第6話
「貴様のいれた茶が飲めるか。何が入っているかも分からないのに」
あー、もう。めんどくさい男ね。
「貴様には分からないだろうがな、王になるべくして生まれた私には常に暗殺の危険がある。容易く人を信用したりはしない」
その割には無防備みたいだけど。
『そなたが嫁ぐカルディアスの王はとても哀れな男よ。力も知能もない故に貴族共の玩具になることでしか己の身を守れなんだ。哀れな人形。だが、余は人形遊びは好かん』
そう言って微笑んだのは一番上の姉
傀儡であるが故の無防備さなのかもしれない。
「そうですか。それは配慮が足りませんでした。私は何分、幼い頃から毒には慣らされておりますので気にも止めていませんでしが、そのような環境で育っていなければ確かに陛下には危のうございますね。以後気をつけます」
普通の王族なら命の危険がある為に幼い頃から毒には慣らされる。
たとえスペアと呼ばれる2番目から下の子供であっても。
でもそんな私の皮肉に気づいたのは顔をひきつらせているフォンティーヌだけだ。
「幼子に毒を盛るなど野蛮な国だな。そのような国の女が嫁いでくることを許すとは。今考えただけでも貴族共の蛮行を許した己が嫌になる」
「・・・・・それで、陛下。ご用件はなんでしょう?」
私が聞くと今でも深い溝ができている眉間に更に深い溝が刻まれた。
「ユミルを愛人と言ったらしいな」
その用件だと思ったよ。
獣人にとって命よりも大事な番を侮辱されるのは許せないでしょ。
こうでもしないと彼は私の所に来てはくれないし。
「愛人でなければ側室ですね」
バンッ
テーブルを叩き割る勢いで立ち上がった陛下の目は血走り、怒りで顔は真っ赤に染まっていた。
「王妃は私です。それ以外の者を表すならそのどちらかの言葉が適切かと」
「私が愛しているのはユミルだけだ。間違ってもお前を愛することはない」
「構いません。望んでした結婚ではありません。これは政略。それはお互い様です。それでも最低限度の礼儀というものが存在しますが」
「何が言いたい?」
本当に鈍い男だ。
「私の護衛はどこですか?」
「連れてこなかったのはそなただろう!侍女も護衛もつげず、身一つで来やがって。侍女を用意してやったのはせめてもの慈悲だ。更に護衛まで寄越せとは厚かましいにも程がある」
あらやだ。
懐刀で思わず彼の頭をかち割る幻覚が見えてしまったわ。
「陛下!何度も説明致しましたでしょう!それが我が国の風習です。この国の人間になるという意味を込めて、嫁ぐ者は侍女も護衛も一切つけては来ない。だからこそ、最高級の侍女と護衛を用意するんです。本来ならばっ!あなたを一生大切にしますという意味も込めて」
フォンティーヌの言葉に陛下は「あーもうっ!うるさいなぁ」と言って口を尖らせる。まるで怒られて、拗ねた子供のようだ。
こんな王でも何とか政治が機能しているの裏で王を操っている公爵の手腕。そしてこんな王でも良識のある貴族が王都に留まっているのはフォンティーヌの手腕だろう。
「そんなに護衛が欲しいのなら自分で選んで適当につければいいだろ」
「陛下っ!」
慌てるフォンティーヌに申し訳ないけど、この好機を逃すわけにはいかない。
「どなたでもよろしいのですね、陛下」
「ああ。好きにしろ」
「誰を選んでも文句はないと?」
「くどい」
「では、その件に関して一筆書いてくださいますか?後で覆されても面倒なので」
「私が嘘をつくと?」
不快だという代わりに眉間のしわが深くなる。
この男は本当にどこまでも勝手な男だ。
「私のことを信じてもいないのに、ご自分のことは信じろと?」
嘲笑交じりに言うと陛下の額に青筋が立った。短気なお方だ。だからこそ、操りやすい。
なんて、都合のいいお人形だろう。
「私は王だぞ」
「それは信頼に対する価値にはなりえません。いかに高貴なお方でも、だからこそ容易く手の平を返すものです」
「貴様の愚かな国と一緒にするな」
「我が国を愚弄しますか?」
「分かりましたっ!」
一触即発の状況にフォンティーヌが慌てて割り込んできた。陛下の意志とは違うけれど、この場合は陛下の意志よりも私の国との関係を優先させてのことだろう。
「一筆書きます」
「フォンティーヌっ!」
「陛下、嘘ではないのなら一筆書いても問題はないはずです」
「この者は私を愚弄したのだぞ」
「フォンティーヌ、おぬしは陛下よりも他国の者を優先させるのか?」
今まで黙っていたクルトがあり得ない者を見るような目をフォンティーヌに向けていた。
「私はこの国の宰相として国益を損なうわけにはいきません。お互いにどうのような思惑があろうともこの婚姻は勢力を拡大していっている帝国を牽制する上で最も重要なもの。わが国の兵力だけでは帝国とまみえるのは正直、厳しいです。ましてや、この婚姻が原因でテレイシアとの友好が悪化し。帝国側に寝返られれば我が国に未来はありません」
陛下はまだ納得していないようだけど、それでもフォンティーヌにそこまで言われたので仕方がないと一筆書いてくれた。
国の為に好きでもない女と婚姻を結んだ哀れな王。そんな自分に酔っているのだろう。なんてくだらない男だろうか。
「ありがうとございます、陛下」
「図に乗るなよ。私の寵は常に番であるユミルにある」
「ええ、それで構いません。フォンティーヌも言っていたようにこれは国益により結ばれた婚姻。そこに愛は必要ありませんから」
入って来た時と同様に荒々しい足音を立てて陛下は出て行った。クルトとフォンティーヌもその後に続く。
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