な男だ。一度だけ飲み会の帰りに偶然二葉とも会った事があり、その時にアニメの話で意気投合していた。


「相変わらず仲が良いねー。はい、豚足」


二葉は大将から皿を受け取ると、豚足にかぶりついた。だから、彼氏もできねーんだよ。心の中で悪態をつきながら、横目で二葉を見ると、化粧っ気のない口元が脂まみれでギトギトになっていた。


「この前、御岳くんを見かけたの」

「ああ、お前の小学生の時の同級生か」


ムシャムシャと口を動かしながら二葉は続ける。食い終わってから話せばいいのにと思いながら、俺は相槌を打った。


「ほら、並木通りにカカオショップがあるじゃない。あの辺で」

「いつ頃?」


体に入る力を無理矢理抜きながら、俺はさり気ない素振りで聞く。


「1ヶ月くらい前かな」

「お前、まさか」

「うん」


食べ終えた豚足の骨を皿に置いた二葉は、おしぼりで指を拭いた。


1ヶ月前、二葉がいた並木通りでは、あの事件が起きていた。


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